閉ざされた街 32 救出

 アルディアの悲鳴を聞いたダレスはそれまで秘匿していた〝力〟を限定的に解放させた。

 その瞬間、前を走るミシャの動きが緩慢になる。彼女もアルディアの悲痛に耐える声を聞いており、その顔は苦悶の表情を浮かべているが、どこかぎこちない。まるで、彼女の時間だけ遅れているようだ。

 いや、正確にはミシャが遅れているのではない。ダレスが常人ではありえない加速的な動きをしているだけだ。

 魔法的には〝加速ヘイスト〟と呼ばれている現象である。時間を操作する魔法は高度な知識と経験が必要で高位の魔術師にのみ許された秘術だったが、ダレスは生来の力として習得していた。

 もちろん、少なからず代償はあり〝魔力〟や〝霊力〟と呼ばれる精神的な活力を消費するため、多用するような力ではない。ダレスもこれまで〝ここぞ〟という局面でしか使用したことがない。

 そして、あのアルディアが悲鳴を上げたのである。今はその〝ここぞ〟だった。


 ダレスはミシャを抜き去ると、そのまま〝ヘイスト〟を維持したまま扉が外側から打ち破られた部屋に飛び込んだ。

 これまでの怪物とは明らかに大型で特に異形な怪物の存在と、その巨大な腕に捕えられたアルディアの姿。その光景を目撃したダレスは自分のやるべきことを瞬時に悟る。

『(唸れ! 審判の剣よ!)』

 自らの得物である長剣の真名を〝神代の言語〟で叫びながら、ダレスはアルディアを苦しめる巨大な腕に向けて一閃する。

 刀身に青い光を灯らせたダレスの長剣は怪物の丸太のように太い腕をまるで溶けかけたバターのように両断した。

『ぐがあぁぁ!!』

 続いてダレスは追撃を仕掛けようとするが、怪物は思念の悲鳴を上げながらも醜い顔を突き出して〝何か〟を仕掛けるそぶりを見せる。

 アルディアの無事が最優先であるダレスは、彼女の前に立ちはだかると助けに来たことを渾身の大声で告げた。

「助けに来たぞ! アルディア!!」


「ダ、ダレスさん!!」

 アルディアの返事とともにダレスは衝撃波を受けた。まるで見えない石壁にぶつかったような気分だが、攻撃を覚悟していたこともあり彼は耐えた。何よりアルディアの声と無事だった事実がダレスの闘志をより強固にした。

『おのれ!!』

 仇敵の処刑を邪魔されただけでなく、右腕を切り落とされた魔族は怒りの声を上げるが、ダレスの存在と彼が持つ長剣が放つ青い光を前にして攻勢を鈍らせる。青はユラント神の〝色〟なのだ。

「この化け物め!!」

『ぐあ!!』

 更にダレスに遅れて救援に現れたミシャが怒号とともに短剣を投擲し、再度衝撃波を繰り出そうとした大きく空けた魔族の口蓋の奥に突き刺さる。

 肥大しつつある巨体に比べれば、その傷は小さいが出鼻を挫かれた魔族は更に思念の悲鳴を上げた。

『(神よ! 我らの傷を癒し下さい!)』

 次いで、アルディアの祈りによって、彼女本人だけでなくダレスが負った分も含めて傷が完治する。高位の神官だからこそ可能な〝神の奇跡〟だった。

『・・・許せぬ! そして認めぬぞ!』

 突如に現れたダレスの剣技とミシャの投擲攻撃、そして補助役に回ったアルディアの治癒能力を前にして魔族は自身の不利を悟ると、広間に備え付けられていたテラスに向って脱兎の如く身を翻す。

「逃がすか!」

 今が勝機と見たダレスは逃げる敵を追い掛けるが、魔族は加速状態にある彼をも振り切るとガラス戸を破り、そのまま四階の高さをものとせずに地上に飛び降りる。

 さすがのダレスにもこの高さを飛び降りては無事ではいられない。追撃はこれまでだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る