第851話 声は届かずとも

まともに喰らえば即死、或いは戦場に於いては死に等しい異常を受け、抵抗に成功してなお大ダメージと状態異常を喰らう。

初見で受ければまず対処のしようがなく、そして初見で皆死ぬため誰も情報を持ち帰れず、結果誰にも対策されぬ。

それがグライフの『顕現』だった。


占術であらかじめ情報を集めようにも、幾重にも張り巡らされた防御術によってこの力の存在自体が悟られることはなく、あまつさえ幻術と防御術の複合魔術によって偽の攻略法を入手してしまい却ってグライフの前で無様な姿を晒すだけという悪意の籠った念の入り用である。


さらに言えば戦士であればタフネスが売りで頑丈さが必要な麻痺などはしにくかろうが精神抵抗などは不得手だろうし、重い鎧を着ていれば素早く身をかわすの事はできまい。

魔導師などであれば精神効果への抵抗は得意だろうが逆にその鍛錬不足の肉体では頑丈さや素早さによる耐久や回避は難しいだろう。


このようにそれぞれのクラスにはそれぞれの得手不得手があって、逆に言えばそれを補うためにパーティを組んでいるわけだ。

それら全ての抵抗・回避・耐久を要求されるという事は誰も彼もがそのどれかに失敗するということ。

全員が犠牲者になるということ。

つまり誰一人助からぬと言うことだ。


かの赤竜もまた見ただけで恐怖に打ち震え微動だにできなくなる≪畏怖たるその身≫を纏っていたが、あれよりも範囲が狭いかわりにより致命的。

逆に言えばそれ程の存在が正体を現した、ということでもある。


「さて、お前にはどんな効果が表れているのかな……!?」


ぶうん、とクラスクの右手の斧が唸り、グライフ目掛けて斬りかかる。


小解放ヴェオラクィポク!」


グライフはそれを受け止めんとその鱗で覆われた腕を伸ばしたが、刃の後ろからどす黒い血を吹き出しながら加速するその斧を警戒し、背後に下がりかわした。

だがクラスクが接近した結果治らぬ右腕の傷口から血がどろりと宙に漏れ出して、そのまま彼の斧へと吸い込まれてゆく。


どんと左足を大きく踏み込み、クラスクは左肩を前に突き出しながら魔竜殺しドラゴン・トレウォールを鋭く突きこんだ。

こちらの攻撃は喰らうべきではない。

グライフはさらに一歩下がってその攻撃を避ける。


ぶうん、とグライフの背後、彼の左肩口あたりから何かが降って来た。

尻尾である。


人皮を被っていた時は姿すら見せなかったその尻尾は、だがとても太く重々しい外観をしており、それでいて異様な速度でクラスクを頭上から襲った。


先刻彼の姿が恐竜のよう、と表現したが尻尾もまたそれに似ている。

ただ恐竜と異なりその尾の先端には棘のようなものがついており、薙ぎ払うだけでなく相手を突く貫くこともできるようだ。


後ろに避けるでなくむしろ斜め前方に踏み込むように、クラスクはその攻撃をかわす。

だが己の背後の地面に突き刺さるはずだったその刺尾は、空中でその先端のぐりんと向きを変えクラスクを背後から襲った。

そしてそれと同時にクラスクの前方からはグライフの右腕、その鉤爪が空間を薙ぎ払うように振るわれる。


背後からの一撃、そして前方から横薙ぎの一掃。

それをクラスクはスライディングするように地面すれすれで避ける。


足元をすり抜け際に小解放ヴェオラクィポクで斧に血を纏わせて右太腿に一発。

だがそれはグライフの右鉤爪によって受けられた。


同時にグライフの背後から剣の一突き。

クラスクがいる地べたからでは攻撃できぬ角度。

足元に飛び込んだ瞬間左手を離し、聖剣自らに攻撃させたのである。


ギィン、と響く鈍い音。

グライフの背後、その首筋に突き刺さったかに見えた聖剣は、けれどその直前で刃を止めていた。

力場を発生され防がれていたのだ。


足元を滑り抜けたクラスクが急ぎ跳躍しその柄を引っ掴み大きく間合いを外す。

先刻のように力場で固められてはたまらぬと言うことだろう。


ついでに接近戦をしたことで消費した血をグライフの傷つけた右腕からの出血で補い再び充填する。

聖剣から受けた傷口は塞がらぬ。

物理障壁を抜けたことで傷の再生自体は止まっているが、果たして体内の造血は止められているのだろうか。


