是葉和灘
ついさっきまた誰かが死んだ、と良昭は右半身を下にして床に横たわり、焦点の合っていない目で宙空を眺めたままぼんやりと考えた。モニターに映像が流れていたのだろうが観ていない。聴こえていた声で男だったのはわかる。
みちるの生死すらわからないのに、他の誰が死のうと知ったことか。正直なところ彼女が生きている望みは薄い。さっき流された彼女の映像の意図は不明だが、あれが録画だったことを考えると、自然と最悪のシナリオが浮かんでくる。
デスゲームという概念自体、馬鹿げているとは思う。完全にフィクションの世界だけの産物だ。作り物だから楽しめる。現実にあるはずがないし、あってはならない。あったとしても誰が得をするというのか。
それでもこれは現実で、相手は実際に俺の左足を切り落とし、わずか半日のあいだに何人もの人間を殺すような異常者だ。みちるを解放せず、意味もなく生かしておくとは思えない。
心配するべきは他人ではなく、今は自分のことを考えるべきだ。
良昭は首だけを反らし、モニター上部に表示されているタイムリミットを見やった。『11:31:07』あと半日弱で残りの五千文字を書くよりも、先ほどと同様、生き残っている参加者を特定して否定的な感想を大量に送りつけ、全員を負債まみれにして潰したほうが早い。
三十万字の作品を完成させるまで、これから毎日真面目に規定文字数の一万字を書いておかめ野郎に献上し、読者からの評価
耐えられるはずがない。きっと数日もしないうちに頭がおかしくなるだろう。
作品をコツコツ書かなくとも助かる道はある。他の参加者を攻撃することは違反じゃないとわかった。連中を生かしておけば自分が攻撃される。そして左足のように、いずれまた身体のどこかを失うこととなる。そうなる前に対策を講じなければならない。
まだモニターとトレース台まで優に数メートルはありそうだ、と良昭は首を傾けて確認した。スマホはどこかと探すが身の周りにはない。切り離されたキーボードが、トレース台のちょうど真下あたりの床に落ちているのが見える。
スマホは台の上に置いたままだったか。となると、どちらにせよネットを使うには、モニターのあるトレース台のところまで進むしかないらしい。
俯せになろうと身じろぎしただけで、恐ろしいほどの激痛が左足の失った部分に走り、良昭は肉食獣のような低い唸り声を上げてどうにか痛みに耐えようとした。
まずはアイツだ。脅迫文めいた感想を立て続けに何十件も投下しやがった、『カーネル』とかいうやつを見つけだす。一般の読者じゃない。馬頭間頼斗の身内、もしくは知人という可能性もない。誰かに告げた時点で『他言無用』のルール違反となって馬頭間は死ぬ。
間違いなく参加者の一人だ。俺が馬頭間頼斗を攻撃したことを特定し、カーネルも同じように俺を攻撃してきた。面識もないのに個人的な恨みを買ったり悪感情を持たれたりするはずもない。
攻撃の対象がいた。だから攻撃した。それ以外に理由はない。たとえカーネルを責めても因果応報を説かれるだけだろう。おまえも馬頭間に同じことをしたではないか、と。
だが、その因果の鎖に絡んできたのはカーネル自身だ。こちらの素性を調べ、行動を監視し、自尊心を揺さぶるような言葉で挑発してきた。喧嘩を売られて黙っていられるほど、俺はまだ社会に飼いならされちゃいない。他人を攻撃していいのは、攻撃される覚悟のある奴だけだ。
だから、同じ論理に従い、カーネルを見つけて潰す。
ようやくキーボードが落ちている場所まで辿り着いた良昭は、左足の痛みに
馬頭間のときは誹謗中傷を直接依頼した十五名と、彼らのツテで集めた人員を使って全部で五十二件の感想を送らせた。タダではなかったが、身体の部位を失うことに比べたら破格だ。次は連中に倍の報酬を支払い、俺が喰らった倍以上のダメージをカーネルに与えてやる。
