双天のエーポス

第３８節・影潜みの追求者

「ほいっさ！」

　メリナローズが鎖を伸ばすと"鴉"はそれを刀で打ち払う。

その間に敵との距離を詰めると敵は此方に飛びかかって来た。

　刀の攻撃を剣で弾くが、すぐさま連続攻撃が放たれそれを急いで受け止める。

　一度この敵と戦ったロイの話ではこの男の刀には毒が塗られているという。

擦り傷一つで戦闘不能に追い込まれる。

それはとてつもないプレッシャーだ。

『小童、動きが鈍いぞ？』

　“鴉"の太刀裁きは見事としか言いようがない。

必要最低限の動きで敵に最大限の傷を負わせる動き。いったいどれだけの鍛錬を積めばこのような動きができるのか……。

　何発目かの敵の攻撃を弾くと後ろから鎖が伸びてくる。

鎖は先端の刃で"鴉"を貫こうとするが"鴉"はそれを体を捻って回避する。

　そこに飛び込んだ。

　敵が回避を行うことによって生じた僅かな隙。

それを狙い敵を袈裟斬りにする様に剣を振るうが━━。

「……っ！？」

　危険を感じ、咄嗟に後ろに飛び退いた。

すると二つの刀が突如現れ、眼前を通過する。

　更に二本の刀による攻撃が行われ、片方を剣で受けるとそのまま横に跳んで敵から距離を取る。

『おや？　やはり二度目は掛かりが悪いのぅ……』

　"鴉"の背中から二本の腕が現れていた。

敵が持つ隠し腕。

事前に情報を貰っていなければ回避するのは難しかったであろう。

　さて、ここからだ。

あの四本腕をどうにかしなければ勝ち目が見えないだろう。

「おい、お前もなんか必殺技みたいの無いのか？」

　横に並んだメリナローズにそう言うと彼女は「うーん」と首を傾げた。

「私、非戦闘系だからにゃあ。あ！　魔力注入してみる？」

　魔力注入って、あれか？

ペタン砦でやっていた人間をゾンビみたいするやつ。

「絶対にやめろ。おい！　こっちに鎖を向けるな！」

　この女、何か奥の手を隠し持っていそうだがあまり当てにしないほうが良いだろう。

『ヒヒッ！　乳繰り合いは終わったか？　今生の別れは済ませたか？』

　"鴉"が四本の腕を構えると此方もメリナローズと共に身構えた。

　先に動いたのはメリナローズだ。

彼女は上方より二本の鎖を、下方からも地面を這わせるように二本の鎖を放つ。

上下からの同時攻撃を"鴉"は前方に跳んで避けた。

敵はまるで砲弾のようにメリナローズに向かって跳び、四本刀を重ね合わせてばつ印のように構える。

　急ぎ"鴉"の進路上に飛び込み、剣で敵の突撃を受け止めると敵は此方の腹に蹴りを入れ、吹き飛ばされた。

　慌てて起き上がると既に"鴉"が此方の懐に飛び込んできていた。

上体を逸らすと刃が掠め、鎧が僅かに削れる。

　既に敵は此方の首を目掛けて斬撃を放っており、どうにかそれを避けようとするが間に合わない。

（致命傷を避けるしかないか……！？）

　首の動脈を斬られたらおしまいだ。

即死するよりマシと判断し、咄嗟に腕で首をガードすると腰に鎖が巻きついた。

そのまま鎖に引っ張られると敵から離れ、後方にいたメリナローズに後ろから抱き留められる。

「なにか言うことがあるんじゃないかなぁ？」

「感謝なんて、しないぞ！」

　メリナローズから慌てて離れると背後で彼女が苦笑しているのが分かった。

ええい、笑うな！

　それにしても厄介だ。

敵の機動力は驚異的であり、縦横無尽に駆けるため捉えるのが難しい。

どうにか敵の行動を制限出来ないだろうか？

「……あいつの動きを止められるか？」

　メリナローズにそう訊ねると彼女は辺りを見渡す。

「少しだけ時間をちょうだい。鳥籠を作るわ」

「少しでいいんだな？」

