第9話 エドガーの《謎》

「今日はなかなか濃い一日だったな」


 王都の住宅地にある高級マンション。

 その角部屋にて夜景を眺めながら、エドガーは一日を振り返っている。


 今日、彼との接点が特に多かった教え子は3人。


 下ネタが嫌いで口うるさいが、クラスメイトには優しい王女ルイーズ。

 元同僚の妹で、とても従順なアリス。

 下ネタを好む中二病患者、《漆黒の勇者》マルク。


 彼らの他にも面白い学生はたくさんいる。

 エドガーの教師人生は、大変にぎやかなものとなるだろう。


「ふむ、やはり仕事終わりの酒は美味だな」


 エドガーは赤ワインが入ったグラスを回し、芳醇な香りを楽しむ。


 他人に見られていないからこそ優雅であるべし。

 彼は貴族というわけではないが、自らの自尊心を満たすためにそうしているのだ。


「ふう……それにしてもルイーズの性格、国王陛下と似てなかったな……王妃陛下似なのかな?」


 エドガーはロッキングチェアにもたれかかり、嘆息していた。



◇ ◇ ◇



「はあ……」


 エドガーが晩酌に勤しんでいる頃とほぼ同時刻。

 王宮内執務室にて勉強中のルイーズは、物思いに耽っていた。


 今朝決闘した際、教師エドガーの魔術師としての実力はある程度分かった。

 「どれだけ時間を費やそうとも、その域に達することは出来ない」と。

 彼の能力は十二分にあるため、教師としてはこれ以上望むものはない。


 また射撃訓練にて、マルクを始めとする多くのクラスメイトが、彼のアドバイスによって成績を改善していった。

 初対面でこれだから、教え子の特性を完全に把握した後は、より適切に指導してくれることだろう。


 問題は人間性だ。

 ルイーズはこれでもエドガーのことを、比較的とっつきやすい先生だと高く評価している。


 だが中二病・下ネタ・変態行為といった、思春期男子特有のアレ──といっても、彼は20歳くらいのはずだが──はいただけない。

 あろうことか賛否両論である異端審問官を、自身の《設定》として取り入れている有様だ。


 それさえなかったらいい先生だったんだけどな、とルイーズは思った。


「──いや、アレがなかったら多分『堅物完璧超人』で終わるわ。絶対に仲良く出来そうにない」


 本質を見極めたルイーズは、大きく頭を振る。

 そう、結局はエドガーが問題行動を起こしたからこそ、自然と自分から話しかけるようになったのだ。


 もし彼が非の打ち所がない真人間であったなら、完璧主義者であるルイーズとは相性があまりにも悪すぎる。

 彼女自身の不完全な部分が浮き彫りになり、己の醜い部分を直視することになるからだ。


 ──突如、ドアがノックされる音が聞こえた。

 ルイーズは入室を許可する。


 部屋に入ってきたのはメイドで、彼女はうやうやしく辞儀をした。


「ルイーズ王女殿下、国王陛下がお呼びです」

「分かったわ。今行く」


 何故父上に呼び出されたのだろうと思いつつ、ルイーズはメイドの案内に従う。


 本当は一刻も早く父王のもとへ向かいたいので、案内など煩わしいと思っている。

 時間帯を鑑みると彼は執務室にいると思われるが、しかし万が一ということもあるので、役目を仰せつかった従者についていくしかないのだ。


 そのようなことを考えているうちに、ルイーズたちは国王の執務室に到着した。


「失礼致します。父上、此度こたびはどのようなご用件でしょうか?」


 ルイーズは目の前で座っている父親シャルルに、単刀直入に質問する。


 シャルルは威厳よりも、むしろ優雅さが目を引く。

 彼はティーカップをソーサーの上にゆっくり置き、優しげな表情でルイーズを見やる。


「ルイーズ、今日の学校はどうだった?」

「え? べ、別に普通です……」


 いつもはそんなことを聞かないのに、何故父上は今日に限って学校生活について問うのだろう。

 ルイーズは呆気にとられつつ、何とか言い繕う。


「その表情では、何かあったようだな。どうかね、新任の教師は?」

「よく分かりません……魔術師としての能力・資質については王国宮廷魔術師を凌駕しており、指導力もあると思われます。ですが、女の子の着替えを覗いたしそれを誤魔化したし下ネタを女の子の前で言うし《設定》とかあるし、変態としか言いようがありません!」

「──変態云々うんぬんはさておき、彼のことは教師として認めているか?」

「う……そ、そうですね。私、早速決闘を申し込んだのですが、降参してしまいました。認めざるを得ないでしょう……」

「それはよかった」


 国王陛下ともあろう御方が、何故一教師のことを聞くのか。

 そもそもルイーズは彼に、「新任の教師が学院に来る」という話は一切していなかった。


 ルイーズはあれこれと考えていたが、あることに気づく。


 シャルルは国王だからこそ王立魔術学院とは関わりがあり、新任教師の話を偶然聞いたのだろう、と。

 いや、そうでなくてはならないと、ルイーズは結論づけた。


「彼とは懇意にしてあげてくれ。特に、卑猥な言動については許してあげて欲しい。それが紳士というものであり、それを許容するのも淑女の嗜みだ──《設定》についてはよく分からないが」

「やっぱり父上でもわからないのね……」


 シャルルが《設定》を理解できないくらいまともだったことが分かり、ルイーズはむしろ安心した。

 が、さらりと酷いことを言われた気がした彼女は、冷静に考え直す。


「ん? ちょっと待って、何が『卑猥な言動を許容するのも淑女の嗜み』よ!? あんた、淑女じゃないじゃない!」

「ハハハ、まあそういうな」


 シャルルは口元を押さえて軽く笑っていた。

 もしかしたら父上も、案外まともじゃなかったりするのかしらと、ルイーズは考えを改め始める。


「話がないならもう戻ります」

「待ち給え、これで最後だ──彼の実力を素直に認めるのであれば、個別指導を頼んでみるといい。魔術学院でしか閲覧出来ない資料と、卒業資格だけしか求めてこなかったお前に、ちょうど良い機会だとは思わないか?」

「──失礼致します」


 ルイーズは一礼し、国王の執務室から出る。

 ドアを丁寧に閉め、考え事をしながら廊下を歩き始めた。


「個別指導……ね」


 何故エドガーはあそこまで強いのか、ルイーズは疑問に思っていた。


 魔力量については未だ格が見えないが、少なくとも魔術制御については天賦の才を持っていることだろう。

 例えば、射撃訓練が終わった後に彼がやってみせた《全力疾走》。

 複数の魔術を無詠唱で実行し、しかもそれが実用に足るとなると、彼はかなりの実力を持っていると思われる。


 更に、エドガーは普通の魔術師とは違い、体がよく鍛えられている。

 魔術師は通常、魔術の鍛錬や研究に勤しむことから、体力づくりに時間を回すことは難しい。

 しかし彼の肉体は少しばかり頑強で、真偽は不明だが弓術も嗜んでいるそうだ。


「頼んでみようかしら……」


 そこまでエドガーが強いのには、秘密がある。

 魔術の才能、行使の仕方、トレーニング方法、そして彼の語る《設定》──


 ルイーズはその謎を探るため、そして自らの夢を実現するため、次の行動指針を決めた。

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