閉ざされた街 40 決戦その2

 アルディアは自身の衝動に耐えていた。

 魔族の思念の声は彼女にも届いている。出来る事なら苦戦するダレスの下に馳せ参じ、自分のメイスで加勢したかった。『だが・・・』と彼女はその衝動を自分でも驚くほどの自制心で抑えつけた。

 敵がダレスに嘲笑を浴びせているのは、単に彼を愚弄するためではない。自分とミシャをダレスの助けに呼び戻させようとしているのである。

 今、彼の救援に駆けつけるのは魔族の策にまんまとはまることでもあり、任せろと請け負ったダレスを信頼していない証明でもあった。

「・・・あ、アルディア様?!」

 隣を走るミシャが泣き出しそうな顔でアルディアに問い掛ける。彼女も孤立したダレスの身が心配で迷っているのだ。

「大丈夫・・・ダレスさんは・・・私達を信じて任せろと危険な役目を請け負った!! その私達が彼を信じなくてどうするの!!」

「は、はい!!」

 アルディアはミシャだけでなく、自分自身にも言い聞かせるように告げると広間の壁際に設置された四つの祭壇の一つに急ぐ。

 これらこそが魔族の力を増幅させている魔法陣の根源に違いなかった。


「これは・・・」

 祭壇に駆け寄ったアルディアは短い悲鳴を漏らす。

 魔族が待ち構えていたため、広間の細部まで調べる余裕がなかったからだが、そこにはかつて神殿に務めていたと思われる神官達の亡骸が晒されるように置かれていた。しかも敢えて多くの血を流させるためだろう。首と腹が斬り割かれた凄惨な死体だ。

 魔族はユラント神に仕える神官の血で穢し、邪神ダンジェグに捧げる祭壇に変えていたのだ。

「ミシャ! 死者達は私が弔います。あなたは祭壇に流れる血を拭き取って!!」

 アルディアは祭壇に置かれた神官の死体を降ろすとミシャに指示を与える。死者を正式に弔うことでダンジェグ神への生贄にされた彼らの魂を救済するのである。

 それでも流れ出た血には力が宿っている。完全を排除するには物理的に取り除くしかないのだ。

「はい!!」

 吐き気を催す凄まじい臭気が辺りに漂っているが、指示を受けたミシャは自身の短剣を使って既に乾き掛けた血溜まりを削ぎ落しに掛かる。まだ乾いていない血糊はマントで拭いた。

 アルディアの弔いのための祈りが終わり、ミシャが祭壇を拭き清めると足元に描かれていた魔法陣が放つ光が微かに弱くなる。ダンジェグ神からの影響力が弱まった証拠である。

「やった!!」

 魔法には疎いミシャにもそれがわかったのだろう。歓声の声を上げる。

「でも・・・これをあと三か所も・・・」

 一時は喜びの声を上げたミシャだったが、直ぐに絶望を含んだ呟きを漏らす。一つ目の祭壇を浄化するのにも、それなりの時間を割いている。全ての祭壇を回り終えるまでにダレスが健在だとは思えなかったのだ。

「大丈夫!! ダレスさんなら耐えてくれる!! 次の祭壇に!!」

 アルディアはミシャを励ますと、今すぐにでもダレスの下に駆けつけたい自分の衝動にも改めて耐えて、壁際に沿って走り出した。


 当然ながらダレスは苦しい戦いを強いられていた。

 敵は圧倒的に体格で勝り、それでいて〝ヘイスト〟を使うダレスに匹敵する素早さを持っている。更に口から衝撃波を放ち、こちらが与えたダメージもほぼ一瞬で癒してしまう。まさに〝魔族〟の名に相応しい実力だ。  

 そんな強敵にダレスは幾度となく積極的に攻撃を仕掛けていた。

 彼の役目は魔法陣の無力化を図るアルディアとミシャのために時間を稼ぐことだ。防戦に徹していては、魔族が彼女達の背後に襲い掛かるだろう。それを阻止せねばならないのだ。

 魔族が振り上げる巨腕を掻い潜り、衝撃波を避け、効かぬとわかっていてもダレスは長剣を振るい斬撃を浴びせかける。

 敵に負わせた傷が癒える度に彼は〝切り札〟を解き放つ衝動に駆られるが、今はまだ早いと必死に耐える。〝切り札〟はダレスといえど何度も使える代物ではない。それで魔族を完全に滅ぼすことが出来なければ、敗北は避けられない。

 アルディア達を信じて〝その時〟を待つしかなかった。


「しまった!!」

 これまで辛うじて直撃を避けていたダレスだが、魔族の強烈な蹴りを受けて吹き飛ばされる。

 激しい衝撃に意識を失いそうになるが、彼はそれを抑え込むと魔法陣が描かれた床に叩きつけられる寸前に受身を取って身体を起き上がらせる。

『とどめだ!!』

 蹴りの手応えとダレスの悲鳴によって好機を判断した魔族は、距離を詰めると上段から腕を振り下ろす。まともに喰らえば彼の身体は跡形も無くなって床を汚す〝染み〟になるのは明白だ。

 朦朧とする意識の中でダレスは身体を捻るように回転させて、攻城槌のごとき一撃を紙一重で躱す。

 そのまま衝撃と風圧を頼りに敵の位置を推定すると、彼は反撃の剣を突き出しつつも後退する。これらはダレスの持つ戦士の本能が成した行動だった。

 頭を軽く振るいながらダレスは意識的に目を大きく開く。蹴りの衝撃からやっと頭と身体が正常を取り戻しつつあった。

 その彼の瞳に映ったのは、必殺の一撃を躱された魔族が床に叩きつけた腕と上半身を起こそうとする姿だ。

「あ、あれは?!」

 その中にダレスは二つの違和感を見つける。心なしか魔法陣が放つ赤い光が薄くなったような気がするのと、魔族の腕を流れ出る血の存在だった。

 これまで彼が魔族に与えたダメージは見る間に塞がってしまい、斬った直前を抜かすと敵がその身体を血で濡らしたことはない。

 この二つの事実は魔族の治癒能力が落ちたことを知らしめていた。


「アルディア達が・・・ならば決着を!!」

 ダレスは魔法陣の弱体を担当していたアルディアが目的を果たしたことを知り〝切り札を〟解放しようとするが、その瞬間意識を失う。魔族が放った衝撃波が彼の身体に直撃したのだった。

 血飛沫を撒き散らしながらダレスの身体は彼の背丈の四倍程の距離を舞った。

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