　メリナローズは頷く。

鳥籠というのが何なのかは分からないが敵の動きを止められる可能性があるのならやってみる価値はあるだろう。

　剣を真っ直ぐに構え直すと敵を睨みつける。

そしてゆっくりと息を吐き出すと駆け出すのであった。

※※※

　"鴉"は若い騎士が此方に向かって来るのを見た。

　それと同時に"大淫婦"が幾つもの鎖を地面に突き刺し始める。

（ほう？　何か仕掛けてくるかね？）

　"大淫婦"とは知り合ってから長いが奴の手の内はよく分かっていない。

奴は何事も適当にやり、全力を出したことがないのだ。

　もっともそれは使徒全員がそうなのだが……。

使徒は盟約により協力関係にあるが、互いを全く信用していない。

上辺だけの仲間にどうして自分の切り札を教えられようか？

　騎士は剣を下段に構えると下から此方の右肩にかけて斬撃を放って来る。

それを左腕の刀で受け、そのまま刃の上を滑らせるように流す。

　即座に左腕背中の腕を振るい、騎士を上から斬ろうとすると騎士は身を逸らして回避した。

そのまま互いの位置を入れ替えるように回り、回転の勢いを乗せた騎士の剣と此方の刀が激突する。

刃と刃がぶつかることにより火花が散り、騎士が此方との距離を保つために一歩下がる。

それをさせまいと此方も踏み込み、両背中の刃による刺突を放った。

　騎士はそれを身を屈めて避けるとそのまま足払いを行って来る。

それを軽い跳躍で避けるとそのまま騎士は下から剣を振り上げるように斬撃を放ってきた。

『ぬう！？』

　両腕の刀をクロスさせ下からの斬撃を受け止めるとそのままそこを支点にして逆立ちをする。

そして敵の頭上を飛び越えて背後に回り込むと背中の刀を後方に突き放った。

「……ち！」

　騎士は直ぐに前に逃げるが刀がわずかに左耳を切り裂く。

彼は直ぐに反転しこちらと向き直ると耳から垂れる血を拭った。

『ヒ、ヒヒ！　負ったな？　傷を負ったな？　そーれ、動かなくなるぞ？　息が苦しくなるぞ？』

「それがどうした！！　体が動かなくなる前に貴様を倒せばいい！！」

『貴様には無理だ。儂は影、あらゆるところに存在し、そしていない。貴様には儂を捉えられまい』

　そう言うと騎士は口元に強気な笑みを浮かべ「それはどうかな？」と言った。

「俺には無理でも……！」

「あたしにはできちゃうかもなんだなぁ！！」

　直後、此方を囲むように地面から次々と鎖が飛び出してきた。

鎖は空へ向かって伸び、いくつも折り重なっていく。

そして魔力の鎖による網目を形成した。

『……これは、檻か！？』

「そう、あたしの大技！　”死出の牢籠”！！　あたしからは誰も逃げられない！！」

　此方を囲む鎖の牢から一斉に新たな鎖が放たれた。

全方位からの攻撃を躱し続けるが、どんどん逃れる場所が無くなっていく。

そして……。

『儂を……繋ぐか！』

　鎖が胴を貫き、四本の腕に巻き付き、首を締め上げる。

いくつもの鎖によって体が完全に拘束され、一歩も動けなくなってしまった。

”大淫婦”め、何が戦闘は苦手だ。

こんな大技を隠し持っていたとは……。

『さて、どうしたものか……』

※※※

　メリナローズは”鴉”が完全に拘束されたのを見て内心でガッツポーズをした。

この技は一度発動すれば敵の逃げ場を無くし、全方位から攻撃を行い続けられる大技だ。

これを使ったのは今までで数回のみだが、今のところ破られたことがない。

（よっぽど追い詰められなきゃやらないからにゃあ……）

　発動さえすれば一方的な戦闘を行えるが発動に時間がかかる、発動中は術者が動けなくなるといったデメリットがあるためそうそう使えないのだ。

