第13話 王女と盗賊
夜間の路地裏。
そこは月の光が届きにくく篝火もないため、普段は真っ暗であるはずだ。
だがエドガーが今いる路地裏には3つの篝火と、それに照らされて輝いている銀髪があり、とても異質な雰囲気を放っている。
エドガーは大きく息を吸い、3人の暴漢とそれに襲われそうになっている銀髪の少女ルイーズに向かって歩き出す。
「お前たち、その女から離れろ」
「先生、来てくれたのね!?」
エドガーは松明と片手剣を持った盗賊たちに呼びかける。
王女たるルイーズを「その女」と呼称した理由は、彼女の素性を明かさないようにするためだ。
ルイーズはエドガーの救援に、胸を撫で下ろしている様子である。
緊張の糸が切れたのか、腰を抜かしそうになっている始末だ。
「ああん? 誰だ、テメエ?」
「──フッ……問を投げるか。か弱い女を寄ってたかって襲うような盗賊が、この俺に?」
エドガーは右手で顔を覆い、不敵に笑いつつ答える。
彼はこのような非常事態だからこそ、《設定》を演じているのだ。
悦に浸るため、そして恐怖心を抑え込んで自分を奮い立たせるために。
「は? 可愛い女の子の前だからって、調子乗ってんの?」
「ハハハ、おもしれえじゃねえか」
盗賊たちは彼の言動に、やや呆れている様子だ。
だがそれも、「敵の慢心」という形でエドガーに有利となるだろう。
「今すぐ武器を捨てて両手を挙げろ。そうすれば殺しはしない。今宵の俺は──《狩り》の気分ではないのでな……」
「まずはテメエから殺してやるぜ!」
盗賊の一人はエドガーに向けてダッシュする。
剣を大きく振りかぶり、水平に薙ぐ。
だがエドガーは瞬時に抜剣し、盗賊の剣を防ぐ。
火花が飛び散り金属音があたりに鳴り響く。
がら空きとなった盗賊の胴を、エドガーは足裏で押し出すようにして蹴る。
「ぐあっ!」
「ちょっ、おまっ! うわあっ!」
盗賊の男は勢いよく後ろに吹き飛び、仲間の1人を巻き込んだ。
これで一気に2人を無力化した形となり、残る敵は1人となった。
だが最後の男はあろうことか、ルイーズの体に手を回して剣を突きつけた。
ルイーズは恐怖しているのか、魔術を行使する余裕がないようだ。
「ひっ……!」
「──何の真似だ?」
「動けばこの女を殺す!」
エドガーの心は今、怒りと冷静さに満ちている
大切な教え子であるルイーズを、人質に取られた怒り。
そして、動かなければ大丈夫だという冷静な判断。
エドガーは無詠唱で、盗賊の背後に魔法陣を展開させる。
魔法陣からは一筋の光が放たれ、盗賊の脳を破壊した。
「ぅ────」
盗賊は声にもならないうめき声を一瞬上げ、地面に突っ伏す。
狙い通り即死したため、ルイーズには何の被害もない。
「ひ、ひええええ……」
「た、助けてくれええええっ!」
「ならば抵抗するな。
エドガーは水属性魔術を用い、氷の手枷と足枷を盗賊2人にはめる。
ちなみにこの魔術は、無抵抗な人間でなければ効果は薄く、とても戦闘中には使えない。
その後、火属性と光属性魔術を駆使し、花火や信号弾を打ち上げて異常を周囲に知らせる。
現れた衛兵に事情を伝えて盗賊を突き出せば、全て解決だ。
ルイーズはおずおずとエドガーに近寄る。
その顔や肩には、先程射殺した盗賊の返り血が付着していた。
「あ、ありがとう……助けてくれて」
「ああ。怪我はないか?」
「大丈夫……」
「血がべったりついてるから、じっとしてな」
エドガーは水魔術と回復魔術の応用で、ルイーズの体や服についている汚れを落とす。
彼女の体や服から光の粒子が発生し、効果は完全に発揮された。
本来この《汚れ落としの魔術》は隠し通すべきものだ。
なぜなら、低俗であることと軍事転用出来ないことを理由に、教会はこの魔術を異端とみなしているからだ。
しかしながら、ルイーズは血に塗れている。
