閉ざされた街 30 アルディアらしい痕跡

 その音が離宮内に鳴り響いたのはダレス達が一階の探索を終えて、上に向う階段に足を掛けようとしていた時だった。

 未だアルディアへの手掛かりを見つけられずに焦燥感を募らせていた矢先であり、ダレスとミシャは氷のように身を強張こわばらす。

 敵の気配ではないことを確認したダレスは後ろを振り返り、ミシャの判断を仰ぐ。忍びの技に秀でた彼女なら自分よりも多くの情報を読み取れるからだ。

「・・・上だ! おそらくは最上階! 案内する!」

 ミシャはそれだけを告げると、一気に階段を駆け上がり始める。まさに飛ぶ鳥のような勢いだ。

「ま、待て! 俺から離れるな!」

 それを見たダレスもミシャに置いて行かれないよう、急いで階段を登り始める。

 現時点で音の発生源は不明だ。距離も離れているらしく、音量自体もそれほど大きくない。それでも質量を持った何かが倒れるか、壊されたのはダレスにも理解出来た。しかもその音には躊躇のない思いきりの良さが感じられる。

 アルディアが攫われたと思われる建物内で、こんな音がすればその原因は明らかだ。


「早くしろ! アルディア様が逃げるか戦っておられるんだ!」

 ダレスには判明出来なかったが、ミシャの耳は音の発生場所を正確に捉えたようで、遅れて階段を登るダレスに叱咤する。

「わかっている!」

『離宮に入る前のしおらしさと約束はどうした?』とダレスと思ったが、それ以上は口にせずに脚を動かす。

 既に着慣れて身体の一部にもなっている鎖帷子ではあるが、さすがに階段を全力で駆け上がると、その重みを再確認させられる。

 もちろん、こうしている間にアルディアが危機に陥っている可能性は高い。この程度のことで弱音を吐くつもりはなかった。

「こっちだ! 早く!」

 息を切らせながら最上階である四階に辿り着いたダレスにミシャは待ちくたびれたように告げると、今度は毛足の長い絨毯が敷かれた廊下を突き進んでいく。

 内装が明らかに豪華になったことでこの階が王族専用の居住空間であることがわかった。

「やはり敵はアルディアが王族であることを知っている!・・・無事でいてくれ! アルディア!」

 改めて敵側の目的と確信を得たダレスはアルディアの無事を祈ると、喘ぐ呼吸を抑えてミシャを追い掛けた。

 

「はぁ・・・これは?」

 先行するミシャに追いついたダレスは呼吸を整えながらも廊下に倒れる白い異形の怪物を検分する彼女に問い掛ける。

「あたしじゃない。アルディア様が倒したのだと思う」

「・・・そのようだ。では、彼女はあっち側に逃げたのだな!」

 問い掛けはしたものの、死体の状況からダレスもこの場所で起きたことを推測する。内側から蹴破られたと思われる扉とその下で潰れる怪物達、小剣と短剣で武装するミシャではあり得ない倒し方だ。

 いや、黒檀で出来た扉を道具もなしに打ち破れる人間など、そうはいない。怪力を持つアルディアの仕業に違いなかった。

 そして廊下は現場となった部屋の先にも続いている。アルディアがダレス達のやってきた階段方向に逃げていれば途中で出合うか、少なくても痕跡を見つけていただろう。運が悪いことに彼女は奥に逃げてしまったのだ。

「そうだ、急ご・・・」

 ミシャが頷きながら立ち上がろうとしたところで、再び衝撃音が二人の鼓膜を震わせる。今度はかなり近くであり、気のせいか先程よりも激しいように思われた。

 ダレスとミシャは弾かれたように無言で走り始める。アルディアはもうすぐそこにいるのだ。

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