第712話 依頼
「この街の水道について?」
「すいどーについて?」
シャルがきょとんとした顔で聞き返し、ヴィラがそのまま鸚鵡返しに尋ねた。
「そう! 是非シャルに書いて欲しいの!」
エィレはシャルの目をまっすぐ見つめてそう提案する。
ここは下クラスク北の大門外。
馬車が行き交う主街道からやや外れた城壁沿いで、くだんの三人娘が集まっていた。
「て言ってもさっきの話だと技術的な事ならシャミルが書くんでしょー? 私が書く必要なくない?」
「シャミル様がお書きになるのは技術的な話でしょ? 水路を整備してる人の目線が欲しいの!」
「整備してる人の…?」
不思議がるシャルにエィレはなおも力説する。
「ほら、水道管は地底を走ってるから直接は見れないけど、シャルはそれを調べるために街の水路を使うじゃない?」
「そりゃまあ使うわね」
「つかう! つかう!」
「その水路沿いに街を色々歩くわけでしょ?」
「そりゃまあ歩くわね」
「あるく! あるく!」
「それを書いて欲しいの!」
「! ああ、なるほど」
「うん……?」
途中まで同じ応対をしていたシャルとヴィラは、だが最後で奇麗に反応が分かれた。
「なにがなるほど…?」
「まーヴィラにはわかんないかー」
「わかんない!
がっくしと肩を落とすヴィラにシャルが苦笑する、
「
「にゅあんす……?
「そこからかー」
シャルがあちゃーと額に手を当てた
「えーっと、私は街の水道を点検してるじゃない?」
「してる! しってる!」
ぶんぶん、と腕をばたつかせながらヴィラが主張する。
「で、当然仕事する時は水路沿いとかを歩くわけ」
「わかる! わかる!」
両こぶしを握り締めヴィラが力説する。
「ってことは普段主街道沿いとかをふつーに散歩したり買い物したりしてる人らとは視点ってゆーかものの見方とかや見え方が違うのよ。エィレが言いたいことってそーゆーことでしょ?」
「そう! さっすがシャル! そういう視点で見た街の様子とかを書いてほしいの!」
「うーん、どうしよっかなーー」
瞳をキラッキラに輝かせたエィレに褒められて満更でもなささ王にシャルが頭を掻く。
「……………?」
だがその隣で…もといその上で、およそ少女にあるまじき表情で眉間にしわを寄せたヴィラが難しい顔をして腕を組み唸り声を上げていた。
「えーっとね、ヴィラ、あれだよあれ、ヴィラが人間になって街の中入ることあるよね。ほら呪文かけてもらって!」
「ある!」
エィレの言葉にヴィラがこくりと頷く。
「ヴィラは街の中全然慣れてなくって、見るもの色々珍しいでしょ?」
「そう! めずらしい!」
ヴィラが賛同するようにぶんぶんと首を縦に振る。
「その時のヴィラの『ものの見方』って、街の中にいつもいて当たり前のように街を見てる人と違うと思うの。こうもっと新鮮でキラキラしてるのかなって」
「してる! すっごいキラキラしてる!!」
自分の心の中がわかるのすごい! と大いに頷いた後、ヴィラは再び眉根を寄せて三拍ほど考え込んだ。
街がキラキラして見えるのは街が本当にキラキラしてるから?
違う。
街がキラキラに見えるのは自分がそう感じているからだ。
喩えば人間族の服、衣装。
かつて初めて馬車の中で人間族の女性の服を目にした時、ヴィラは強烈なショックを受けた。
感受性が刺激されたのだ。
だが他の巨人たちはそうは思っていなかったようだ。
そうでなくばヴィラが巨人の村であれほどの疎外感を感じることはなかったろう。
つまり同じものを見ても同じ風に感じるとは限らない。
その人の心や気持ち、何を好むのか、そうしたことで同じものを見ても見え方が異なるのである。
「あー! わかった! ヴィラわかった! 街のほかのひととちがうシャルの感じたことを書いてほしいってことだー!!」
「「そう! それ!!」」
ヴィラの気づきと叫びに間髪入れずエィレとシャルが頷く。
「「「おおー!」」」
そして三人でハイタッチ。
いやヴィラにとってはロータッチだが。
「そうそう、それよそれ。私の視点から見たこの街を発信したいってことね?」
「うん! お願いできる?」
「しょーがないわねー。お給金出るんだっけ?」
「えっと、稿料ってのがあるみたい。原稿書くとお金がもらえる的な」
「へー、賃金制じゃないのか」
「賃金労働なのは編集さんだって」
「なるほど? 要は出版されることが成果ってことね?」
仕事内容について詰めてゆく二人。
指を咥えて見下ろしているヴィラ。
「いいなー、わたしもかきたい!」
「あはは…じゃあまず読み書きができるようにならないとね」
「ううー、よみかきにがて…がんばってしゃべれるようになったのに」
「ヴィラが街に来てからまだ数か月でしょ? 期間を考えたら十分すごいと思うよ?」
「うー、でもでもかきたい!」
エィレの言う事はもっともである。
共通語圏で生活している
巨人族が話すのは
つまり
だが巨人語にはそれがない。
さらに言えばそもそも巨人語には言語はあっても文字がない。
それでは読み書きに苦戦もしようというものである。
だがゴブリンのスフォーや
街の中で文字が読めないことが大変不利なことだからだ。
ゆえに読み書きがなかなか上達せぬヴィラは試験に合格できず、こうして彼女たちは未だ街の外で会合を開いている、というわけだ。
「ヴィラの場合は読み書き覚えた後でも文語を覚えないとちょっと書き物はねー」
「ブンゴ? ブンゴってなに?」
シャルの言葉に真顔で尋ねてくるヴィラ。
先日の通り巨人族は文字を持たぬ。
だからきっと本気で知らないのだろう。
「ええっと、簡単に言うと言葉で喋るときの話し方と文字で書く時の書き方はちょっと違うの。言葉で喋るのを『口語』、文字で書くのを『文語』って言うんだ」
「へー! へー! へー!」
フォローするようなエィレの言葉にひとしきり感心したヴィラは、その後に鳥の巣のような頭を掻きむしった。
「めんどくさい!」
「そうね、ちょっとめんどくさいかも」
「あー、うー、でもわたしもやりたい。したい。なんかそのシンブンのお手伝いしたいー」
じたじた、とヴィラウアがだだをこねる。
ヴィラにも己が力不足なのはわかっているのだろう。
だがそれでも友人二人が参加する仕事に自分だけのけものにされるのはきっと何か悔しいのだ。
エィレも幼い頃…いや今でもまだ子供ではあるのだが…父王や姉たちの手伝いをしたくて、何かの役に立ちたくて、でも自分は無力でなにもできない…のような経験があったから、ヴィラの気持ちはよくわかった。
「う~ん…とりあえずミエ様に相談してみる。何かできることないかって」
「ミエサマ!!」
びくん、とその身を震わせて、少し怯えた表情でギギギ、とエィレの方に顔を向けるヴィラ。
まるで「ホントに言うの?」とその瞳で訴えかけているかのようだ。
「? どうかした?」
「ミエサマ、怒らないかな……?」
「怒らない怒らない! 絶対そんなことないって!」
総確約しながらもエィレは少しだけ気になった。
あの温厚そのもののようなミエが怒ったら、一体どんな風なのだろう、と。
「ともかく相談してみる! 私の本題はまだまだこの先なんだから!」
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