第11節・死呼の闇鴉


 アーダルベルトは段平に着いた血を振り払うと一息ついた。


 こちらに向かってきた敵は全て討ち取った。

部下は何人かは負傷したが幸い死んだ者はいない。

投降した敵は既に部下たちが捕縛を始めており、とりあえず砦入り口は制圧したと考えてもいいだろう。


 それにしても少し前まで奥の方から凄い振動が生じていたが、一体何が起こっているのだろうか?

先に突入したルナミア達が心配だ。


「あなたたち! 敵を縛ったら前進するわよ!!」


「応!!」


 取り敢えず前進するにはもう数分は掛かるだろう。

ルナミア達を信じて今は待つとしよう……。


 そう思っていると部下の一人が「団長! 入り口の方から新手です!!」と指をさす。

急いで武器を構えると入り口側から鎧を着た兵士たちが続々と現れた。


「……これは」


「おやおや、誰かと思えばアーダルベルト殿でしたか」


 兵士たちの後ろから男が現れた。


 口ひげを生やした中年の男。

領主のクルギス伯爵だ。

彼は部下たちが捕縛した賊を見ると兵士に「連行しろ」と指示をする。

それを受け、兵士たちが賊を拘束し始めた。


「ちょっと! アタシたちが捕まえたのよ!!」


「ええ、ご協力ありがとう。この賊どもはこの私が責任をもって処罰するとしよう」


 クルギス伯の兵士たちが部下から捕虜を奪い始める。

それに対して部下たちが文句を言うが領主の兵士たちは全く取り合わなかった。


「……随分とお早い御到着で。しかも領主様自ら」


「シェードラン辺境伯のご息女が攫われたと聞いたのでな。大急ぎで兵を出したのだよ」


「良くここが分かったわね。まるで前からこの砦のことを知っていたみたい」


 そう言い、クルギス伯の顔を見ると彼は「ふん」と鼻を鳴らした。


「前々から賊の本拠地を探っていたのだ。準備が整い次第討伐するつもりであったが”予定”が狂ってしまったよ」


 クルギス伯は「それで?」と部下たちの方を見た。


「ルナミア・シェードランはどこかね? 貴様らは彼女と共にここに来たのであろう?」


「ええ。彼女たちなら既に中に突入したわ」


 そう言うとクルギス伯がやや焦ったように「もう中に突入したのか!?」と言った。

それからすぐに兵士たちに奥へ向かうように指示を出す。


「……辺境伯のご息女を突入させるとは、いったい何を考えている! 何かあったら私が責任をとらせれるのだぞ!!」


「ご安心を、あの子たちはご領主様が思っているより逞しいわ」


 クルギス伯はこちらの言葉に舌打ちすると「行くぞ!」と指示を出し、此方を押しのけて砦の奥に入っていく。

その背中を見送ると部下の一人が「どうしますか?」と訊ねてきた。


「アタシたちも行くわよ。この分だと賊討伐の手柄を全てあの男に奪われそうだけれどもね」


 それにしても前々からこの砦の位置を探っていた、か。

本当にそうだろうか?

クルギス伯は不自然なほど賊討伐に乗り気でなかったように思える。

それがこんな大慌てで兵士を出してくるとは……本当に辺境伯の娘を助け出すためだけだろうか?

どうにも腑に落ちないがルナミア達を放っておくわけにはいかないので、自分たちも砦の奥へと進むのであった。


※※※


 ユキノは突如現れた老人に警戒した。


 蛇の面。

三年前にコーンゴルドを襲撃した不死者たちが身に付けていたものだ。

この老人からはただならぬ気を感じ、それはかつて教会で戦った死霊騎士とは比べものにならない。


(……使徒)


