閉ざされた街 38 魔族の思惑
階段の先は地上の本殿とほぼ同じ規模の広間となっていた。
本殿との相違点はユラント神の立像が存在しないことと、壁際の四カ所に小さな祭壇が均等に設けられていること、更に最大の特徴は広間全体に不気味な赤い光を放つ大型の魔法陣が描かれていて禍々しい気配を放っていることだろう。
魔法陣はまるでそれ自体が生きているかのように緩やかなテンポで点滅を繰り返している。鼓動のようでもあり、脈動のようでもあった。
そして、魔法陣の中央には広間の天井に届くほどの巨人が鎮座していた。いや、巨体であるのは間違いないが、その姿は人に似ていながらも歪であり、嫌悪感を催される。
下半身に比べて上半身がアンバランスに大きく、膝下まで延びる長く太い腕が目立つ。頭部は上から潰したように横に広がっており、一文字に付いた口蓋は貪欲さを象徴していた。
かつてはスレイオンの面影を一部残していた魔族だが、先程の前哨戦でダレスが斬り落としていた右腕も生え変わったように回復しており、今や完全に本来の姿を取り戻している。
七日間、宿屋で働いていたノードが目撃した異形の怪物がそこにいた。
『よくぞ来た! 仇敵の血に連なる者達よ! 今ここで過去の復讐と我に課せられた呪縛の解放を果たしてくれよう!』
ダレス達が近づいているのは魔族も気付いていたのだろう。瞑想を打ち切るように、鋭く尖った目を開けると彼らに思念の声で呼びかける。
眷属を使った待ち伏せを警戒していたダレス達だったが、魔族は単体で彼らと決着を付けるつもりのようだ。
「ダレスさん、ミシャ! こ、この魔法陣はユラント神に由来する形ではありません。お、おそらくは魔族が改めて描き換えたのでしょう。色からすると〝かの邪神〟に捧げるための魔法陣だと、お、思われます!」
魔族の声を裏付けるようにアルディアが震えた警告を発する。彼女は明言を避けていたが〝かの邪神〟とは〝太古の大戦〟でユラントのライバルだった暗黒神ダンジェグに他ならないだろう。
ユラント神が清浄な泉を思わせる透明感の強い青色をシンボルとするのに対して、この最強の邪神は血のように暗い赤をその〝色〟としていた。
魔族が自分を閉じ込めていたこの封印の間を決戦と選んだのも、魔法陣を描き換えたことで自分に有利な地としたからだった。何しろこの場所は魔法陣の力を高めるための様々な工夫が施してある。敵はそれを再利用したのだ。
そして地上の本殿に手持ちの眷属を配置したのも、ダレス達を使ってユラント神の聖所を血で穢すのが狙いだったのだろう。彼らの消耗を誘い、自身の力を高めさせる一石二鳥の策だった。
「そのようだな・・・だが、ここで戦うしかない!」
魔族の意図を察したダレスは苦々しく頷くが、怯むことなく改めて仲間に決意を告げる。
まんまと敵の策に乗せられてしまったが、それは想定内のことだ。魔族が狡猾であるのは予め知っていたことであるし、時間を置けば更に魔族は力を増強させる。多少のことで動じれば、それこそ魔族の思う壷なのだ。
「ええ、も、もちろんです!」
「ああ、やってやるさ!」
『ふふふ、そうでなくてはな! 高慢な人の子らよ! そなたらの顔が絶望に変る瞬間・・・』
「・・・ユラント神の名において! きりゃあぁぁぁ!!!」
アルディアとミシャが力強い返事を返し、魔族も迎え撃つに相応しい口上を述べようとしたところで、アルディアが奇声とともにメイスを振り上げて突撃を開始する。
先程から声が震えていたが、武者震いを辛うじて抑えていたのだろう。限界に達したに違いなかった。
『ぬ!! こういう状況では敵とはいえ・・・いや! むしろ好都合だ!!』
口上を途中で止められた魔族は不満を漏らすが、一直線に突撃してくるアルディアを迎え撃つためにその巨大な右腕を振り上げる。
やや唐突ではあったが、魔族との決戦の火蓋が落とされたのだった。
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