第34話 クリスマスライブ

クリスマスライブ

17:00 会場にはお客さんが入り始めている。ライブ開始まであと1時間。

「上原君、緊張具合はどう?」

少し心配そうに西野さんは声をかけてくれた。

「緊張は、どうでしょう。緊張と言うか早く歌いたい気持ちが一杯です。お客さんが喜んでくれるかの心配も多少はありますけどね。とにかく大声で歌いたい。みんなの前で弾けたい気分です」

「そう、大丈夫そうね。前から思っていたけど、あなたは緊張を楽しみの原動力に変えるタイプね。ステージが、期待が、難しさ大きければ大きいほど燃えてるもの。歌手向けの性格よ」

西野さんはステージ上での注意事項を確認する。

あ、トイレもう一回言っておこう。


17:50 会場もすべての席が埋まったようだ。

俺はステージの横で柔軟体操始めた。体を十分に温めておく。最初から飛ばしていくから。

18:00 水を口に含む。イヤモニからライブスタートの合図が聞こえた。俺はステージをかけ上がる。

暗闇の中、ステージ横から俺の姿を見たファンから声援がきた。声援が響く。体に伝わる振動に気分は高揚する。

ステージ中央に着いた瞬間に、俺はスポットライトに照らされ、ギターの音が鳴り響く。

「最初から飛ばすからね。みんなもついてきてくれ」

最初の曲が始まる。アップテンポのノリのいい曲”MARK YOU”だ。

体がうずいてくる。もちろん全力全開!ステージの上を歩き回りながら歌う。ファンに自分の存在をアピールするように。

そして1曲目が終わると同時に2曲目が始まる。ホールの温度を落とさないようにスピードのあるロック調の曲だ。

開場の中は赤・白・青・緑などのサイリウムが光る。左右に揺れる光は波のよう。

体全体を使って自分を表現する。楽しい、めっちゃ楽しい。みんなも一緒に歌ってくれるから、一体感が半端ない。

2曲目が終了。ここで一息つく。水を飲みファンに話しかけた。

「みんなありがとう。上原千秋です。今日はクリスマスイブだね。俺は、この聖なる夜をみんなと一緒に過ごせて最高に幸せです。そこの君も、そちらのお姉さんも一緒に歌って楽しもう。ここにケーキはないけど、かわりにとびきり甘い曲を歌います」

3曲目はミディアムテンポの恋の歌。ゆっくり歩きながら会場のファンと順に視線をあわす。ステージにの向かって右側に関係者席がある。歌いながらさりげなく見ると恵と千尋がいた。

曲のサビの場面で恵を指さし、

「愛しい人、あなたに届けたいこの恋心」

その時、確かに恵と目をあわせた。……気がする。両手で口を押え感極まってる。……気がする。

この場で彼女にそんな事するのはずるいけど、少しくらいはいいよね?皆にはバレてないし。

4曲目、5曲目に進む。ポップな曲を気持ちよく歌う。とにかく歌う。

6曲目、”夢で逢えたら”俺のデビュー曲。俺の為に作られた曲。始まりの曲。会場のみんなも一緒に大合唱してくれる。

そして休憩しながらMC。俺は水を飲みながら、

「みんなちゃんと水分補給してる?俺も水飲んだからみんなもしっかり水分とってよ」

その後は演奏してくれてるバンドメンバーを一人ずつ紹介する。

後半戦スタート。7曲目、8曲目、9曲目と歌い上げる。もう何も考えてない。体が勝手に動いて歌いだす。

「あと4曲だ、ここからはノンストップだぞ。俺は突っ走るからみんなもついてきてくれよ。いくぞー!」

スピード感あふれる曲が流れる。俺はステージからジャンプ。会場の通路を歌いながら歩く。ファンの横を歩きながらハイタッチを繰り返す。

恵と千尋の横を通った。通路側に座っていた千尋と恵にハイタッチ!

2階席にも駆け上がってハイタッチながら会場を走りまわる。1000人規模の会場だからできること。

そのまま会場を一周してステージに戻る。

「みんな、ありがとう。楽しい時間だったかな?俺は最高の時間だった。今日、この会場に集まってくれたお前らを、一つになって歌ったこの瞬間を、俺は絶対に忘れない。いい夢を見ることができたぜ。サンキュー!」

ありがとうのの言葉を残してステージから去った。

ふぅ、残すはアンコール1曲だ。

水を飲んで急いで着替える。最後の衣装はホストっぽいスーツだ。

会場からはアンコールの声が聞こえる。最初はバラバラに叫んでいた声が一つになる。

ふぅ。よし、行くぞ!

ステージを薄暗く照らしていた明かりが消え、ステージに立つ俺にスポットライトが。

「みんなありがとう。まだ歌い足りないよな。だから1曲だけやるぜ」

観客席からの声援が体に響く。

「ラストの曲は”fleur-de-lis”(百合の紋章)”。最後の最後まで歌いつくすぞ。お前ら行くぞー!」

会場のファンみんなとの大合唱。ありえないくらいの声を張り上げて歌を歌った。

気持ちいい。


控室に戻った。

椅子に座りこむ。動けない。すべての力を出し尽くした。呼吸は乱れ、汗も止まらない。だが、それがいい。最高の気分だ。

「とってもいいステージだったわ。お客さんもみんな楽しんでくれた。上原君はもっと上に行けるわ。これからもガンガン行くからよろしくね。今日は早く帰って体を休めなさい。タクシーを呼んでおくわ」

「もう体力全部使い切りました。でも気持ちよかった。ファンのみんなの声が体中に響くんだ。あの輝きの中で歌えたのは幸せでした。また明日からよろしくお願いします」

シャワーを浴びて着替えた俺は、スタッフさんたちにお礼を言って早々に帰宅した。

帰宅して彩奈と恵と少しラインで話をした。グループ通話ってすごい。3人で話せるんだぜ。


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