閉ざされた街 8 脳筋聖女発覚

「な、何なんだ・・・お、お前らは?!」

 追い詰められた首領は、自分が置かれた状況が信じられないとばかりに、震えた声でダレス達に問い掛ける。今や山賊の中で生きて立っているのは彼だけである。

 何しろ、ダレスの警告を笑い飛ばしてから、まだほんの数分しか経っていないのだ。数で勝る自分達が、たった三人、それも女を含めた三人組にこんなに簡単に敗北するなど思っていなかったのだろう。

「私達はユラント神の御心に導かれた者です。・・・先程の発言からすると、あなたはこれまでにも悪行を働いて来たのでしょう? 観念して下さい!」

 アルディアは微かな笑みを湛えて首領の問いに答える。見る者によっては慈愛と気品に満ちた聖女の笑顔だが、血塗られたメイスを手にした現在の彼女の姿からすれば、それは美しくも容赦のない死刑宣告に違いなかった。 

「・・・わかった。俺の負けだ。許してくれ! いや、許して下さい。お願いします!・・・そ、それにこれからはユラント神の教えに従って生きます。ほ、本当です。だから、命ばかりはお助けを!!」

 それでもアルディアの返答で彼女がユラント神に仕える身であることを思い出したのだろう。首領は武器を捨て地面に膝を落とすと命乞いを開始する。

 ユラント神は正義と公平を司る神である。悔い改めた者や無抵抗の者を殺めることは、その教えに反することになるのだ。


「・・・本当にユラント神の教えに帰依するのですか?」

 アルディアの戦闘能力はダレスにとっても一目置くほどだったが、神官ということもあり、悪党の扱いは無知に等しく〝詰め〟が甘かった。

 この手の輩は自分が助かるためなら、赤子でも容赦なくその手に掛けるだろうし、ましてやその場限りの嘘くらいは、いくらでも吐(つ)くのである。よって下手に問い詰めると面倒なことになる。情けなど掛けずに問答無用で討ち取ってしまうべきなのだ。

「待て! でまかせに決まって・・・」

 その真意を確かめようとしたのだろう。首領に不用意に近づいたアルディアをたしなめようとしたダレスだが、その機会を敵は見逃さなかった。

「はは! 馬鹿が! 人質にしてやる! 大人しくしろ!」

 首領は一気に立ち上がると隠し持っていた短剣を手にしてアルディアに襲い掛かった。

「くそ!」

「アルディア様!!」

 ダレスとミシャが揃って声を上げる。アルディアは女性としては長身だが、山賊の首領はその彼女よりも一回りは体格に優れ、ダレスよりも背が高い。不意を突かれれば怪力の持ち主だとしても体重差で圧倒されてしまうと思われた。

「きゃあ!!」

 短剣を手に自分へ圧し掛かろうとする大男にアルディアは悲鳴を上げる。

『(この身に宿る・・・)』

 ダレスは自分の迂闊さを呪いながらも、事態を解決するために秘めていた〝力〟を解除しようと、特別な念を込めた〝神代の言語〟で印を口にする。

 アルディアを人質に捕られれば事態はより面倒なことになる。一気に片を付けるには切り札を出す他ないのだ。

「・・・そのような神を貶める嘘は許しません!!」

 目の前で起きようとして惨状を止めるため必死となったダレスだったが、次の瞬間、彼の瞳に映ったのは説教を口にしながら山賊の首領を殴りつけるアルディアの姿だ。それは見事なアッパーカットである。骨が砕ける鈍い音が辺りに響き渡った。


「・・・アルディア、大丈夫か?」

 自分でもやや間抜けだと思いながらもダレスはアルディアに言葉を掛ける。敵をノックダウンした本人に異常がないのはわかっていたが、それでも不意を突かれた味方を労わった。

「ええ、なんとか・・・驚きましたが、ユラント神への信仰心が私を救ってくれたようです!」

 首があらぬ方向に曲がったまま息絶えた首領の姿を見降ろしながらアルディアは神への感謝を口にする。

「・・・そ、そうか」

 興奮した様子を隠すことなく、アッパーを放った右手を顔の前に掲げて勝利を噛みしめるアルディアの姿に ダレスは胸の内に彼女に対する疑問を宿しながらも、それは口にせずに頷いた。

 出合った時から薄々感じてはいたが、アルディアはその見た目からは想像が出来ないほど、身体だけでなく頭の中まで筋肉が詰まったような、いわゆる〝脳筋〟タイプだった。それも、本人にはその自覚が全くないらしい・・・。


「そうか、ではありませんよ、ダレス! アルディア様を危機に追いやっておいて! 謝って下さい! さあ、アルディア様とあたしに謝罪して!」

 しかも、そんなダレスの内心を知らずに、ミシャが追い打ちを掛けるように彼をなじる。先程の窮地は敵へ不用意に近づいたアルディア本人に非があるのだが、ミシャからするとダレスに責任があるらしい。

「・・・悪かった。事前にこの手の連中の扱いをしっかりと警告するべきだったな・・・」

 ダレスとしては言いたいことがあったが、アルディアへの注意を怠ったのは事実であり、一応の謝罪を口にする。もっとも、これはミシャとの喧嘩を防ぐためにこの場を取り繕っただけだ。

 共通の目的を持った仲間ではあったが、ダレスとミシャの関係はあまり良好とは言えない。ダレスとしては思うところはないのだが、アルディアに主人以上の感情を寄せていると思われるミシャ側が、男性である彼を毛嫌いしているのである。

 まだハミルにも到着しないこの段階で仲間内に不和を起こすわけにはいかず、ダレスが折れたのだ。


「ミシャ! ダレスさんは悪くありません。私が迂闊だったのです! ごめんなさいダレスさん。ミシャは私を心配し過ぎるのです・・・」

 ミシャの態度に我慢するダレスだが、唯一の救いは戦闘以外ではアルディアは常識人ということだった。従者の非礼を詫び、ダレスに申し訳なさそうに微笑み掛ける。その笑顔は彼のような達観した者の心も癒す効果があった。

「大丈夫だ・・・気にしてはいない・・・」

 ダレスはアルディアに答えながら、先程下した彼女への評価を少しだけ上書きする。脳筋だが聖女であることは間違いないと。

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