It's called a life the game we forced to join in

 床に仰向けになって天井をぼんやりと眺めていた優香は、遠くで何かが建物に激突したかのような轟音に続いて地響きを感じ、おそらくモニターに映っていた男が何かしたのだろうと、首を傾けて濃灰色の煙だらけとなっている画面を見やった。


 少し前にモニター内の男が導火線だのブッ飛ばすだのと喚いていたが、まさか何かを爆発させたわけではあるまい。どこかに監禁されることを想定し、常日頃から爆発物を携帯している人間など普通はいない。


 おかめ面からせしめた何らかの薬品でも調合し、それに導火線を浸すなりして火をつけたのだろう。あの男に専門的な知識があったのなら、連中に使用目的を勘づかれないよう偽装して薬品を集められたはずだ。


 先ほどの多田とかいう男が部屋からの脱出を試みたように、この男は壁なりドアなりを破壊する手段を選んだのだ。


 衝撃で機器がイカレたのか、それとも爆発音が部屋に流れるのをおかめ側が意図的に避けたのか、震動を感じてからは何の音も聴こえてはこない。モニターの映像も濃い煙が立ち込めたままだ。男の安否はまだわからない。


 だが、これまでに流された映像を踏まえると、不謹慎ながら男が無事であるはずがないという考えに傾いてしまう。たとえ爆風から逃れたのだとしても、いずれ何らかの方法で死に追いやられることとなる。


 そういえば音声が途絶える前、男が何かに対して「来るな」と叫んでいたが、他に誰かいたのだろうか。極限状態で幻覚を見たとも考えられる。


 モニター内の煙がところどころ薄まり、次第に室内の白い色が目につきはじめた。ひとまず、想像したような悲惨な状態にはなっていないようだ、と優香が安堵したところ、画面の中央から下方へと伸びる赤黒い血飛沫しぶきのような跡が映った。


 どうやらドア付近の床を天井から見下ろしたアングルらしいが、煙の棚引く画面内に男の姿は映っていない。さすがに木っ端微塵にはなっていないとしても、爆風で後方へ吹き飛ばされた可能性はある。


 すると今度は、ドアを正面に捉えたアングルへと映像が切り替わった。下方のドア枠の一部が黒く変色している。煙でよくわからないが、ドアや壁が損傷しているようには見えない。男の姿もない。


 男の脱出が失敗に終わったのだとしても、ひょっとしたら壁が壊れていて、わずかな希望ぐらいは示してくれたのではないかとも思ったのだが、そうは問屋が卸してはくれないらしい。


 現実は非情だ。悪い想像はすぐに具現化したり立て続けに起きたりするというのに、良い連鎖は徹底して発生しないようにできている。


 私たちは生きているだけで誰もがすでに、予想外のイベントや理不尽な結末を孕んだ、人生という名のシビアなゲームに参加させられている。割り振られているステータスは最初から不平等、順当に経験値を増やしていったとしても、必ずしもレベルが上がるとは限らない。


 敷かれたルールは厳格で、破れば財産や自由を失うだけでは済まされず、果てには命を奪われるまである。チートも魔法も使えないし、レアスキルはほんの一握りのプレイヤーにしか発現しない。ボス戦前のセーブ機能もなく、疲れたり飽きたりしてもプレイを中断できない。そのうえ、ゲームへの参加の拒否は死を意味する。


 このショーと何ら変わらない。


 ある程度の自由を与えられてはいるが、それ以上を求めると悪い結果を招く。だから、規定の場所に留まり、権力のある者の指示に従い、ただ粛々と日々の生活というノルマをこなす。イレギュラーなイベントは別としても、そうすれば大抵の大きな問題は避けて生きていくことができる。


 モニターを惰性で見ていた優香は、再びアングルが変わったことに気がついた。煙が薄らいできてはいるが、どの位置から撮影しているのかは判然としない。と思っていると、画面上部に柱のような影がいくつか現れた。その左隣あたりが赤く朧げに光っている。


 赤い光が大写しとなり、男が『166,000』という桁違いの負債を抱えていることがわかった。何をするとそんな事態になるのだ、と優香は男への同情ではなく好奇心からそう思った。申し訳ないが、この状況下で見ず知らずの男を心配するような余裕は持ち合わせていない。


 見ていると画面が一つ前のアングルに戻った。先ほどよりも煙が晴れており、柱のように見えていた影が天井から伸びたロボットアームだと気づく。では、その先に男がいるのだろうかと優香は目を細める。


