第46節・予想外の再会
大公軍を指揮しているヴォルフラムは伝令に次々と指示を出していた。
大市の制圧は完了しつつあり、大市を狙う反大公軍も一部苦戦しているところはあるものの大半は優勢な状況だ。
奴らが此方の動きに即座に対応したのにはやや驚いたものの先手を取った此方が戦いの主導権を握れた。
あとは港の制圧さえ完了すればこの戦、連合軍の勝利であろう。
「港の状況は?」
隣にいた部下に訊ねると「どうやら苦戦しているようで」と答える。
ミクローシュめ、慢心でもしたか?
いや、あの男はそういうミスをするタイプではない。
ならば何か予想外のことが起きているか……。
「どうやらクルギス軍が思いのほか粘っているようです。あともう一つ、気になる情報が……」
「ほう? どんなだ?」
「クルギスに協力している民兵の中にリーシェ・シェードラン一味がいるとか」
部下から出た名前を聞き流石に驚く。
リーシェ・シェードラン。
ルナミア・シェードランの義妹であり、妙な力を持つ娘だと聞く。
ベールン会戦の際に行方不明になったとのことだがまさかこんな場所にいるとは……。
「もし本当ならミクローシュが苦戦するのも理解できる。しかし面白い状況になったな」
「面白い、ですか?」
「そうだ。リーシェ・シェードランはクルギスに味方しているのであろう? ならば義姉とは敵対しているということになる。それが本人の意志かそうせざる負えなくなったかは知らんが実に愉快な状況だ」
情報が本当ならば今、港にはメフィル・辺境伯家の姉妹、そして”彼女”が居ることになる。
是非ともこの目で港の状況を見てみたいものだがそうもゆくまい。
「中央から派遣された”彼女”がいる限り我らに負けは無いとは思うが警戒はしておこう。まずはこのまま大市を完全に制圧し、その後港に向かう。そう各部隊に連絡せよ」
「は!」
部下が馬を駆り離れていくのを見届けると口元に笑みを浮かべる。
さあこの戦も中盤戦に入ったあたりだ。
ベルファの戦いを勝ち残るのは我らか反大公軍か、それとも必死の抵抗をするクルギスか。
そしてこの戦の結果次第で今後の戦いの流れも大きく変わるであろう。
「さてルナミア・シェードラン。お前はこの戦でどう動く? ただの旗印か、それともこの国を大きく揺れ動かす英雄と化すか見定めさせてもらおう」
そう呟くと兵士を連れ、苦戦している味方の援護に向かい始めるのであった。
※※※
港を一望できる塔を制圧したエドガー率いる辺境伯軍の別働隊は味方の援軍が来るまで守りを固めていた。
今はまだ敵兵の姿は見えないが先ほどからエルが派手に矢を放っているためその内敵に見つかるであろう。
敵が進軍して来そうな道には障害物を置き、兵を数人偵察に出すと一息吐く。
町中で激しい戦いが行われている。
港に向かったルナミアたちは大丈夫だろうか?
(……ルナミア様なら大丈夫だ。自分の仕事に集中しろ)
首を横に振り、余計な考えを頭から払う。
指揮官が迷えば部下を死なせる。
ルナミアたちには優秀な仲間たちが付いているため大丈夫だと信じよう。
そう考えていると見張りに出していた兵士の一人が「あの」とやってきた。
「通りに怪しい女が居たので捕まえたのですが……」
「怪しい女? どんな奴だ?」
「それがぁ……。エドガー副団長の知り合いだと言ってます」
自分の知り合い?
ベルファの町に知り合いなどいない筈だ。
もしかしたら敵の密偵や刺客の類かもしれないと考えていると聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「もーう! 私は怪しい奴じゃありませーん! こんなか弱い乙女を縛るなんて……あ、お兄さんたちそう言うプレイがお好き?」
「……ん?」
この甲高くて、妙に甘ったるい声。
聞いたことがあるぞ?