彼女に気持ち悪い思いをさせたくなかったことと、そして帰宅時に大騒ぎになることを危惧したエドガーは、やむなく魔術を行使したのだ。
「あ、あなた……私に何をしたの?」
「血糊を全部落とした」
「あっ、本当だわ……ありがとう。それにしてもすごいわね、汚れって魔術で落とせるんだ……」
「このことは他言無用だ──命が惜しければな」
「わ、分かった……絶対に誰にも言わない……」
いつもと違って、ルイーズは聞き分けが良かった。
普段──といってもまだ出会って2日目だが──なら「治療院に行く? ついていってあげるわ」などと言われそうなものではある。
しかし今の彼女は暴漢に襲われたことで、平常心を失っているのだろうとエドガーは判断した。
血糊を落としたところで、エドガーは本題に入る。
「ところで、どうしてこんな夜中に外を出歩いていたんだ? 王宮とは逆方向だぞ」
「えっと……王族として、平民たちがどんな生活を送ってるか……調査してたの……」
ルイーズの言い訳は嘘だと、エドガーは感じている。
生活の様子を見るのなら、人通りが少ない夜間に行うのは不適切だ。
どうしてもこの時間帯でなければならないというのなら、繁華街にでも行くべきである。
だが、エドガーはあえて追求しない。
彼と同じように、ルイーズにも秘密があるかもしれないからだ。
「それは結構なことだが、やるなら護衛を付けるか昼間にするべきだったな」
「ご、ごめんなさい……」
「責めてるわけじゃない──君一人の命で国が揺らぐことになるから、次からはもっと考えよう」
「は、はい……」
ルイーズの表情は恐怖と後悔でいっぱいだったように、エドガーは感じた。
なので彼は、なるべく優しく冷静に言って聞かせることにしたのだ。
──突如、複数人の足音や金属音が聞こえてきた。
その音はだんだんと大きくなっていき、ついに5人の兵士が姿を表した。
エドガーが先程放った信号弾を見つけ、彼らは飛んできたのだろう。
「一体何があった!? ──って、ルイーズ王女殿下! ご無事でしたか! 王宮に戻ってこないと、国王陛下が心配されていましたよ!?」
「ごめんなさい……えっと、男の人に襲われてたところを、この人が助けてくれたの」
「私は魔術学院の教師、エドガー・シャロンと申します。悲鳴が聞こえたので駆けつけると、殿下が3人の暴漢に襲われていました」
エドガーは兵士たちに事情を説明する。
1人を射殺した経緯、そして2人を現行犯逮捕した経緯を。
被害者である王女ルイーズの証言もあり、決して疑われることはなかった。
ちなみに、ルイーズが人質に取られていたことと、血糊が付着していないことについては、何とか誤魔化せた。
隊長と思われる男はどうやら、今後の方策が決まったようだ。
「事情は分かった。賊共の連行と遺体の処理はこちらに任せてくれ──それで、殿下を王宮へ送り届けるには……えっと……こちらの人数が足りないからしばらく待機してもらうか……」
「このエドガーに送ってもらうわ。彼はA級魔術師を倒すだけの実力があるから、彼一人だけでも大丈夫よ」
「────えっ?」
エドガーは色んな意味で驚いてしまった。
王女殿下に選ばれたこと。
必然的に帰りが遅くなること。
そして、国王陛下と謁見する可能性が否定できないこと。
エドガーは思わず、ルイーズの申し出を断りたい気分になった。
「『────えっ?』じゃないわよ! お願い、今日は王宮に泊まっていいから!」
「こちらからも頼む! 我ら兵士の代わりに、殿下をお守りしてくれ!」
「わ、分かった──いえ、かしこまりました、殿下。責任をもってお守りいたします」
エドガーはルイーズに、
学校以外の場所で、人前でタメ口を利くなど許される話ではない。
エドガーとルイーズは兵士たちに別れを告げ、路地裏を出て夜の街に戻った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。