親と子
見せたいものがある。ラボラスはそう言ってアンドレアを呼び出した。
「
「それじゃ会話が出来ないでしょうが」生体管理局の通路を歩きながら彼女は言った。
「ずっと考えてたんだ。魂のない天使から造った
ラボラスは通路の最奥にある部屋の扉に
寝台に近づいたアンドレアは知らず感嘆の溜め息を漏らした。
小さなのっぺらぼうの赤ん坊が横たわっていた。
アンドレアは赤子を碧い方の目でも見据えた。「成程、変わった翼を持っているのですね」
「そう。普通の目には見えないし、触れもしないけど、光を反射して後光が射しているみたいになる。この子だけがそうなのかもしれないけど」
「まるで
「まあそうかもね」
「もっと造ってみては?」振り返るとラボラスは眉を顰めていた。
「簡単に言ってくれるね。その子一人が生まれるまでどれだけ失敗したと思ってんの。可哀そうでしょ」
アンドレアは首を捻った。「可哀そう、とは? どうせ
「……ねえ、私の記憶が正しければ、あんたは先代の事を『親』と呼んだ事がないんじゃないかな」
「ありません。同一の存在が根底にあるのだから、皆
「そう思ってるなら、私の考えは絶対に理解出来ないね」
彼はラボラスの方に目を遣った。彼には訳の分からない感情ばかりが詰まっていた。
アンドレアの『業務』と『事業』は滞りなく進んだ。即ち、『業務』は監督官としての教育、人事、刑罰について、『事業』とは時々
何人もの
それなりに刺激のある日々を謳歌していた、その時だった。
彼らに出会ったのは。
ある日、アンドレアは授業用の資料を求めて
子供向けの資料の棚の前に、彼らはいた。
二人は背部に二つ
「何をしているのですか? ここは
「わたし達は天使です」二人組はそれぞれ髪の長さが大きく違っていた。言い返したのは髪の短い方、少女の声色を持っていた。
「そんな誤魔化しは通用しませんよ。少なくとも私には。翼の付け根が随分汚れていますが、さて、何処から用意したのですか?」
「――先生? アンドレア先生ですか?」長い髪がフードから溢れて胸の辺りまで伸びている方は少年の声で訊き返した。
「テレジア、失敗だ。先生に見つかるなんて運がない」
「でも」少女の方は尚も抵抗する素振りを見せたが、少年は言葉を待たずにフードを下ろして顔を出した。
「貴方達でしたか、アーヴィッド、テレジア」自分の教え子に向かってアンドレアはにっこり笑ってみせた。
「せっかく、水鳥の翼を切り落として括り付ける方法を考えたのに」テレジアはむくれた。
「おやおや、生き物は大切にしなくてはいけませんよ。正体が分かったついでにもう一つ教えて欲しいのですが、通行証はどうやって調達したのですか?」
二人は顔を見合わせて、話しても良いかお互いに確認した。
「テレジアです。誰かの落とし物を拾って、届け出る前に分解して文法を書き写して、そっくり同じものを作ったんです」
アンドレアは破顔した。驚異的な才能と豪胆さを併せ持つ子供達。当分の楽しみが出来た。
アーヴィッドとテレジアは――テレジアの妹ヨーゼファを差し置いて――まるで本当の兄妹であるかのようだった。彼らは優秀な成績を隠れ蓑に大いに禁忌の研究に勤しんでいた。術式で編まれた道具を手に入れれば、器用に分解してその
二人の研究意欲はいっそ病的な程で、教育課程を修了した後もそれが衰える事はなかった。初めの内は
彼らが双子をもうけたのは中央を去ってからの事であった。追放処分が決定しても、アンドレアはのんびり構えていた。彼らは必ず自分のもとへ再びやって来ると確信していた。ラボラスの分化生命体の持つ『玻璃の翼』という言葉を仄めかし、彼らがそれを餌に食いついてくるのは分かっていた。
果たしてその通りになった。
そちらはさぞお忙しいでしょう。こちらは手が空いていますから、どうぞ処罰はお任せください。三十二区の監督官は渡りに船と喜んで罪人を引き渡した。その中には勿論アーヴィッドとテレジア夫妻の名があった。
執務室にて、アンドレアは椅子に座り、机を挟んだ向こうに二人が並んで立っていた。
「お久しぶりです、先生。お変わりないようで何より」アーヴィッドは罰を受ける罪人とは思えない程落ち着き払って一揖した。テレジアもそれに倣った。
「また会えると信じていましたよ、禁術の
二人は互いの手を握った。「いいえ」「何も」
「そうですか。心配は無用です、一撃で終わりますから」アンドレアの手に
アーヴィッドを先に狙った事に特に理由はない。ただ振り抜く上でそちらが狙い易かった、それだけ。
長年の経験から、アンドレアは『反抗的な者程、その肉は滋味に富んだ味わいになる』という事を知っていた。それは
一方をあらかた食べ終えて、彼は二人の手が繋がったままである事に気付いた。引き剥がそうと引っ張っても離れない。何となくそれを掲げてみて、夫婦の最後の願いを理解した。
「成程、これは祈りなのですね!」組み合わさった手は大きさや皮膚の質感こそ違えど、リアの祈るような姿、その手元と同じだった。アンドレアは笑い声を上げながら二人の指をいっぺんに噛み砕いた。
「自分達はどうなっても構わない、子供達に託そうと! やはり貴方達をこちらへ導いたのは正解だった! 実に興味深い! 私にはないものだ! いいでしょう、願いを聞き届けてあげましょう、『子供達への追跡聴取は不要』と連絡しておきましょう! 私にはそれが可能なのですから、貴方達の最期の願いを私だけが知っているのですから!」
予定していた通りに
「さて、そろそろ良い頃合いでしょうかね」翼の揚力で机を飛び越え、そのまま部屋を出る。
「――収穫の時だ」薄い唇を舌で舐めた。
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