第856話 対応呪文

「ミエ様!」

「ミエ!」

「どうしたんですか二人とも。今日の会議はもう終わってますし次の予定があるはずでは?」


円卓の間に何かの荷物を運び込んだミエは、一息ついたあと二人の会話に混ざる。


「あー…旦那様が以前築城中にお会いしたっていう魔族さんですか」

「ソウソウ」

「なるほど……確かにイエタさんから報告のあった瘴気溜まり問題とか、エィレちゃん襲撃事件とか、最近街に魔族が黒幕と思えるような事件が目立ちますもんね」


ふむふむ、と指折りながら頷くミエ。


「ということは旦那様的にはその方との決着が近いとお考えで?」

「正直よくわからン。わからンガ……近イ内にマタ遭ウ気ガすル」


そう呟きながら、クラスクは己のこめかみを指先でトントンと叩く。


「マ、タダノ勘ダガナ」

「旦那様の勘は当たりますからねえ」

「でふね」


二人は互いに頷き合う。

これまでの危地でも、そして彼女らの家の中でも、散々思い知っているからだ。


「以前お会いした方と再会となると…」

「そうでふミエ様」

「菓子折りか何か用意した方がいいんでしょうか」

「ちがいまふミエ様」


大真面目な顔であさっての方向に話題を持ってゆくミエにネッカが真顔でツッコミを入れる。


「ええと…ともかく大意はわかりました。その相手が取ってくる選択肢から時間停止が抜けないからなんとかしたいってことですよね?」

「ソウダ。ミエハ時間止マル驚かナイノカ」


事情を説明した際、先程の己と同様の興奮を示すと思っていただけに、クラスクが意外そうに尋ねる。


「う~ん……まあ魔導術でできるかできないかって言うならできるでしょうしね。だって時間遡行までできるんですから止めるくらいは」

「アー……」


そう言われて改めてクラスクも思い出した。

かの赤竜イクスク・ヴェクヲクスに街の北部にある衛星村を三つ焼き払われた時。その対策としてアーリが指摘したこと。

大魔術があると。


「ソウカ。言われテ見れバあレモ時間歪めル魔術カ」

「そうでふね。時間系統の魔術に於ける儀式魔術の奥義が〈時間遡行イノファイヴハイプ〉なら個人で使用できる奥義が〈時間停止ベルクアイウォー〉と言っていいと思いまふ」

「ナルホド」

「魔導術ってなんでもありですねえ」

「ナンデモあり過ぎテドウすれバイインダ」


髪を軽く書きむしる仕草をしながらクラスクが唇をへの字に曲げた。

色々気に喰わないらしい。


「次善の対策についてはネッカさんが知っているかと」

「ウン?」


そしてミエの台詞に眉をひそめた。


「俺今ずっトネッカに駄目出シ喰らっテタゾ」

「伺ったお話からすると発動を止めるのは難しいって話ですよね。でも本当にどうしようもないならじゃないですか。旦那様がお話を聞いても聞かなくても結論が変わらないならネッカさんはもっと別の建設的な話題をすると思います。それをあえて旦那様に告げているのですから、んですよね?」