今回はエドガーという頼もしい囮……いや、騎士がいたから”鴉”相手に使えた。

もしこの戦いが一騎打ちであればこの技を使うことはできなったあろう。

「さて……あとは」

　先ほど、エドガーが”鴉”の攻撃を受けたのが見えた。

奴の毒がエドガーの全身に回る前に決着をつけなければ。

「エドガー君！　首を狙って！！　あたしたちは不死者だけれども首をやれば暫く戦闘不能になる！！」

「……首だな！　分かった！！」

　エドガーが剣を構え駆け出そうとした瞬間、”鴉”が嗤った。

此方とエドガーを見つめ愉快そうに喉を鳴らす。

『良きかな、良きかな。戦とはこうでなくては。互いの持ちうる技を出し切り、敵の命を奪い取る。ああ、そうだ。そこに正道も邪道も無し！！』

　エドガーが「何を？」と眉を顰める。

なにか、いやな予感がする。

いくら此方が”死出の牢檻”を発動できたとはいえ、使徒である”鴉”がこうも簡単に捉えられるか？

敵は、まだ切り札を持っているのではないだろうか？

「……エドガー君！　早く！　トドメを！！」

　此方の言葉にエドガーは駆け出す。

「捉えられているうちに勝負を着ける！！」

『……いいや、無理だ。言ったであろう？　儂は影。影は━━━━何人たりとも捉えることはできない』

　エドガーの剣が”鴉”の首に叩き込まれた瞬間、それは起きた。

”鴉”の体が黒い何かになり、鎖をすり抜けて地面に潜る。

突然敵が消えたことによりエドガーは攻撃を外し、大きく体勢を崩してしまった。

（これは……！？　どこに！？）

　敵の姿を探す。

檻は地面の下にも張り巡らせている。

敵が何らかの術で潜ったのなら奴の魔力を追えば……。

「……え？」

　腹に鋭い痛みを感じた。

目を見開き、下を見れば自分の陰から四本の刀が飛び出し此方の体を貫いている。

「メリナローズ！？」

「くっ……！？」

　影の中から刀だけではなく腕が現れた。

そして”鴉”が水中から上がってくるかのように此方の陰の中から現れ、刀で串刺しにした此方の体を持ち上げていく。

『ヒ、ヒヒ。”陰潜み”、儂が編み出した外法の一つ。儂はあらゆる陰に潜むことができ、このように得物を仕留めることが可能だ』

　体が持ち上げられたことにより刀が更に深く突き刺さり、口から血がこぼれ出る。

”鴉”は此方の口から出た血を仮面に浴び、愉しそうに笑った。

『儂の首を落とす判断。もっと早くするべきであったのう？』

「こ……の……腐れ外道！！」

　袖から鎖を伸ばし、”鴉”を穿とうとするがそれよりも早く敵が此方を串刺しにした状態から投げ飛ばす。

刀が引き抜かれ地面を叩きつけられるように転がる。

　しくじった！！

此方に切り札があるように敵にも切り札がある。

そう考えるのが普通だった。

後悔しつつどうにか立ち上がろうとするが体に上手く力が入らない。

どうやら敵の毒が急速に体に回っているらしい。

（解毒に……集中すれば……）

　使徒である自分ならば体内の魔力を使って解毒が出来るはずだ。

だがそれをするにはあまりにも時間がない。

『肉の体と言うのはこういう時に難儀よな。さて同じ使徒同士、互いを完全に殺すことはできぬが眠らせることは可能だ』

　”鴉”が倒れている此方の首に刀を突きたてる。

『この体に随分と執着していたが、そろそろ新しい体に乗り換えさせてやろう』

「ふざ……けん……な……。この……体は、あの子の……！！」

　嫌だ。駄目だ。

この体は誓いなのだ。

願いなのだ。

だから絶対に失うわけにはいかない。

もし、ここでこの体を失ったら自分はなんのために……！！