いやいやそんな馬鹿な。
アイツがこんなところに、そして不用意に姿を現すとは思えな……。
「やっほー! エドガー君!! 愛しのメリナちゃんだよぉ!!」
「…………」
馬鹿がいた。
水色のツインテールに派手な服。
何かと縁がある踊り子にして我らが大敵”蛇”の”使徒”。
メリナローズが手を縛られて此方に連れてこられていた。
メリナローズを拘束している兵士は困ったように此方を見ているため大きくため息を吐き、追加で縄を渡す。
「おい、もっとしっかり縛れ。あと猿轡でも噛ませて塔の中に入れろ」
「ちょっと! 酷いにゃあ! あ、でも、エドガー君だったらそういうプレイも歓迎……あ、ゴミを見る目だ」
戦場に似合わない気の抜けた顔。
思わず頭を抱えそうになり一気に疲れたような気がした。
「……こんなところで何をしている? また何か企んでいるのか?」
「そりゃ企んでいるわよぉ。流石にそうじゃなきゃエドガー君たちの前には現れないかな?」
「随分と素直に認めるんだな?」
メリナローズの真意を探ろうとじっと見つめる。
何故か彼女は「いやん」と顔を隠したがこの馬鹿のすることは無視だ。
この女の考えていることは全く分からない。
表と裏が常に違うのがこのメリナローズという女だ。
「そんな怖い顔をしないで欲しいにゃあ。エドガー君たちを助けようと思っているのに」
「助けるだと? どういうつもりだ?」
「どうもこうもルナミア様にはこの内戦を勝ち残って欲しいと思っているわけ。だから暫くの間は辺境伯軍とい一緒に行動しようかにゃあって」
沈黙する。
メリナローズの目的が分からない。
なぜこの女はルナミア・シェードランを助けようとする?
此奴らにとってシェードラン辺境伯家の姉妹は目の上の瘤のような存在では無いのか?
「ま、こっちにも色々あるのよ。私を信じるか信じないかはエドガー君次第。でも今は猫の手でも借りたいんじゃないかにゃあ?」
こいつは信用できない。
だが此奴の実力はベールン会戦で良く理解している。
メリナローズを捉えている兵士が「ど、どうしますか?」と訊ねてきたので腰に提げていたナイフを引き抜きメリナローズに近づく。
「そのナイフで私の心臓を突くこともできるよ?」
「……ああ、そうかもな」
じっと見つめてくるメリナローズの目を見つめ返すと彼女の手に結ばれているロープをナイフで切る。
するとメリナローズは「流石はエドガー君」とニヤリと笑みを浮かべる。
「勘違いするな。お前を信じたわけじゃない。今は共闘するというだけだ。少しでも裏切る素振りをすれば斬り捨てる。そしてこの戦いの後のことはルナミア様に決めていただく」
「オッケー、それでいいよ。私たちは互いを信用せず、利益が一致する限りの協力関係。うん、それが私たちに似合っているね」
「あの時みたいに」とメリナローズが言うとやれやれとため息を吐く。
またこの女と共闘することになるとは……。
あとでルナミア様に何て説明したものか。
そう考えていると偵察に出ていた兵士が慌てて戻ってくるのが見えた。
「北から敵が来ます!! かなりの数です!!」
「おっと、早速お仕事かにゃあ?」
「そのようだ。お前が本気で俺たちと共闘する気があるか見定めさせてもらうぞ」
そう言うとメリナローズは「まっかせなさい!」と服の袖から魔力の鎖を伸ばしていく。
それをみて「一つ言っておくことがある」と言うとメリナローズは「分かってるって」と苦笑した。
「魔力注入は無し、でしょ? 私的には敵兵を”変化”させちゃったほうが楽だと思うけどにゃあ?」
「それでもだ。あんな技を使ったらシェードラン辺境伯家が悪魔と契約していると噂されかねない」
「悪魔じゃなくて”使徒”とは契約したけどね」
「まだしてない。ほら、ふざけてないで敵を迎え撃つぞ」
「はいはーい」と気の抜けた返事をするメリナローズを無視し部下たちに迎撃の準備を指示する。
さて予想外の事態となってしまったが己のやることは変わらない。
味方の到着までここを守り切る。
今はそれだけを考え、戦うとしよう。
北側の通りの方に移動すると敵部隊が接近してくるのが見えた。
敵は此方の数倍は居る。
だが……。
「敵は多いが質は此方の方が上だ!! 臆さず押し返せ!!」
「おお!!」
辺境伯家の兵士たちが鬨の声を上げ、メリナローズもやや遅れてから「がんばろー!」と拳を振り上げた。
そして弓兵隊に指示を出し、敵を十分に引き付けてから矢を放ち、塔防衛のための戦いを開始するのであった。
※※※
北門から港に続く通りでの戦いは数で劣るクルギス・市民軍が反大公軍を押し返していた。