 三年前の戦いで死霊騎士を率いていた男は自分のことをそう呼んでいたらしい。


 だとするなら非常に不味い。

以前と違い此方には封魂石のような不死者に対抗できる武器が無い。

戦いになれば勝つことは不可能であろう。


『これはこれは愉快なことよ。ちょっとした余興と思うていたが、まさか大物が現れるとは』


 老人がリーシェの方を見る。

彼は愉快そうに喉を鳴らして笑う。


『さて、どうしようか? 未だ時期尚早。手出し無用と言われていたが……』


「ば、化け物!」


 ようやく事態を把握したクルギス伯の兵士たちが老人を取り囲む。

それに対して老人は『おやおや? お前さん達も遊びたいのかい?』と首を傾げた。


 クルギス伯兵士たちは戯ける老人に怒り、一斉に飛びかかるが斬られた。


 一瞬の事であった。

兵士たちの腕や首が次々と斬り落とされ、瞬く間に老人の周囲が朱に染まる。


「ひ、ひぃ!?」


 いつ抜いたのかは分からないが、老人の両手にはミカヅチの剣━━━━刀と呼ばれる武器が握られており、その黒く輝く刀身からは血が滴り落ちていた。


 仲間が細切れにされたのを見た兵士たちは腰を抜かし怯える。


『ほれ、もう遊ばんのか?』


 老人の姿が消えた。

直後に兵士の1人が肩から腹に掛けて袈裟斬りにされ、更に次の瞬間には別の兵士が首を撥ねられた。


(早い……!)


 いや、早いなんてものじゃない。

殆ど視認出来ない速度で移動しながらクルギス伯の兵士たちを斬り殺している。


 次々と仲間が討たれるのを見た兵士たちは戦意を喪失し、散り散りになって逃げ出し始めた。


 老人は兵士が逃げ出し始めると動きを止め、刀に着いた血を振り払う。


『さて、邪魔ものは消えた。では本題に入ろうかのぅ?』


※※※


 蛇の面の老人が私を見た。

その表情は仮面で見えないが、嗜虐的な笑みを浮かべているような気がした。


 私はアジを地面にゆっくりと寝かせると立ち上がる。

この老人は先ほど気になることを言っていた。


「あなたは、サジさんと知り合いだったんですか?」


 そう訊ねると老人は頷く。


『復讐を果たせず暗い炎を内にしまい込んでいたあ奴が哀れでなぁ……。奴に力を与え、少し背中を押してやったのだ』


 『結果として自らの炎に焼かれたがな』と嗤う。


 老人の話を訊き、体の奥底から怒りが湧き上がってくる。

こいつが、サジを嗾けたのか。


「……どうしてそんなことを?」


『ふむ? どうしてか? どうしてと言われると少し困るのぅ。あえて言うならば暇つぶしだ。永く存在していると刺激が欲しくなるもの。悲劇、復讐劇というのは特に刺激的でよいものだ』


 暇つぶしだと?

それだけの為にサジを狂わせ、多くの人間の人生をめちゃくちゃにしたのか?


『ヒヒッ、いい顔じゃ。憎悪とは最も強く美しい感情。憎しみは人を強くし、時に限界をも超える。さあ、儂を憎め! 憎んで内側にあるものを吐き出してみせよ!』


 拳を力強く握りしめ、深呼吸をする。

コイツは倒す。

憎しみもあるが、それ以上にコイツは野放しにしてはいけない存在だ。


「リーシェ様、これを」


 ユキノが背中に背負っていた槍を私に渡す。

エドガーのとと様が作ってくれた槍だ。


「本来ならお下がりくださいと言うべきでしょうが、相手が相手です。逃げるのは難しいと思いますので……」


「分かっているよ。足を引っ張らないように頑張る」


 ロイと共に並び立ち、槍を構えた。

横目で彼を見ると視線が合い、頷きあうのであった。


※※※


(なんなのよ、コイツは!)


 ミリは老人の姿を一目見た瞬間、全身に鳥肌が立った。

傭兵稼業の中、猛者と出会うことは珍しく無かった。

だが、あれは次元が違う。

ただ立っているのに喉元に短刀を突きつけられているかのようだ。


『ミリ、気をつけるのだわ。アレはとても良くないものなのだわ』


 いつの間にかに肩に座っていた妖精━━━━ル・リマがそう警告してくる。


『他の妖精たちも怖がっている。森も怯えているのだわ。あれは……死をもたらすモノなのだわ』


 本来なら出会ってはいけないもの。

交戦してはならない存在なのだろうが、今から逃げるのも難しいだろう。


『アナタは隠れてて』


『分かったのだわ。ミリ、死なないでなのだわ』


 妖精が消える。


 死ぬ気は当然無い。

だがアレと戦って五体満足で済むかと言われたら……。


(五分五分かしらね……?)


 ともかく覚悟を決めよう。

奴を倒し、さっさとこの場から離れるのだ。


『ヒヒッ! ここで一戦交えるも良きかな! さあ、小童どもよ! この"鴉"を愉しませてみるが良い!!』


 その言葉と同時に全員が一斉に動き始めた。


※※※


 ロイはリーシェとタイミングを合わせ、敵に対して正面から突撃を敢行した。


 ミリとユキノはそれぞれ敵の両側面に回り込むように動き、敵の死角を突くつもりだ。


 ”鴉"と名乗った敵が動いた。

僅かに地を蹴るだけの動作。

だがそれだけで一気に間合いを詰めてくる。


(疾い!!)


