第20話
リカルダの意識が戻らず、リカルダの振りをスピリドンがするようになってから数日、何事もなく過ぎていった。
最初は訝しんでいた家族も、スピリドンに慣れたようで時おり不思議そうな顔をしても、薬のせいか、と深く追求してくることはない。アードリアンとホラーツも同様だった。スピリドンの演技にだいぶ慣れて来たせいもあるだろう。
未だ学園に泊まり込み、帰宅の連絡のない兄のマカリオは妹愛が暴走すると困るから、と事情を説明しないことにした。
マカリオが帰って来るまでにはリカルダの意識が戻したかったが、しかし、未だに戻る兆しはない。
「このままリカルダが覚醒しなかったらどうしよう……」
ノエルにもヨンナにも連日負担をかけ続けているのが申し訳なく、リカルダには悪いが、今日くらい休んでくれ、とスピリドンは図書館でひとり資料を探していた。一時間もしないうちに文字の羅列を眼で追うのに疲れ果て、疲労とともにへばりつく敗北感を引きずり、外のベンチへ座り込んだ。
大昔の文献に載っているのは悪霊に取り憑かれた際の除霊の仕方ばかりで、これだ、と思える事例には辿り着けていない。何度読み返しても、自分とリカルダに当てはあるものは記載されていなかった。
最終手段は神父にした嬌声浄化だが、それにはノエルもヨンナも頑なに反対した。
何がなんでも元に戻す方法を見つけるから、頼むから自分たちにスピリドンを殺させてくれるな、と涙ながらに懇願されてはこっそり試すわけにもいかない。
「八方塞がりだ……」
「なにがだ?」
「……っ! ホラーツ……」
声に振り向けば、ホラーツがいた。悩みに気を取られすぎてホラーツの気配に遅れたらしい。
バクバクと脈打つ心臓を落ち着けるために、胸元に手をやる。最近は握りしめるのが癖になっているようで、皺がよるようになったけれど、何かあったの? と母親に問われたばかりだ。
「ここ数日、何事か悩んでいるようだな。我でよければ話を聞こう。助力も惜しまん、遠慮なく言ってくれ」
剣術鍛錬団へ行く途中なのだろう、木刀を携えたホラーツはスピリドンの座っていたベンチにどっかと座り、いつもと変わらぬ様子だった。少なくとも宿敵が隣にいると分かっていれば、こんなに凪いだ空気を出すまい。
よかった、まだバレてない、と詰めいていた肺の中身をこっそり吐き出し、たいしたことじゃないんだけど、と前おきしてリカルダが言いそうな言葉を選んだ。
「薬の解毒が思ったように進んでなくて。私はそこまで気にしてないんだけど、ノエルが責任を感じちゃって。
少しでも力になれないかと思って、私も資料になりそうなものを読んでみたんだけど、あんまり参考にならなかったわ。
ホラーツは剣術鍛錬団に行く途中?」
「まあ、そうだな。それもあるが、お前を誘いに来た」
「私を? 剣術鍛錬団には入らないって言ってるでしょ」
「ああいや、もちろんリカルダに入団してほしい気持ちは未だにあるが」
スピリンドンが持っている木刀を叩く。
使い込まれているが、前のものを折ってしまい今の木刀に変えたのはまだ三ヶ月前のはずだ。
「体を動かしてみるのはどうだ。新しい考えが浮かぶかもしれんぞ」
「脳筋ね……」
しかし今のスピリドンには良い考えに感じられた。
元々、本を読む習慣のなかったスピリドンだ、リカルダのように座学が得意だったわけでもない。リカルダのおかげで文字は読めるが、それだけだ。
毎日ぎゅうぎゅうに詰め込まれている授業に欠かさず出席して、ノートを取っているだけでも褒められていいはずだ。
今日くらい思い切り体を動かすのも良いだろう。
「お気遣いありがとう、ホラーツ。せっかくだから今日は参加させてもらおうかしら」
「そうこなくては! では行こう!」
散歩に出発する犬のようにウキウキと歩き出すホラーツにスピリドンも続く。
スカートで手合わせはマズイから、運動着に着替えねば。
くるり、と振り返ったホラーツは本当に嬉しそうで、スピリドンも思わず口の端が上がる。
「それにしても、ふだんのお前はそのような喋り方をするやつだったのだな、スピリドン」
「バレてんのかよ!」
もっと早く言えよ! とスピリドンはあらんかぎりの声で叫んだ。
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