塔からの狙撃により一時は屋根の上に配置した弓兵隊が行動不能になっていたがミリが塔に向かってくれたおかげで再び攻撃に加われるようになった。
私は向かって来る敵兵の攻撃を躱すと槍で敵兵の喉を突き、仕留める。
槍を引き抜くと鮮血が散り、僅かに私の頬に付着する。
それを右手で拭うと槍を構えなおして腰が引けている敵兵たちを睨みつける。
「来なければ討ちません! 今ならまだ間に合う! 退きなさい!!」
「お、おのれ!! ゼダ人風情がぁ!!」
剣を持った三人の敵兵が同時に襲い掛かって来る。
私は冷静に敵の動きを確認し、まず一番突出している左側の兵に向かって踏み込んだ。
敵が剣を振り下ろすよりも早く槍で胸を突き、貫くとそのまま身体強化を行い貫いた敵ごと槍を横に振り回す。
それにより正面から来ていた敵兵を貫いた死体で横殴りすることができ、敵は死体と共に吹き飛んだ。
そして右から来た敵の攻撃を槍の柄で受けると敵の刃を柄で滑らせるように躱し、背後に回り込んだ。
「三人目!!」
槍の石突で敵の後頭部を全力で穿ち、兜越しに頭蓋を砕くと三人目の敵兵を仕留める。
残りの敵も私に襲い掛かろうとしていたがそれよりも早くロイが切り込み、アッと今に二人を切り伏せた。
敵兵が私たちを取り囲んできたためロイと背中合わせにすると「何人くらい倒した?」と訊ねる。
「俺は二十三くらい。そっちは?」
「二十五かな? 私の方が多いね」
「すぐに追い抜くさ」
なら私は追い抜かれないように更に奮起するとしよう。
私たちが奮戦すればそれだけ味方の被害が減るし、敵の士気も挫ける。
このまま敵には潰走してもらいたい。
そうすれば無駄な殺生をしなくて済むだろう。
包囲をしていた敵兵が一斉に動き出した。
全方位からの襲撃に対して私は槍をまっすぐに構えると「ロイ!」に合図を出す。
此方の合図に合わせてロイがしゃがむと腰を捻り槍を思いっきり振り回して回転斬りを放った。
私が槍を振り回したことにより斬りかかろうとした敵が怯み、その隙を突いてロイが踏み込み敵兵を斬り殺す。
先手を取られた敵兵は動揺し、私も一人を突き殺すと包囲は容易く崩壊した。
「二人を援護しろ!!」
敵が崩れた所にドーウェン卿率いるクルギス兵たちが切り込み、反大公軍の兵士たちは慌てて逃げ出していく。
(よし……あと少しで敵の士気が尽きる!!)
敵軍にとどめを刺そうと突撃を行おうとした瞬間、後方の敵兵が「援軍だぁ!!」と叫んだ。
それにより逃げ出そうとしていた兵士たちが「おお!!」と息を吹き返し、再び私たちに向かって前進を再開してくる。
「こりゃあ長期戦になるな」
ロイが肩を竦めると私は苦笑する。
簡単に勝てる相手ではないと思っていたがこうあと一歩のところで水を差されると少し腹立たしい。
「どこの誰だか知らないけれども来るなら纏めて倒すだけ!!」
「ああ、その通りだ! もう一度ぶっとばすぞ!」
ロイと肩を並べ武器を構えると大きく息を吸い、それから前進してくる敵に向かって突撃を行うのであった。
※※※
ルナミアは港に続く通りに到着すると味方の惨状に思わず眉を顰めてしまった。
矢傷を負った兵士たちがそこら中におり、蹲ったり尻餅を着くように地面に座って項垂れている。
苦戦しているとは聞いていたがまさかここまでとは思わなかった。
港にいるクルギス軍はそんなに手強いのだろうか?
そう考えていると騎士が一人此方にやって来た。
「ルナミア様! 救援感謝いたします!!」
「メジナ家の騎士ですね? メジナ子爵は?」
「それが……子爵は矢傷を負い後退されました」
「では誰が指揮を?」
そう訊ねると騎士が申し訳なさそうに「私が……」と言う。
メジナ子爵め、部下を残して一人で撤退したというのか……。
呆れ果てたと肩を竦めるとすぐに「それで? 戦況は?」と騎士に質問をする。
「劣勢です。待ち伏せにより此方は大きな損害を受け、兵が逃げ出さないように維持するのがやっとな状況です」
一目で分かるくらい兵士たちの士気は低い。
私たちが到着した時は一部の兵士が勝手に撤退しようとしていたくらいだ。
「……負傷兵と使い物にならなさそうな兵は後退させてください。代わりに我が兵が入ります。敵の戦力は? 数が多いのですか?」
「いえ、数は我らが勝っております。しかしクルギス家の雇った傭兵が厄介で……」
「傭兵?」と聞き返すと騎士は頷く。
「どうやらかなり手練れの傭兵のようで。奴らのせいで味方の被害が増えております。それに……」
騎士は何かを躊躇い一旦口を噤むと小声でこう言った。
「傭兵どもは自分たちがシェードランだと名乗っているのです」
シェードラン?