『では、暫しの別れを……おっと？』

　”鴉”が私の近くから飛び退いた。

そして代わるようにエドガーが仁王立ちをする。

彼も毒に苦しめられているようであり、額に大粒の汗を掻いていた。

『そ奴はお主にとって敵であろう？　何故庇う？』

「確かに敵だ。だがコイツが完全に動けなくなると勝算が下がるし、なによりも……」

　エドガーは拳を握りしめ、"鴉"に向かって突き出す。

「泣きそうな顔をしている女を放ってはおけないからな！」

『━━━━放ってはおけないからな！』

　誰かの声が重なって聞こえたような気がした。

ああ、やっぱりこの男は、あの人に……。

　ゆっくりと"彼"の背中に手を差し伸べると、エドガーは敵に向かって駆け出すのであった。

※※※

　"鴉"に向かって駆け出すと敵はすぐに己の影に潜み込んだ。

（どこから来る……！？）

　この場には影は沢山ある。

まず自分の影、岩影、ちょっとした小石にだって影はある。

敵はいったいどの位の影に顰めるのだろうか？

　出来るだけ周りに影がない場所に立ち、周囲を窺う。

メリナローズの方を見ると鎖で己の体をどうにか浮かしていた。

あれならば敵が影の中から直接攻撃してこれないと判断したのだろう、

出来れば此方も鎖で浮かして欲しいが重傷を負い、毒が回っている彼女にそこまで求めるのは酷であろう。

（まあ、毒はこっちもヤバイが……）

　既に顔の半分が麻痺している。

毒が全身に回れば動けなくなる。

そうなれば死を待つのみとなってしまうだろう。

急いで決着をつけなければ……。

　ふと己の右横にある小さな岩の影が動いた気がした。

確かめる前に横に跳ねるように動くと影から何かが射出され鼻先を横切った。

それは細い針のようなものだ。

（吹き矢か！）

　影から次々と針が放たれた針を駆けて回避すると今度は己の足元から刀が現れたのが見えた。

　咄嗟に後ろへ跳躍すると刀は此方の影と共に移動して来るのが見えた。

ならばと着地と同時に身を捻り、伸びて来る四本の刀を躱そうとする。

刃は此方の足や腕を裂き、鮮血が吹き出る。

　そして刀が影に再び潜むと背後の岩影から"鴉"が飛び出してきた。

『ヒヒッ！　鈍い、遅い、緩い！！　もはや動くのも辛かろう！！』

　四本の腕から高速で放たれる連続攻撃に対し、防戦一方となる。

麻痺し始めてきた体では敵の攻撃を全て防ぐことはできず、少しずつ体が刻まれていく。

そして刻まれる度に体が麻痺するという悪循環だ。

　敵の攻撃が止まる頃には全身に傷を負い、傷口からは血が流れ出る。

そしてもはや立つのもやっとという状況であった。

『その傷を負ってもまだ立つか……。小僧、何がお主を駆り立てる？』

「……そんなの、当然だろう。負けたくないから……強くありたいからだ……！！」

　そう言うと”鴉”は『ほう？』と首を傾げた。

それから少し思案すると構えを解く。

『小僧、儂のもとに来てみぬか？　お主はなかなか見どころがありそうだ。お主のその瞳、強さへの渇望は本物のように思える』

　この男、いったい何を突然……。

『男であれば己が武を極めたいと思うであろう。一握りの者しかたどり着けぬ領域へ行きたいと思うであろう』

　その気持ちは当然自分にもある。

ウェルナー卿のもとで鍛錬を積み始めた頃からいつかアルヴィリアで名高き聖女のような強さを持ちたいと思っていた。

だがそれは……。

『強くなるには切り捨てなければいけない。守るべき者？　仲間？　家族？　そんなものがある限り人は超越者にはなれぬ。己が身すらを捨て、ただひたすらに力を追求する。どうじゃ？　魅力的であろう？』