 ”鴉"が両手の刀を振るい二対の斬撃を叩き込んでくる。

それをどうにか剣で受け止めるとリーシェが背後に回り込み、槍で突き刺さそうとする。


『ヒッヒヒッ!』


 ”鴉"が跳んだ。

此方の剣に体重を預け、刀と剣を軸にした縦回転。

敵は此方の背後に着地しすかさず後ろ蹴りを放った。


 背後からの蹴りに体勢が崩れ、目の前には槍を構えたリーシェが居る。


「あぶねぇ!?」


 倒れながら咄嗟に体を捻り、どうにかリーシェの槍に突き刺されずに済む。


「ごめん、ロイ!」


 リーシェは倒れる此方の上を飛び越えそのまま"鴉"に突撃するが、敵は横に跳躍し、一気に距離を離した。


 いや、待て?

いまものすごい距離を跳ばなかったか?

およそ5メートル程を簡単な跳躍で移動してみせた。


 移動先には回り込もうとしていたミリがおり、彼女はすぐに応戦の構えをした。


 ”鴉"が高速の連続攻撃を放つ。

それをミリは装甲付きのグローブでどうにか弾き、両者の間に大量の火花が散る。

拳と刃。

両者の獲物が高速で激突を繰り返し、そしてミリが踏み込んだ。

敵が両腕を振り上げ、二対の刀で袈裟斬りにしようとしたところをあえて踏み込んだのだ。

ミリは振り下ろされる敵の両腕の手首を掴み、止めた。


『ほ!? 止めおったか!!』


 その隙をユキノは見逃さなかった。

彼女は敵の背面から一気に襲い掛かり、両手の苦無で首を刎ねようとした瞬間、”鴉”が嗤った。


『お見事。ではもう二本!』


 直後、”鴉”の背面、外套の中から更に刀を持った二本の腕が現れる。


(……四本腕だと!?)


 意表を突かれたユキノは回避が間に合わず、新たに現れた腕の刀によって、腹を斬られた。

彼女は顔を歪め、どうにか後ろへ飛ぶが着地と同時に膝を突いた。


※※※


「ユキノ!!」


 ミリはユキノが突然現れた隠し腕に斬られたのを見た。

彼女は後方へ跳躍したが腹を押さえ、膝を突いているのをみると傷は深そうだ。

まさか四本腕であったとは。

こいつが着ている全身を覆うような外套はこの隠し腕を隠すためのものだったのだろう。


『ヒッヒヒ!! あの女、よう避けた。腸を引きずり出してやるつもりであったのに』


 ”鴉”が残り二本の腕を振り上げる。

不味い、敵の腕を掴んでいるこの状況では残り二本の腕を避けようがない!

腕を離して逃れようとしてもこの敵の間合いから逃げるのは不可能だ。


(やられる……!!)


 ”鴉”の隠し腕が振り下ろされた。

二対の刀はこちらの両肩を断ち切る軌道で迫り、刃が肩に触れそうになった瞬間、動きが止まった。


 隠し腕の刀を剣と槍が受け止めたのだ。


 右の隠し腕をロイの剣が、左の隠し腕をリーシェの槍が受け止めている。


『おやおや? 止められてしまったか? では……』


 敵が身を乗り出した。


 敵の顔がこちらの顔先まで来る。

そして仮面から何か煙のようなものが噴き出した。


(煙……!?)


 咄嗟に息を止め、吸わないようにする。

だが……。


「ぎ…………!?」


 突如、両目に凄まじい痛みが生じ、視界が真っ暗になった。


※※※


 ユキノは敵の刃から逃れると傷を確認する。

傷は結構深い。

幸い内臓にまで達していないが血が止まらない。


(止血を……しないと、まずいですね……)


