第826話 教会前の決戦

教会前に集結し、教会に突入せんとする魔族ども。

そうはさせじと死守するオークたち。


数はまだオークの方が若干多いが、次々と魔族どもが集結しており今後どうなるかはわからない。


戦士としての技量はオークっちの方が上だ。

この先街の外からやってくる魔族どもの戦闘種族、槍魔族アジャプカップ鎧魔族ウジェクィップ相手ならわからぬが、少なくとも街に最初からいる小鬼インプ帯魔族ヴェリート、城壁の上から突入してきた羽魔族コニフヴォムなどより技量自体は高いはずだ。


なにせ彼等は皆キャスやクラスクに毎日みっちりしごかれているのである。

それで腕の上がらぬ方がおかしいだろう。


ただし個体としての性能は魔族の方がずんと上だ。

物理障壁によりダメージの多くをカットし、僅かに受けた傷も高速に治癒してゆく魔族どもはこと人間族相手などであれば凶悪な程の強さを発揮する。


……が、ことオーク相手だと彼らの特性はそこまで有効に働かない。


物理障壁は一定量のダメージしか止めないため、下位の魔族の有するそれはオーク族が全力で振って来る斧の打撃を完全には止めきれず、それなりのダメージを負ってしまう。

人間族やエルフ族程度の筋力であれば物理障壁と高速の自然治癒能力の組み合わせで瘴気地の外であってもほ攻撃を完封し、不死身が如き強さを発揮できるのだけれど、オーク相手だと僅かな勇断でうっかり深手を負いかねず、そして少しでも大怪我をすると即座に死が見える。

なにせ少しでも大きな手傷を負うとオークどもがたちまち寄ってたかって群がって滅多切りにしてしまうからだ。


オーク族は戦闘民族であり。戦闘中に於ける機を見るに敏である。

相手の弱味、敵集団の弱点などが少しでも明るみに出てしまったら、ただちにそこを強引に叩きに行く。

この時多少被弾しようと気にも止めない。


ちょっと怪我をしようが死にはしないし、斧を持つ手も鈍りはしない。

自分達の頑丈さにそんな絶対の自信があるからだ。


つまりオーク族と戦うと言う事は下級の魔族どもにとっては常に死と隣り合わせなのである。


こうなると魔族の特性として死のリスクの忌避をするようになる。

永劫の死を迎えてしまう瘴気の外ではなるべく死にたくないからだ。


彼らは皆邪悪であり、同族同士協力するのは階級が上の魔族からの命令だからか、或いはその方がその方が戦術上有利だからに過ぎぬ。

功績を上げたら昇格し、ミスをすれば降格するという魔族の特性上、周囲にいる同族は皆蹴落とすべきライバルでもある。


となると敵は倒したいが被弾のリスクがあるなら自分以外の誰かの方がいい。

それでついでにライバルも減ってくれれば万々歳というわけだ。


結果として人間族の衛兵達と戦う時とは彼らの戦い方はがらりと変わる。

いつでも自然治癒能力で回復できるよう後衛を好み護り重視に、そしてオークの矢面には下級のより弱い魔族を(なにせ階級が下だと逆らえないので!)押し付け差し向けて盾代わりにする。


本来のスペック差だけで考えるのであれば互いに犠牲を出しつつも魔族どもが余力を以て押し切れるはずなのだけれど、その『互いに犠牲を出しつつ』が彼らには許容できないため、泥仕合になってしまう。