恐らく従兄の方ではなく辺境伯の方だろう。
傭兵が敵を脅すために騎士や高名な貴族を騙ることは多々ある。
今回もその一種だろうか?
「……その傭兵の中にゼダ人の娘は?」
「おりました。その娘が自分がシェードランだと名乗ったのです」
鼓動が跳ね上がる。
まさかリーシェ?
いや、しかしリーシェがクルギス家に味方するだろうか?
あの子とクルギス家の間には因縁がある。
数年前ベルファの町で起きたことを考えればクルギス家に味方するとは思い難いが……。
(でもあの子は船でザドアの大砂漠に向かおうとしているはず……。ならベルファの町に居ても……)
混乱する。
もし本当にリーシェならば私はどうすればいい?
いや、決まっている。
私は私が守りたいものを守る。
どんなことをしてでもだ。
「この目で確かめます。もしシェードランを騙る賊徒ならば捨て置けません」
「……もし妹君であったら?」
「………成すべきことを成します」
そう言うと私はガンツ兵士長に兵を前進する様に指示を出し、自分も前線に向かって進み始める。
胸が痛い。
心臓の鼓動が耳元で鳴っているかのような感じだ。
ずっと会いたかった家族がそこにいるかもしれない。
やっとリーシェに会えるかもしれない。
そう考えると私は無意識のうちに馬を駆り出し、後ろからガンツ兵士長の「不用意に前に出ないでください!」という声も聞こえず━━前線に飛び出すのであった。
※※※
「さ、三十四!!」
「三十六だっ……!」
クルギス家の兵士たちと協力しながら敵兵を倒し続けていたが流石に疲れて来た。
このままだとロイと二人で百人斬りを達成出来てしまいそうな勢いである。
槍の穂先に着いた血を振り払い、大きく息を吸うと気合いを入れ直す。
一時は勝てそうな雰囲気であったが敵の援軍が到着したことで押し返されつつある。
援軍がどこの家の軍か分からないが率いている奴の頬を引っ叩いてやりたい。
「……こっちの被害が増えてきている。持久戦は不味いぞ」
ロイの言う通りだ。
数で劣る私たちが持久戦に持ち込まれたら絶対に勝てない。
ならば━━。
「危険だけど切り込んでみる?」
敵援軍の大将かそれに近い存在を倒せれば再び敵の士気を挫けるかもしれない。
敵のど真ん中に飛び込むのは相当危険だがじわじわと削られて行くよりも一か八かで突撃したほうが良いかもしれない。
「やるならまだだ。もっと敵の前衛が崩れなきゃ突破もできない」
「ならば我らで敵を崩そうか?」
ドーウェン卿が敵を斬り倒しながらそう言うと私は味方の兵士たちを見る。
皆、疲れているが覚悟か決まっている顔だ。
この場を乗り切るため全員で分の悪い勝負に出るか……?
「決めるなら早くな。敵は待ってくれない」
どうする?
もし突撃が失敗すれば私たちは死に、味方の兵士たちも全滅するだろう。
やはりこの策はリスクがあまりにも大きすぎないだろうか?
(ルナなら……ルナならどうする?)
義姉ならばもっと良い策が思いつくだろうか?
きっとそうだろう。
義姉は私なんかよりもずっと頭が良くて度胸がある。
なら姉に劣る妹はどうするか。
「━━突撃は、しない。確実に成功するという勝算が無い限り私は皆の命を賭けられない」
そう言うとロイは「分かった」と頷き、ドーウェン卿も「では徹底的に粘って見せよう」と笑みを浮かべる。
ここで敵を抑え続ければ辺境伯軍にも私たちの話が行くはずだ。
ルナさえ来てくれればこの状況を覆せる。
気合を入れ直し、槍を両手でしっかりと握りしめた瞬間、敵軍前列から馬に乗った誰かが飛び出してきた。
「…………あ」
「うそ……本当に……」
冬の風に靡かれた黒く美しい髪。
透き通った金の双眸。
あの日、もう二度と会えないと思っていた人物。
私の大切な家族。
ルナミア・シェードランが馬に乗って現れたのであった。
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