 だがそんな余裕はないだろう。


 敵の方を見ればミリを斬り殺そうとした隠し腕をリーシェとロイが止めた。

まだ敵の動きは止まっている。

今のうちに奴の首か手足を堕とし、無力化しなければ……。


 どうにか立ち上がり、苦無を構えなおした瞬間、”鴉”が仮面の裏から煙のようなものをミリに吹きかけた。

それによりミリが苦しみ、敵を止めていた両腕を離してしまう。


 拘束を解かれた”鴉”はミリの腹に蹴りを入れ、吹き飛ばすと自由になった二本の腕でリーシェとロイを攻撃しようとする。


 二人はすぐに離れたため、刃をどうにか避けれたがミリが危険だ。

先ほどの煙、毒であったのか彼女は両目を押さえ両膝をついている。


 ”鴉”がミリの方に向かうのを見て即座に苦無を投げつけた。

それを”鴉”は刀で弾くとこちらに振り返る。


『うーむ。エルフの小娘とミカヅチの女。どちらを斬ったら気持ちがよいであろうか?』


 そう首を傾げた直後、姿が消えた。


 咄嗟の判断で後ろへ跳ぶ。

すると先ほどまで自分のいた場所に”鴉”が現れた。

予備の苦無を抜くのと同時に敵が間合いを詰めてくる。


 放たれるのは四つの刃。

四方向より時間差で放たれる斬撃をどうにか両手の苦無で弾き続ける。


 敵の刃を弾くたびに腹の傷が痛み、全身に鈍い汗を掻く。

体は徐々に重くなり、手足が痺れてきた。

失血によるものか? いや、これは……。


『毒を受けてよく持ち堪える!』


「……やはり!!」


 あの刃には毒が塗られていたのだろう。

その毒が体を蝕み、動きを鈍らせる。


『安心せいよ。その毒で死にはしない。ちょっとした神経毒だ。儂は動けなくなった奴を仕留めるのが好きでなあ……。手足を動かせず、絶望する表情は実に良いものだ』


「まさしく……腐れ外道ですね……!!」


 苦無を弾かれ、武器が吹き飛ばされる。

体勢が大きく崩された、これは……獲られる……!


「じいさん! さっきから俺たちを無視しすぎだ!!」


 ロイが横から飛び込んできた。

彼は”鴉”の頭を目掛けて剣を振るうが、敵はそれを横に跳んで避けた。


『若いの! 年寄りの楽しみを奪うでないわ!!』


 そう言うと”鴉”はロイに斬りかかるのであった。


※※※


 ロイは横に薙ぐように振るわれた左の刀を剣で受け止めた。

直後に右腕の刀がこちらを突き刺そうと放たれ、それを体を逸らして避ける。

更に隠し腕二本による上からの斬撃。

それは後ろへ跳んで躱しきる。


 危なかった。

あの刃にかすり傷一つでもつけられようものなら毒が体に回る。


『小僧、なかなか良い反応だ。将来はなかなかなものになるであろうが……。ここで討つのは惜しいのぅ』


「誰がお前なんぞに討たれるか!!」


『ヒヒ! 活きがいいのは良いことだ!! 殺し甲斐がある……おっと?』


 リーシェが”鴉”の背後から襲い掛かった。

彼女が振るった槍を隠し腕で受け止めるのを見て、此方も敵に斬りかかる。


『よってたかって老人を虐めるとは、悪童どもめ!』


 ”鴉”の正面と背面で火花が散る。

この化け物は挟み撃ちにされた状況で四本の腕を使って冷静に攻撃に対処している。

とんでもない技量だ。


(だけど、四本同時で攻撃されなければ……!)


 二本の刀を弾きなが隙を伺う。

どんな化け物であっても挟撃されていればいつかは隙が出来るはず。

それを狙って、勝負をつける!!


 背面側でリーシェが一本目の刀による横薙ぎの攻撃に対して槍を縦にし、柄で受ける。

次に放たれた縦からの攻撃は地面に突き立てた槍を軸として敵の側面に回り込むことで避ける。

そして回り込むのと同時に蹴りを敵の横腹に叩き込んだ。


(隙が出来た!)


 ”鴉”が体勢を一瞬崩す。

その隙を狙い、踏み込んだ。

剣を振るい、狙うのは敵の首。

いくら不死者とはいえ首を堕とされれば無力化できるはずだ。


 刃が敵の首に到達しようとした瞬間、それが起きた。


 敵が回転したのだ。

下半身はそのまま。上半身だけが高速で回転する。

そしてその際に敵は四本の腕を使った回転斬りを放つ。


「くそっ!!」


 どうにか斬りかかるのを止め、後ろに下がって避けようとするが刃が腕を切り裂いた。

それにより鋭い痛みが生じ、血が傷口より噴き出る。


 斬られた!