良昭は腹這いの状態から身体を傾けて右半身を下にすると、違法の解析ソフトをダウンロードして実行し、小説サイトに登録されたカーネルのアカウント画面を開いた。灰色のプログレスバーが見る見るうちに緑色に満ちてゆく。
ダウンロードされたファイルの内容を確認する。
【会員番号00108853】
ユーザーネーム:是葉 和灘
フリガナ:コレハ ワナダ
性別:未選択
生年月日:2010年01月01日
メールアドレス:shibou-yuugi@smail.com
ふざけた名前で登録しているなと思うや否や、硬貨が流れ落ちる音が部屋に鳴り響き、良昭はスマホから顔を上げるなり壁に描かれた緑色の数字を見やった。先ほどまで『380』あったはずのポイントが、早くも『200』を下まわろうとしている。
「おいおいおい、オイッ! 冗談じゃねぇぞ」
すぐさま作品を投稿してある小説サイトを片っ端から開いていき、
構うものか。どちらにせよ、作品を書く気はもうないのだ。
ポイントの減少は止まったはずだと、首を斜めに傾けて壁を見上げる。何も描かれていない。誰かに後頭部を無理やり押されるようにして、足先の壁へと視線を移す。毒々しい赤色で『120』と見える。
赤色はマズイ。クソッ! どうする。あの女のときのように、強酸が降ってきたらこの足では逃げられない、と考えたところで良昭は「ハッ」と自嘲気味な息を漏らした。部屋から出られないのに一体どこへ逃げようというのか。俺にできるのはゴキブリのようにただ床を這いまわることだけだ。
いや、と良昭は思いなおすと、首を反対側へ捻って遥か後方のドアへと視線を投げた。ドアは開かないし、開けられない。しかしそれは、部屋から出られないと同義ではない。開かないなら壊せばいい。ハンマーか、ドリルか、チェーンソーか。何かしらの工具が手に入れば壊せるだろう。
「オイッ! クソおかめッ!」と怒鳴った良昭は、「ハン」と言葉を切って黙り、ひと呼吸置いてから「爆弾だ……爆弾をよこせ!」と叫んで大いに咳き込んだ。無茶な要求だとわかっている。ドアを開けない連中が、それを破壊されるとわかっていて爆弾を渡すものか。
しばらくしても何かが現れる気配はない。当然だ。それとも、種類を指定しないと駄目か。ならば、低感度の
「C4を出せッ!」
やはり反応はない。
「C4だよ、C4ッ! それぐらい持ってんだろッ!」
叫びながら良昭は己の頬を伝う生温かい液体に気がついた。汗ではない。涙だ。今さらなんだというのか。感情の調整に狂いが生じているのか。
「C4くれよッ! 頼むよッ! いいじゃねぇか、それぐらい。おまえらに左足やったじゃねぇかよッ! みちるだって生きてねぇんだろッ! なぁッ!」
何か重い物がぼとりと床に落ちた音を聴いた良昭は、首をまわして周囲を確認し、頭頂部のすぐ脇に豆腐のような白い塊があるのを見つけた。左手を伸ばして掴んでみると粘土のような感触がある。本当にC4を出したのか。
「ハハッ! おまえら、バ、バ、馬鹿じゃねぇのッ! ハッ! おまえら、待ってろ、おまえらッ! おまえッ! ぶっこ、ころころ、殺して、殺しにいってやるッ!」
素人だと思ってナメているに違いない。ネットが通じるのだから、扱い方や注意事項を調べれば問題なく使える。
込み上げる笑いを抑えながら、良昭は右の腰骨を軸にしてじりじりと身体を回転させると、ドアを視界の正面に捉えたところで俯せとなり、C4爆弾とスマホを掴んだまま
動きだしていくらも進まないうちに、再び大量の硬貨が雪崩を起こしているような音が響き、まさかと思って右後方を振り返った良昭は、一定の間隔を保って『10』ずつ加算されてゆく赤いポイントに目を見開いた。
作品を投稿したサイトはすべて退会した。では、これは誰からのどんな手を使った攻撃なのだ。
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