中二病C級魔術教師、実は世界最強の《魔術師殺し》だった ~先生、あの《設定》って本当だったんですか!?~

真弓 直矢

第1話 新人教師、ホームルームにて《中二病設定》を自己紹介

「初めまして。新しく1年A組の──みんなの担任となった、エドガー・シャロンだ。これからよろしく頼む」


 9月初旬の朝、まだ夏の暑さが残っている頃合い。

 王都にある《王立魔術学院》にて、新人教師エドガーは教え子たちに自己紹介をしている。


 生徒たちの表情は様々だ。


 新たな先生に対して期待を抱く者。

 緊張している者。

 そして、「前の先生はいい先生だったのに」と言わんばかりに、不満そうにしている者。


 彼らがどういう思いを抱いているのか、エドガーには手にとるように分かった。

 だが彼は臆することなく、自己紹介を再開する。


「こうしてみんなと会う前、俺は6年くらい異端審問官をやってた。異端者を裁き、魔女たちと死闘を繰り広げ、結果的に数百人もの人々を殺した」


 この世界で広く信仰されている宗教を教え広める教会組織、あるいは「教会」。

 その教会に属する異端審問官の職務は、主に2つだ。


 異端審問、つまり正統な教義に反する異端者を裁くこと。

 魔女狩り、すなわち魔術を悪用する魔術師を抹殺すること。


 エドガーは主に魔女狩りを遂行しており、敵対勢力からは《魔術師殺し》と呼ばれていた。


「俺は異端審問官の仕事をして後悔した。教会の意向で罪のない人まで裁かされた。それに嫌気が差したんだ。この手は《断罪》の血に塗れていると思うと──」


 エドガーは自分の手のひらを見ながら、思い詰めるような仕草を見せる。

 まるでその手に血が付いていて、それを気味悪がるかのように。


 彼の独白に対し、生徒たちは一様に驚きの表情を見せていた。


「だから、君たちは絶対に道を誤らないで欲しい。大義名分のもとに、嬉々として人殺しをするような外道に成り果てないように──以上だ」


 エドガーは物憂げに窓の外を眺め、自己紹介を締めくくる。

 外に広がるのはグラウンドと、そして王都に相応しい綺麗な町並みである。


 だが突如、水を差すかのように一人の男子生徒が哄笑こうしょうしだした。


「あはははっ! いやー先生、冗談きついですよ!」

「な、ななななななっ!? 一体何のことかなッ!?」

「数百人くらい殺した、みたいなこと言ってましたよね? いやいや、無理ですよそんなの! しかも先生、20歳くらいですよね。俺たちと同じくらいの歳から6年も《異端審問官》やってたんですか? それ、ただの《設定》ですよね? ははははははっ!」

「そ、そんなことはないぞッ!? お、俺は本当に──」

「そ、そうですよね! よかった……先生がそんなひどい人じゃなくて……」

「はあ……もう、ビックリさせないでよ……」


 生徒たちは皆、エドガーの今までの発言を冗談だと受け取ったようだ。

 自らの虚栄心を満たし、愉悦に浸るための《中二病設定》だと。




 《中二病》とはその名の通り、中学2年生(14歳)前後の多感な時期に罹患する《病》だ。

 自分を「特別な存在」だと思い込むのが主な症状で、人によっては奇行に走るものもいる。


 最強のオリジナルキャラクターや《設定》を仮想し、あたかも自分までもが「最強」になったかのように思い込む。

 「学校に乱入してきたテロリストをたった一人で撃退し、一大ハーレムを築き上げる」などという愚劣な妄想にふける。

 「俺は違いが《理解わかる》男だ」などと思い上がり、メジャーな芸術家をこき下ろして得意げになる。


 まだまだたくさんの症例があり、すべてを取り上げることは不可能だ。


 ちなみに貴族と一部の平民──つまり金持ちは、子を学校に通わせることが多い。

 中には家庭教師を雇うものもいるが、集団生活に重きを置く親ならば学校を選択する。

 この魔術学院は中等教育機関としての高等学校と同じ位置づけで、各地に点在する一般的な高校と比しても学力は高い。




 閑話休題。

 生徒たちはおのおの笑ったり、安堵したり、呆れたりするなど、様々な反応を見せた。

 エドガーは「しまったな……」と呟きながら手で顔を覆った後、とにかく一番伝えたいことを伝えることにした。


「えーっと……俺の経歴は、今は信じなくてもいい。だが、魔術を人殺しに使うな──これが俺が言いたかったことだ。わかるな?」

「先生、軍の魔術師になっちゃダメっていうんですか? 軍人だったら人殺しはつきものですよね?」

「あー、良い質問だけど難しいところだな。一番問題なのは、人殺しそのものを目的にすることだと俺は思っている。だからそれ以外の目的──たとえば大切な人を守るためとか、そういう意識を持って欲しい」

「確かにそうですよね……分かりました、ありがとうございます!」


 男子生徒が礼を言った直後、エドガーは溜息をつく。

 文脈的にはふさわしくない態度であるが、彼は本心から思わず口をついて出てしまったのだ。


 エドガーは再び窓の外に目線を移し、目を細める。


「──まあ俺は異端審問官をやってたときでも、好き好んで人殺しなんてしてなかったさ」

「それ、《設定》ですよね?」

「ま、まあ最後まで黙って聞け──俺はな、正義のため、人々のためって思って魔女たちを殺してきた。そんな奴でも『人殺し』という仕事に嫌気がさすこともある。これも覚えておいて欲しい」

「う……それでも俺、がんばります。理想に向かって!」

「ああ、その意気だ!」


 エドガーは男子生徒に向けてサムズアップをして応援する。

 その男子生徒は、とても嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 先程までエドガーを嘲っていた他の生徒たちも、彼の言うことに頷いていた。

 「《設定》とかはちょっとアレだけど、言ってることは間違ってない」と言わんばかりに。


「さて、そろそろホームルームに入ろう。えっと──」


 エドガーは要点だけを生徒たちに伝える。

 彼の戯言によってほころんでいた場の空気が、一瞬で真剣な雰囲気に変わっていった。



◇ ◇ ◇



「──以上。それじゃあ少し早いけど、これでホームルームは終わりだ」

「ありがとうございました!」


 生徒たちは全員起立して辞儀をした後、荷物を持って教室をあとにした。

 次の授業はエドガーによる魔術実技の授業なので、彼らは更衣室に向かっているのだ。


 教室の戸締まりを日直に任せ、エドガーも自らの着替えを持って退室する。

 一応まだホームルームの時間は終わっていないが、それでも廊下を歩いている生徒がちらほらといた。


「──今のところ、予定通りだ」


 エドガーは思い通りに事が運んで吹き出しそうになっているのを我慢し、意味ありげに呟いた。


 彼には秘密がある。

 その秘密を守るためにあえて自らの来歴を茶化し、胡散臭さを演出したのだ。

 《設定》扱いされたのは想定通りで、普通の人間として溶け込むために道化を演じているに過ぎない。


 それに、人間はなにか一つでも欠点を持っていたほうが親しみやすい。

 学生たちと仲良く出来るのであれば、少しくらい変人だと思われたり笑われたりしても平気だと、エドガーは考えているのだ。


 彼の言動の意味を理解できる者は、本人を除いて誰一人としていないだろう。

 多くの生徒たちが「この人頭大丈夫?」と言わんばかりに二度見していたが、エドガーはむしろその眼差しを受けて悦に浸っていた。

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