　”鴉”はじっと此方を見る。

まるで値踏みするような、深淵に引きずりこみ同胞を求めているかのような目だ。

「エドガー君、そいつの言葉に、耳を貸しちゃ……あぐっ！？」

　メリナローズに”鴉”が刀を投げつけ、彼女の肩に刀が突き刺さる。

慌てて彼女の方を見ると”鴉”は『そうだ』と閃いたように言う。

『”大淫婦”の首を刎ねよ。お主らにはなにやら浅からぬ因縁がある様子。まずはその繋がりを断て。そ奴も敵であろう？　何を躊躇う必要がある？』

　”鴉”に言われ、思わず落下してきたメリナローズと視線が合う。

彼女は此方の瞳をじっと見つめ、静かに何かを語り掛けてきた。

自分にはそれが”信じている”と聞こえ……。

「……強くなりたいさ。凄く強くなりたい。力が欲しいと何度も願ったさ」

『そうであろう！　ならば、ほら、ほれ！　やるがよい！！』

　剣を力強く握りしめ、頷くと”鴉”の方に剣先を向けた。

それに”鴉”は首を傾げ、思いっきり言い放ってやった。

「見くびるなよ！！　俺が求めているのは誰かを守れる力。どんなに困難であろうと、馬鹿にされようと正道を突き進む力だ！！　貴様の言っているようなものではない！！」

　そうだ、自分が欲しいのは、憧れているのは自分を導いてくれたあの人の背中なのだ。

「貴様のは理念無き力！　ただの暴力だ！！　そんなものに何の意味もない！！」

　確かに力だけを追い求め続ければ”その領域”に辿り着けるのかもしれない。

だが辿り着いた時、全てを捨ててきた者に待っているのはいったい何なのか……。

それはきっと虚無感と孤独だ。

そんなものを手に入れたいとは絶対に思わない。

　そう”鴉”に告げると彼は失望したように肩を落とす。

『ああそうかい。お前さんも……そうなのかい……』

※※※

　かつて、ある国に一人の男が居た。

その男は影だ。

常に影に潜み、人々がやらないような仕事をし続ける国の暗部。

彼はある人物に仕えていた。

その男はその国の国主であり、太陽のように明るい存在であった。

　国主は常に人々の道を照らし続け、戦となれば最前線で刀を振るった。

その武勇は国内外に轟き、誰もが彼を敬愛した。

　それは影も同じであった。

影は国主の強さに惚れ込んだ。

国主の太刀筋は実に見事でその刃が光る度に心を奪われた。

『ああ、自分もああなりたい』

　影は武にのめり込んだ。

あらゆる戦い方を学び、外法にも手を出しみるみると強くなっていく。

そしてある日、気が付いてしまった。

自分は、国主よりも強くなったのではと。

　影は百戦百勝の猛者となり、敵に対してはあらゆる術を用いて死をもたらしていた。

対して国主は強くはあったが敵に情けをかけ、それが仇となることが多々あった。

どうみても自分の方が強い。

自分こそがこの国で最強の武人となった。

しかし……。

『化け物』

　人々は武人を化け物扱いしたのだ。

人の心を持たぬ、死を振り撒く化け物。

　影は納得いかなかった。

なぜ己がこのようなことを言われなければいけないのか。

なぜ自分よりも劣る国主がいまだに崇められ続けているのか。

　だから証明することにした。

貴様らが崇める力は偽りなのだと。

真なる、武の頂とは己のことなのだと。

　影は国主に戦いを挑んだ。

彼は影を憐れみ、『友よ、武に取り憑かれたか』と。

黙れ。

そのような目で見るな。

私より遥かに劣るくせに、下にいるくせに、まるで上から見下すような目をするな！！

　陰は激怒し、国主に牙を剥いた。

両者の間で熾烈な戦いが繰り広げられ、あくまで正道で挑む国主に対して影はあらゆる力を使用し戦った。

結果は影の勝利であった。

影は倒れた国主に言い放つ。

『私こそ、武の頂に辿り着きし者だ！！』

　そんな影に対して国主は最期まで憐れんだ目をし、死の間際にこう呟いた。

『……そんなものに、意味は無い』

　それは呪いの言葉であった。

最も認めて、超えたかった男は最期まで影を認めず、否定した。