「オオ!」


言われてみればその通りで、ネッカは魔導師であり情は厚いが基本合理で物を考える人物である。

その彼女がわざわざクラスクに説明しているのだから、最初からなにがしかの対策が取れる余地があると踏んでいる事になる。

その前提条件としてクラスクに説明してきたわけだ。


「……そうでふね。そこまで自信はないでふが一応対策自体はありまふ」

「ドンナダ。ドンナダ!」

「はいでふ。〈対応呪文イスヴィフヴォヴァーズ〉を使いまふ」

「〈対応呪文イスヴィフヴォヴァーズ〉……?」」


ミエとクラスクが互いに顔を見合わせる。


「どこかで聞いたような……?」

「アレダ。思イ出シタ。確カ大トカゲノ山ノ……」

「ああ! 確かズルして巣穴に入れないようになってたっていう…」

「そうでふ。赤蛇山への別次元を通じての移動を阻害させていたギミックのひとつと推測されていたのが〈対応呪文イスヴィフヴォヴァーズ〉でふ」

「ええっと……確か他の呪文と紐づけて、条件を満たしたら自動的に呪文を発動させるとかっていう……?」

「そうでふ。それを〈時間停止ベルクアイウォー〉に紐づけまふ」

「「あ……………」」


二人は顔を見合わせた。

ネッカの言わんとすることが、そしてなぜなのかが直感的に理解できたからだ。


「とは言ってもさっき言った通り〈解呪ソヒュー・キブコフ〉系統の呪文は相手の魔力が高すぎて通用しないリスクが高いでふから、発動させるとしたら防御術でふね。強力で持続時間の短い系統の防御術を〈時間停止ベルクアイウォー〉の発動に応じて展開、時間停止中は防御術を〈解呪ソヒュー・キブコフ〉で解除することもできないでふから、喩え時間が動き出した時に十重二十重に攻撃魔術に囲まれていても助かる公算がありまふ」

「ナルホド。時間ノ停止ハ止められナイガ被害は最小限にデキル、ト」

「はいでふ」


ふむむ、とクラスクは腕を組んで考える。

正直あまり好みのやり方ではない。

やり方ではないがこの際贅沢は言っていられない。


「ネッカさんネッカさん。素朴な疑問なんですが」

「はいミエ様なんでふか」

「ネッカさんはその呪文御存じないんですよね? 知らないものをどうやって起動条件にされるんです?」

「いいところに目を付けられたでふね」


相変わらずミエの魔導理解度の高さに満足げに頷いたネッカは目の前の黒板にさらさらと書き込んでゆく。


「下位の探知呪文の中にあり〈空振探知ヴェオルカーコフ・イサブック・ルシリフ〉や〈時振探知ヴェオルカーコフ・アイウォー・ルシリフ〉を用いまふ。下位と言っても〈魔力探知ソヒュー・ルシリフ〉あたりに比べるともう少し難度は高いでふが」

「どんな占術なんです?」

「〈空振探知ヴェオルカーコフ・イサブック・ルシリフ〉は空間の、〈時振探知ヴェオルカーコフ・アイウォー・ルシリフ〉は時間のを検知する呪文でふ」

「歪み……っていうと?」

「〈空振探知ヴェオルカーコフ・イサブック・ルシリフ〉の主な役目は次元門カークェブを見つけることでふね」

次元門カークェブ?」

「はいでふ。遠く離れた場所や異界、異世界とを繋げている場所のことでふ。〈転移ルケビガー〉などの呪文で作成したこうした門は非常に不安定ですぐに消えてしまいまふ。だからなんらかの要因で安定している次元門カークェブはとても便利で希少なんでふ。そうしたものを見つける呪文でふね」

「へー」


ミエは素直に感心する。


(異世界と繋がる扉って事は、ここと元の世界を繋ぐ扉もあったりするのかな…)


そして同時にこんなことも思った。


「空間ノ歪み……『力場』もわかルノカ」

「そうでふね。近くに空間の歪みがる事はすぐにわかりまふ。ただ場所をはっきり特定するにはある程度の時間と精神集中が必要でふから戦闘中に使うのは難しいと思われまふ」

「ナルホド」


クラスクは新たな知見にふんふんと頷き、顎に指を当てる。


「〈時振探知ヴェオルカーコフ・アイウォー・ルシリフ〉の方は時間の流れの違いがある場所を見つける呪文でふね。古代遺跡や異世界にはこことは違う時間の流れがあることがありまふから、あらかじめ調べておいて向こう側での活動時間を決めたりするのに使ったりしまふ」

「ああ竜宮城みたいな……?」

「「リュウグウジョウ?」」

「あいえこっちの話です!」


ミエがかつて過ごしていた世界にも、故郷に戻っていたら数百年経過していた…のような異界の話は幾つもある。

そう考えれば呪文であらかじめ調べておくのは割と必要な行為なのやもしれぬ。


(……でもそっか。ここも別の世界なんだし、あの世界と時間の流れが違う可能性もあるのかなあ)


どちらがどれだけ早いのか、遅いのか、そこまではわからないけれど。

もしかしたら、父親も母親もとっくに寿命で亡くなっているのかもしれない。



ぎゅ、と胸を抑えた。

己が脳裏に浮かんだその考えは、思った以上に辛くて。

辛くて。






ミエは、しばし目を閉じ故郷の知己を思い浮かべ、心の中で涙を浮かべた。






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