すぐに毒が回り、動けなくなるだろう。

敵から離れようとするが、それよりも早く敵が近づき蹴りを叩き込んできた。

傷ついた腕でどうにか蹴りを防ぐが吹き飛ばされ、遠くの木に叩きつけられる。

その衝撃で一瞬意識が飛び、地面に倒れる。



 先ほどまでの有利な状況は瞬く間に覆され、今や戦えるのはリーシェだけとなってしまった。


※※※


 4対1という数的有利はあっという間に無くなってしまった。


 ミリは目を押さえた状態で動けず、ユキノはどうにか立ち上がろうとしているがどう見てもこれ以上の戦闘は無理だ。

ロイも意識はあるようだが起き上がれずいる。


 落ち着け。

どんな状況でも冷静さを失ってはいけない。

戦う意志を失うのは死ぬのも同然だ。


『ふうむ。お前さんはまだ殺してはいけないと言われているのだがね……。この体であるし、少し試してみるか?』


 ”鴉”が一気に踏み込んできた。

四つの腕から放たれる高速の連続攻撃。

それを必死に槍で受け、弾き、防ぐがじりじりと追い詰められていく。


 この四本の腕から放たれる攻撃をどれか一つでも喰らえば終わりだ。

諦めるな。まだだ、まだきっと反撃の好機が……。


『ほれ! 動きが鈍いぞ!!』


 弾かれた。


 下方からの三本の腕による斬撃。

それにより槍が弾かれ、宙を舞う。


「しまっ……ぐ!!」


 首を絞められた。


 ”鴉”の右手で首を絞められ、そのまま持ち上げられる。

息ができない! 

このままでは窒息死か首をへし折られる。


 足で敵の顔を蹴ろうとするが二本の腕で両足とも拘束される。


『お前さん、出せるのだろう? ”狩人”を殺った時のアレを。ほれ、出してみろ』


「な……に、を……」


 ”鴉”は『もう少し刺激が必要か?』と首を傾げると私の腹を残った腕で思いっきり殴った。


「……がっ!?」


 ”鴉”は何度も私の腹を殴り、そのたびに激痛と首を絞められた苦しさで意識を失いかける。

何度殴られただろうか?

この敵は私が窒息しないように定期的に首を絞める力を弱め、息を吸わせるとまた絞めて殴る。

もう殴られすぎてお腹の感覚がなくなってきた。

このままなぶり殺しにされるのだろうか?


『まだ出ぬか? いや、出せぬ理由があるのか? ……もう少し痛めつけるとしようかね』


 ”鴉”が地面に突き刺していた己の刀を引き抜き、此方の腹に突き付ける。


『安心せい。死なぬところを刺してやる』


 そうこの化け物は愉快そうに嗤う。

こいつはやはり悪魔だ。

人を痛めつけ、不幸にすることを根っから楽しんでいる。


 刃がゆっくりと腹に刺さる。

それにより鋭い痛みが生じ、目から涙が零れ落ちる。


「やめろ!!」


『ん?』


 ロイの怒鳴り声に”鴉”は動きを止めた。


 大粒の汗を掻き、息を荒げているロイをじっと見つめた後、私の顔を見る。

そして『ヒッヒヒ』と不快な笑い声を上げると、私を地面に叩きつけた。


『貴様ら、なるほど。これはいい! 小娘、見ておれ! これより貴様の前であの小僧を引き裂いてやる! だから、早く出して見せろ!』


 ”鴉”が駆けた。

駄目だ。

今のロイではあの化け物に勝てない。


このままではロイが殺されてしまう。

また、私のせいで誰かが死んでしまう。


 手を必死に伸ばすが、先ほどのダメージから動くことが出来ない。


 ”鴉”が刀を振るう。

ロイが鈍い動きでそれを受けようとする。

そして、両者が斬り合う瞬間、矢が放たれた。

突如放たれた矢は”鴉”の左肩に当たり、”鴉”は『ん?』と動きを止めて矢が放たれた先を見る。


 ミリだ。


 両目を瞑り、弓を構えたミリがそこにいた。


※※※


  ”鴉”は肩に刺さった矢を引き抜くと首を傾げた。

此方に矢を当ててきたのは先ほど毒を吹きかけたエルフの小娘だ。

毒は吸わなかったようだが残念ながらこの毒は目にも効く。

急ぎ解毒しなければ両目とも腐り落ちるであろう。


『なるほど、妖精の鱗粉か』


 エルフの小娘の顔の横に妖精が居た。

妖精の鱗粉は病を治し、傷を癒すという。

それで毒を解毒したか。

しかし。


(目に負った傷は相当なもの。今、目が見えているとは思えぬが?)