故に影は満たされなかったのだ。

これでも、これでもまだ認めてくれないのならば……自分は、更にその先に……！！

※※※

　”鴉”は刀をゆっくりと構えるとそろそろこの戦いも終わらせようと決断した。

この若い騎士には少しだけ可能性があるように思えたがどうやら思い違いだったようだ。

結局はこの騎士もあの男と同じ武の極みに辿り着けない半端者。

ならば最早自分にとって気に掛ける必要もない存在だ。

　騎士はもう意識も朦朧としてきているようで体がふらついている。

これならば首を獲るのも容易かろう。

『では……これで仕舞いに……！？』

　直後、天から光が降り注いだ。

空を見上げれば天獄の門が開かれており、門の中から光があふれ出て山頂に降り注いでいる。

（ほう……？　始まるかね？）

　門が開いたということはそろそろ”大祭司”が新たなる神を生み出す。

嘗て見た女神をも超える最強の存在。

それを目にしたとき、自分の底なしの渇望は少しでも満たされるのであろうか？

（……早めに離れたほうがいいかね？）

　恐らくもうじきこの一帯は新たなる神の召喚によって吹き飛ぶ。

神の力に巻き込まれたら不死者である自分でも危険かもしれない。

急ぎこの騎士にとどめを刺さねばと思い動こうとした瞬間、辺りを覆っていた鎖がいつの間にかに無くなっていることに気が付いた。

そしてすぐに危険を感じ、後ろへ飛び退くと先ほどまでたっていた地面から無数の鎖が現れた。

『ヒヒ……！！　もう回復したのかね？』

「ええ……、あんたが遊んでくれたお陰でね……」

　”大淫婦”を見れば彼女は先ほど刺した腹を抑えながら立ち上がっている。

どうやら肉体の回復よりも解毒を優先したようだ。

　さて、どうしたものか？

”大淫婦”が回復したとなるとすぐに決着をつけることは難しくなったであろう。

ならば……。

『どうやら潮時のようだ。”大淫婦”よ、ここらで手打ちにせんか？　互いにアレには巻き込まれたくはないであろう』

「……そうね。お互い、神様に消されちゃたまったもんじゃないけ……ど！！」

　此方が刀を投げつけるのと同時に”大淫婦”も鎖を放ち、互いの獲物が空中で激突して弾かれ合う。

そしてその隙に崖の近くまで跳躍すると山頂の方を見た。

『”大祭司”よ。せいぜい面白いものを見せてくれたまえよ？』

　そう言うと崖から飛び降り、闇の中に消えるのであった。

※※※

　メリナローズは”鴉”が完全に離脱したことを確認すると今にも倒れそうなエドガーに駆け寄った。

「……敵……は？」

「逃げられちゃった。いや、見逃してもらった、かにゃあ？　それよりも……」

　エドガーの容態はかなり悪そうだ。

彼の顔は真っ青になっており、全身に滝のような汗を掻いている。

急いで解毒しないと心臓が止まってしまうかもしれない。

「直ぐに解毒するね。ちょっと痛いかもしれないけれども男の子だから我慢できるよね？」

　そう言うと魔力の鎖をゆっくりと伸ばし、彼の腕に突き刺す。

そして慎重に自分の魔力を注入し始めた。

先ほど体内で解毒した際にどういう風に魔力を使えばいいのかは理解している。

ただエドガーは人間だ。

注入する量や、魔力の扱い方を間違えたら解毒されても廃人になってしまうかもしれない。

「……どうして、助ける？」

　エドガーがゆっくりと首を動かし、此方を見ると苦笑する。

「さっき、助けてくれたでしょう？　あれのお返し。これで貸し借り無し」

「ああ、貸し借り無しだ」

　エドガーはそう言うと山頂に光を降り注ぎ続けている門を見る。

「あれ、ヤバイのか？」

「大分ヤバイかも。解毒したら急いでここから離れた方が……！？」

　門からの光が絶たれ山頂が一際強く輝いた。

女神の力が絶たれたと言うことはリーシェたちが阻止に成功したということか？

いや、しかしこの光はまさか……。

「まさか……不完全な状態で召喚するつもり！？」

　直後、山頂から天に向け光が伸び、爆発と共に凄まじい衝撃が山を襲うのであった。