「これデダメージ溜まっテルトイイガ……ピンピンシテルナ」


クラスクが眉をひそめてそう呟き、右手の斧が忌々し気な黒い気配を発する。

まるでクラスクの物言いに賛同しているかのようだ。

この斧の属性は明確に悪であるため、単に血を啜るだけでなくおそらく血を奪われ絶命する相手が見たいのだろう。


それがわかっているのか、左手の内にある聖剣『魔竜殺しドラゴン・トレウォール』がキィィィィィィンとその刀身を震わせながら剣呑な……いやつんけんとした(?)気配をその斧へと向けている。

叱っているのか悪態をついているのか、言葉を発しない彼らのやりとりはよくわからぬが、放つオーラでなんとなく察して少し呆れるクラスクだった。


「もう少し仲良くデキナイノカ」


ブウウウウウウウウウウウウウウン。

キィィィィィィィィィィィィィィン。


両手で持った剣と斧が激しく震え猛烈な抗議らしきものを受けるクラスク。


「そうイウトコロハ息ピッタリナンダガナ」


ブウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウン。

キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン。


再び猛然とした抗議を受けるクラスク。


「……アア悪イ。突き合わせタカ?」


グライフがこちらの会話を待ってくれていたものかと思ってクラスクが声をかける。


「平気なのか」

「何ガダ」

「俺の『顕現』を間近で目撃して何事もない人型生物フェインミューブは初めて見たぞ」

「ソウナノカ。あとお前口調変わっタナ」


驚きとも感嘆ともつかぬグライフの呟きに、クラスクは涼しい顔で返す。


実際のところ、今の状況はクラスクに自覚があることではない。

彼は特に何の影響も受けなかったためそのまま攻防を継続しただけのことである。


なぜならグライフが怪訝に感じた要因は……クラスク当人ではなくミエの≪応援≫にあるからだ。


ミエのスキル≪応援≫は対象がクラスクであるかどうかでその効果が大きく変わる。


≪応援/旦那様(クラスク)≫による効果として≪応援強化(上級)≫、≪ステータス還元(特級)≫、≪応援範囲拡大≫、≪応援種類増加≫など様々なものがあるが、その中に≪応援(追加抵抗)≫がある。


≪応援/旦那様(クラスク)≫の最終段階近くにならないと習得できぬこの効果は、ミエがようやく最近獲得したものであり。これによりクラスクは『抵抗しても一部の効果を受ける呪文や状態異常』の抵抗成功時の効果を完全無視できるようになっているのである。


例えば魔導術の〈麻痺光線ヤックヴァーク〉という上位呪文は、まともに喰らうとしばらくの間麻痺してしまう恐ろしい呪文だ。

そしてこの呪文の抵抗に成功した相手は


光線は相手を自動追尾で狙ってくれるわけではなく、術師が狙いをつけて放たねばならぬためそもそも当てられずに外れてしまうリスクこそあるものの、命中さえさせてしまえば相手が抵抗に成功しようが失敗しようが確定で麻痺効果が発揮されてしまう恐るべき呪文である。

頭のいい魔導師はこれに≪詠唱補正(持続時間延長)≫などを上乗せし、抵抗に成功されてもしばらく麻痺させっ放しにしたりもする。


こうした抵抗に成功されても効果の一部が残ったり、或いは効果が半減したりする呪文や特殊能力を、抵抗に成功することで完全無視できるようになるのが≪応援(追加抵抗)≫である。


≪応援≫だけの固有効果というわけではないが、同様の効果を持つのは上級職などの特殊な職業が有する特別な効果であることが多い。

クラスクはそれをミエの≪応援≫効果が続いている間獲得している。

そしてその≪応援≫は≪応援持続時間延長(上級)≫により今も彼を護っている。


これが……クラスクが無事だった理由。

当人に無自覚の、必殺必死を護る心の援け。






喩えここにはいなくとも、その声は届かずとも……ミエの≪応援≫は彼を護り、鼓舞し、奮い立たせているのである。







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