 まもなく、画面下方から鈍色にびいろをした横長の台らしきものが迫り上がってきた。台の上には人影のようなものが見える。


 負債の返済を強いられるのだろう。


 きっと一つでは足りない、と優香は自分が選んだ部位のうち、もっともポイントの高かった腎臓の『160,000』という数字を思い浮かべた。どうだっていいか。私には関係のないことだ。


 これまでと同様、やはり台に拘束されているらしく、人影が暴れている様子はない。それとも気を失っているのだろうか。自分で薬品を調合しておいて、その爆発の衝撃で気絶していたら世話はない。


 ようやく煙幕が落ち着いてくると、男が仰向けの状態で頭を画面左に向けて横たわっているのが見えてきた。部屋には未だ何の音声も流れてきてはいない。おかめ面も機器にトラブルが生じていることに気がついていないのか。


 視界の右端に明るさを感じた優香は、わずかに首を右へ傾けて隣のモニターへと視線を移した。


1、心臓  50,000

2、脳   10,000

3、肝臓  500

4、膵臓  10,000

5、肺   3,000 each

6、腎臓  30,000 each

7、眼球  250 each

8、手   1,500 each

9、足   1,500 each

10、生殖器 300

※なお、数字外の部位は一律1ポイントとし、いかなる例外も認めない


 優香はモニターに現れた文字を見てぎょっとしたものの、自分が選んだ部位のリストとは順番もポイントも異なることに気がついた。値も全体的に低い。


 よく見ると画面上部に『小久保良昭』という名前が出ている。発表された順位にはなかったように思うが、部外者の名前が出るはずもないので参加者なのだろう。


 しばらくするとリストが消えて、『お好きな部位をお選びください』という文字が浮かび上がった。なぜ私の部屋にこんな映像が流れているのだ。システムのバグだろうか。相手を間違えている、と優香は左のモニターへ視線を移して男の様子を確認した。


 その刹那、アングルが変わって天井から男を見下ろす画が映った。先ほどの爆風のせいなのか、男の顔面はすすを被ったように黒くなっている。負債を返済させられるのだから死んではいないのだろうが、かといって無事なようにも見えない。


 画面に映る男の身体に違和感を覚えて優香が目を細める。一見、男が左腕を胸の上に置いているのかと思ったが違った。左の肘のあたりから前腕部分が欠損している。左脚も足首から先がない。爆風で吹き飛ばされたのだとしたら不運すぎる。


 視界の端に動きを捉えた優香は、右のモニターへと再び視線を移した。


『一定の時間が経過してもお選びいただけない場合、リストの一番下の部位から自動的に返済にあてさせていただきます』


 私に言われても困る。もう一度左のモニターへと目を向けたが、相変わらず男に動きはない。おかめ面は男に意識がないのをわかっているのだろう。男の部屋の音声にも不具合が起きているに違いない。もし音声が流れていれば、あの大音量で男が起きないわけがない。


 右のモニター内の文字が消え、代わりに『+』の記号が現れて暗転し、数拍の間を置いて『143,300』と数字が浮かび上がったあと、今度は『−』に続いて『左手 1,500』、さらに『−』と出て『左足 1,500』と繰り返され、最後に『=』を挟んで『合計 140,300』と表示された。


 おそらく、『140,300』が男の保有しているポイントなのだろう。だが、彼の負債は『166,000』だ。返済にあてるには額が足りていない。


 左のモニターでは音もなくアングルが変わり、左に頭を向けて横たわる男を右半身側から捉えた映像となった。天井から伸びる複数のロボットアームが男へと近づいてゆく。


 とくに何の合図もなかったが、おかめ面の言う一定の時間が経過したようだ。だとすると、リストの一番下に記された部位から、返済とは名ばかりの切除手術に見立てた解体ショーが始まるのだろう。


 もううんざりだ、と心のなかで悪態をついた優香は、右のモニターの数字が闇に溶け、代わりに現れた『これより判定結果、ならびにランキングの発表を行います!』という文字を見るなり大きな溜め息を吐き、続けて表示された結果に驚いて目を見開いた。


【紅 朱音】

・文章作法に則っていない 370

・規定文字数未到達 300

・程度の低い表現 400

・重複表現 480


 そう、悪い想像はこうしてすぐ具現化する。なぜなら、それが人生というゲームの仕様だから。

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