互いの覚悟の差が戦局に影響を及ぼし、実力差程に戦局が開いていないというわけだ。


「おー…ワッフーがんばってる」

「サフィナ!? 何シニ来タダココハ危ナイダア!」


シュタッと片手を上げて挨拶するサフィナにワッフが目をまんまるく見開いて驚愕する。


「三番隊下がるな! 押し込め! ブレド! その場は貴様の奮起にかかっているぞ! 踏ん張れ!」


ワッフの動揺で一瞬途切れた指揮の穴。

だがそれをキャスが素早く埋め合わせフォローする。


「狼狽えるな。動揺が部下に伝わる」

「ンダ……ンダドモ……!」

「それより教会の中はどうなっている。誰も中に入れてはいないな」

「ソレガツイサッキ一匹入レチマッタダ! 押シ切ラレタベ!」

「なに……!」


ワッフの全力の指揮でも止めきれなかった相手がいる。

だがワッフ自身はここから動けぬ。

オーク達は確かに魔族どもと戦いの相性はいい。

ただ完全に彼らに任せていては戦場のコントロールができぬ。

魔族を幾体倒せたとて、調子に乗って戦っている内に彼らに誘導され教会から離されては元も子もないからだ。


こと今回のような戦いの場合戦況を俯瞰できる者が必要になる。

集団戦に於ける練度、戦況の把握、そして優れた戦術的な指揮。

それがあって初めてオーク族の攻撃力を『教会への侵入阻止』に役立てる事ができる。

ゆえにワッフがここを離れるわけにはゆかぬのだ。


「コッチカラモ四人中ニ送ッタベ。ドウナッタカハワカンネエダ」

「わかった。私は教会に突入する。ここの指揮をそのまま頼めるか。これ以上一歩も入れるな」

「おー……ワッフー、いってくる」

「……ワカッタダ」


ぎり、と歯ぎしりをしながら、だがキャスとサフィナの言葉に頷く。

サフィナが言い出したら聞かない性格であることは彼自身が一番よくわかっているからだ。


「いいかサフィナ。中にいる相手次第だが、最悪お前を庇える余裕はないかもしれん。その覚悟はしておけ」

「おー…わかった」


ワッフ達が入口を死守している間、キャスとサフィナが二人で教会に突入する。


そして……



どう、という音がした。

誰かが倒れる音だ。



オークである。

キャス達の突入と同時にオークが全身から血を噴き出しながら、ゆっくりと倒れ伏した。


その左右には地に伏すオークども。

彼より先に既に打ち倒されたものらしい。

一体は何故か焼け焦げて、もう一体は全身を痙攣させている。


そしてもう一体は……なぜか壁際まで追いやられ、その頭部を何か鈍重なものでかち割られていた。


鎖である。

先端に棘の生やした重りを付けた、長い長い鎖である。


それを両手で持ちながら、頭上でひゅんひゅんと回しているのは……小型の巨人族ほどの大きさの魔族だった。


かろうじて人型の、背中に大きな蝙蝠が如き羽を生やした魔族で、全身が漆黒の鱗に覆われている。

その背後には大きな長い長い尾が生えており、その先端が鉤爪状になっていて何かを掴めそうだ。


足回りはかなり太く、腹の部分が白い。

こう……ちょうど直立した黒き竜のような姿、というと比較的イメージしやすいだろうか。


そして……その頭部には二本の禍々しい、角。

彼らの種族を表す特徴である。


角魔族ヴェヘイヴケス、だと……!?」


魔族の中でも最も勇猛で危険な存在。

上位魔族きっての武闘派で、戦士階級としては最上位。


彼らより上位の魔族階級はほんの数種。

そして大きな大きな功績を立てた者だけがたどり着ける、魔族の位階としては最高峰たる魔将ヴァスヒュームへと直接昇格可能な高い魔格。


これより上の階級の魔族どもは計画立案や指揮などに従事することが多く、他の魔族どもを手駒として操りながら裏で暗躍したリ王侯貴族や大富豪などをたぶらかしたりするような連中ばかりだ。

それを考えれば、前線に出張って来る魔族としては最も強大な魔族が彼ら角魔族ヴェヘイヴケスであると言っても過言ではない。


それはオーク兵四人程度では相手にもならぬだろう。

まず物理障壁が硬すぎる。

オーク達の全力攻撃でもろくに傷がつけられぬはずだ。



そして……彼らオーク兵の死体の向こうに、一人の女性がいた。



その身を震わせ、けれど気丈に角魔族ヴェヘイヴケスを睨みつけているこの街の最高司教、イエタである。

彼女のいる場所は教会の一番奥で、その背後には薄く輝く金属製の杯があった。





キャスはすぐに直観する。

、と。






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