 先ほどの矢は偶然であろうか?

まあ、いい。

それよりもあの妖精をどうにかしたほうがいいだろう。

アレがいると他の連中の毒を解毒されかねない。


 四本の腕を構え、エルフの小娘と妖精を狙う。


 正面からの突撃━━━━に、見せかけた回り込み。

敵は目が見えていないであろうが念のためフェイントを掛けた。

相手はもしかしたら音で判断しているのかもしれない。

であるなら足音を消すだけだ。


 足音を消す。気配を消すと言ったことは得意である。

目も見えず、音も気も探知できなければあの小娘は完全にこちらを見失ったも同然。


(さあ、一人目!! いただくぞ!!)


※※※


 ミリは弓を構え、じっと待った。

閉じた両目は痛いなんてもんじゃない。

あまりの激痛に己で目を抉り取ってしまおうかと思ったくらいだ。


『ミリ! 敵が来るのだわ!!』


「分かった。あんたは逃げて! 可能なら他の連中も解毒を!」


 ル・リマが急いで治療をしてくれたおかげで毒は抜けた。

だが目を開けることはできず、視界は真っ暗なままだ。

先ほどの矢、当たっただろうか?

いや、私が矢を当てるなんてことは残念ながらないはずだ。

だが当たらなくとも牽制や陽動にはなるだろう。


 事実、敵の風がこちらに向かってきている。


(不思議なものね。目が見えないほうが敵の動きが分かるわ)


 昔、父に『お前は風に愛されている』と言われたことがある。


 人の動作には目に見えないものがいくつもある。

一つは気配。一つは音。そして風だ。


動く際は必ず体から微弱な風が生じる。

私は目よりも先に無意識にそれを捉えてしまい、矢を明後日な方向に撃ってしまうらしい。

父にそれを言われたときは良く分からなかったが、今なら分かる。


 視界を奪われたことにより感覚が鋭く研ぎ澄まされている。

音が聞こえる。

リーシェの呼吸。ユキノの呼吸。ロイの呼吸。

全員生きている、良かった。


 それ以外にも別の音が聞こえた。

軽く、大地を蹴りながら近づく音。

恐らく敵の足音だ。

その音は途中で聞こえなくなり、気配も消えた。

だが、風を感じた。


 音も、気配もないところから風が生じている。

疾風だ。

暗く、死を乗せた疾風が一気に近づいてきている。

私は弓に矢を掛け、弦を引き絞る。


 まだだ。

まだ撃つな。


 敵は完全に勝利を確信している。

もっと引きつけろ! 確実に仕留めるんだ!!


(来た!!)


 頬に敵の風を感じた。

敵は眼前、獲物を振り上げこちらに止めを刺そうとしている。

獲物の首を刎ねる。

最も油断した瞬間を狙い……弓を敵に向け、放った。


「…………当たれ!!」


※※※


(なんと……!?)


 エルフの小娘を仕留めようとした瞬間、突然彼女は弓をこちらに向けて矢を放った。

既に斬りかかっていたため、避けることはできない。

矢はこちらの顔面に直撃し、仮面を砕きながら深く突き刺さる。


(この小娘!? どうやってこちらを!?)


 いや、それよりも今は一旦体勢を……。

そう思った瞬間、背後からリーシェが突撃してきていることに気が付いた。

先ほどあれほど痛めつけられていたにもかかわらず動けるのか!?

なんという胆力!!


 隠し腕を振るい、リーシェを迎え撃つが彼女は刃を掻い潜りこちらに迫った。

そして、腰を落とし、渾身の力を籠めると槍を突き放った。


「これで! 斃れろ!!」


 槍は背後から首を貫き、喉から刃が飛び出る。


『お、のれ!! まだこれしきのことで……!!』


「いいや!! 終わりだ!!」


 突如、腰を断たれた。


 あの赤毛の少年だ。

あの少年がリーシェに合わせて突撃をし、此方の腰に斬撃を叩き込んだのだ。

上半身と下半身が断たれ、リーシェは思いっきり槍を振るう。

そしてそのまま全力でこちらを大地に叩きつけるのであった。

その衝撃により腕は外れ、首が取れ、体は粉々に砕けるのであった。



『ヒ、ヒヒ、愉快成り!!』


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