閉ざされた街 10 ハミル到着
西の空が赤味を差し始めた頃、ダレス達は目的地であるハミルに到着した。
規模こそ王都のカレードには劣るが、ハミルは立派な街だ。緩やかな曲線を描いて街を取り囲む城壁は人の背丈の四倍程の高さを誇り、その上には見張りが巡回するための幅と坊循が備わっている。王都と比べても遜色がないどころか、むしろより堅牢に感じられる程である。
それは外部からの敵を寄せ付けないための護りだけでなく、内に秘めた〝魔〟を外に出さないという街を創設した者達の想いを形にしたに違いなかった。
ダレスは更に観察を続け、街の被害を確認する。ざっとではあるが、門に繋がる街道から一通り観察した次第では城壁には一切の損傷も見つけられない。
もっとも、それもそのはずと言えるだろう。城壁と重なるように微かな光を放つ半可視化した壁が、すっぽり街を覆っている。これこそが魔族を封印するための最後の護りであり、ハミルの本当の意味での防壁なのだ。
一つの街を覆い隠すほどの大規模な結界を目の前にしながらダレス達は、感慨の言葉を漏らすことなく城門を目指す。
ダレスを始めアルディアやミシャもこれほど大掛かりな魔法現象を目にするのは、おそらく初めての経験だったに違いないが、今はそれを感情として表に出す余裕はない。
ただ、その圧倒的な存在と、それを可能にした歴代のハミルの住人の信仰心への敬意を胸の内に留めるのみである。
「私がユラント神の力をお借りして結界に一時的に穴を開けます。これで街中に入ることが出来ますが・・・中がどのような状態であるのかは窺い知れません。・・・覚悟はよろしいですね?」
城門に辿り着くとアルディアは率先して半分程閉められていた門をその怪力で抉じ開けると、露わになった光の結界を前にしてダレス達に告げる。
既にこれまで乗って来た馬は鞍を外して解放している。帰りの足はなくなるが、街の状況が知れない以上、管理に手間の掛かる馬は連れて行くわけにはいかない。そもそも〝帰り〟があるのかも現時点では不明だ。それ故に最後の確認だった。
そして、結界に覆われたハミルの中に入るため、アルディアがその役割を果たすのは当初からの予定である。
ユラント神への信仰心を源にした神聖魔法は敬虔な信者であれば、ある程度のコントロールが可能となる。もちろん、これほどの大規模な結界に干渉するのだからアルディアの神官としての実力は相当なレベルだ。まあ、だからこそ神に選ばれたのだろう。
「大丈夫です! アルディア様!」
真っ先にミシャが答える。その声には主人への期待に応えたいという思いが込められているらしく、気合に満ちているが、若さによる純朴な響きもあった。
「・・・ああ・・・そのために来た・・・」
一方、ダレスは今回の目的の困難さを噛みしめながらアルディアに頷く。彼はミシャとは違い、永らくこの世界で戦い、生き延びて来た経験と知識があった。
ユラント神から勇者として厄介事を押し付けられるほどの〝切り札〟を持つダレスではあるが、敵の魔族は神々に次ぐ力を持った存在だ。その魔族と正面切って戦うことになれば、彼といえども必ず勝てる保証はないのである。純朴ではいられなかった。
「つ、妻の安否を知るためです! 何があっても行く覚悟です!」
「・・・わかりました。では、いざ、ハミルへ!」
最後にクロットの返事を聞いたアルディアは自分自身の覚悟も決めたように力強く頷くと、街を覆う光の壁に右手を添えてユラント神への祈りを開始した。
『(峻厳なる正義の守護者よ! 大いなる我らが父ユラント神よ!
あなたに導かれた子らにその道を示したまえ!)』
発音だけでなく念を込めた〝神代の言語〟で詠唱されたアルディアの祈りはユラント神に届いたのだろう。彼女が手を添えていた地点を中心にして、人がやっと一人通れるだけの穴が結界に開く。
「先頭は俺が務めよう!」
中で魔族が待ち構えている可能性もあり、ダレスは臨戦態勢のまま真っ先に穴へと飛び込んだ。
「では! アルディア様、次は私が!」
「・・・私も行きます!」
一番手のダレスが無事を報せるとミシャがそれに続き、更にクロットが後を追った。
「・・・神よ、我々にご加護を!」
最後にアルディアがこの地方の共通語でユラント神に加護を祈ると、自らが明けた穴へとその身を投じる。彼女が街中に入ったのを見計らったように結界は徐々に小さくなり、やがて元の状態へと戻る。
ダレス達は外部から孤立、遮断されたハミルの街に自らの意志で侵入を開始した。
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