第684話 意外な正体
(えええええええええ!?
エィレは激しく驚き、また狼狽した。
そもそもここはエルフの森である。
その森の中に
こっそり忍び込んだのか或いは力づくで押し通ったのか、いずれにせよ相当強力な個体ということになる。
また森の木々や藪は小柄な少女たちですら抜け出すのに苦労するほど狭く、とてもではないが巨人族たる
だとすると木々を薙ぎ倒しながらここの広場までたどり着かねばならないが、ヴィラのような真巨人族ならいざしらず
もしそれをしてのけた結果ここにいるなら見た目以上に厄介な怪力の持ち主、ということだ。
(どど、どうしようどうしよう。私たち邪魔だよね…!?)
十人ほどのエルフ達が
森の中のエルフ族は強力だ。
いかに相手が強力な個体であろうとそうそう後れは取らないだろう。
だが人質でも取られたなら話は別だ。
そしてこの状況でもっともその危険が高いのは己自身である。
エィレはそう強く自覚した。
肉体的にはシャルもエィレ同様ほとんど鍛えられておらず、相手の怪力に抗し得るとは思えない。
だがシャルにはエィレにはない魔術行使能力がある。
水の精霊魔術が使えるのだ。
それを考えあわせればこの中でもっとも未熟で足手まといになりそうなのは自分自身に他ならぬ。
どうにかしてこの場を脱出しなければ。
エルフ達の足を引っ張るわけにはいかない。
エィレはシャルの袖を引っ張って注意を促そうとして…
シャルがいつの間にか隣におらず、すたすたと広場の中央へと歩を進めている事に気が付いた。
「ちょっとシャルー!?」
びっくりして思わず大声を上げてしまうエィレ。
こちらに注意を向けては駄目だと慌てて口を閉じるがもう遅い。
その
「じゃいるしゃる」
「おっすーイズー」
互いに、片手を挙げて挨拶した。
「はい……?」
呆気に取られ口をあんぐりと開けるエィレ。
姉三人に見られたら王族の娘たるものそのような間の抜けた顔をするものではないと酷い嫌味を言われたことだろう。
「あの、シャル、その
「うん。うちの村の住人だもん。トロルのイズ。こう見えて彫刻家よ」
「い、いずかるく」
「えええええええええええええええええええええ!?」
エィレは思わず大声で叫んでしまい、エルフ達の注目の的となって真っ赤になって慌てて口を塞いだ。
「え? え? イズカルクって…」
思わずその
「知らない? ほらクラスク市のド真ん中に噴水あるじゃない。あの中央に設置されてる女神像とかー…」
「知ってる! 知ってるけど!!」
無論知っている。
だってその女神像の美しさに心打たれ、その作者を探そうと奔走したことだってあるのだ。
結局街中で彼の工房を見つける事は出来なかったけれど。
…見つからなくて当然である。
流石に
「そっか、じゃああの女神像ってもしかして隠れ里で製作したの…?」
エィレの視線を感じたその
なんといういか、彼の種族におよそ似つかわしくないほどの愛嬌である。
こくんとエィレが頷くと、その
どうやらエィレの予想が当たったようだ。
「なんだ…そっかー、街の外で作ってたのかー」
それで彼女もようやく得心した。
あの石像は村の外、隠れ里ルミクニにて製作され、外から街に持ち込まれたものだったのだ。
「それにしても
それでは街の人に聞いてもわからぬのは道理である。
なにせそもそも街に住んでいなかったのだ。
これではミエがすぐに教えてくれなかったのも納得というものだ。
普通の人間族なら即怪物と断定するような相手である。
エィレ自身がそうした偏見をまったく持っていなかったとは言い切れぬ。
ミエはきっとエィレがこの街にしばらく滞在し慣れてもらった上で、どういう人物なのか見極めてから打ち明けるつもりだったのだろう。
じいと見つめるエィレの視線を感じたその
だというのに目の前の相手からはそうした剣呑な雰囲気をまるで感じない。
こうなんというか…のんびりというか牧歌的というか、ちょうど草原の上で日向ぼっこしているような印象を受けるのだ。
多少は人を見る目があると自負していたエィレが、生まれて初めて己の目利きを疑った瞬間である。
「なんていうか…
なのでつい知り合いらしいシャルに尋ねてしまう。
「そりゃあね。なにせ戦うのが嫌で嫌でトロルの群れから逃げてきたって言うし」
「
だがそれでなんとなく理解できた。
彼…イズカルクからは
それが先刻からエィレが抱いていた違和感の正体だったのだ。
戦いと争いを好む種族であるという知識と第一印象、そこからかけ離れた彼の雰囲気。
それは違和感を覚えるのも当然と言えよう。
「そーいえば最近村空ける事多かったみたいね。ヴィラが言ってた」
「そ、そう…」
ぼりぼり、と頭を掻きながらイズカルクが返事をする。
かなり吃音のきついしゃべり方だ。
「あー、気になる?」
「正直言うとちょっと…ちょっとだけ」
シャルがイズカルクを気軽に指さし、エィレがおずおずと頷いた。
相手が目の前にいるのにずいぶんと失礼な事を言っている気がして、エィレはイズカルクにぺこりと頭を下げる。
「だ、だいじょぶ、きしにてない」
手を振りながら返事をするイズカルクの発音はやはり変だ。
共通語の語彙もだいぶ怪しい。
「
「言い方!」
シャルのあまりに正直な説明にエィレが思わずツッコミを入れる。
「だだだいじょぶい。わかってる」
だがイズカルクは特に気にした様子もなく、こくこくと頷いた。
「話し戻すけど、村を空けてたのはこっちにきてたから?」
「そ、そう。彫刻家ほしい、いれわた」
「言・わ・れ・た」
「それだた」
シャルとイズカルクの掛け合いを聞きながら、彼を囲んでいたエルフの一人が肩をすくめた。
「この森に植樹する苗を受け取りにクラスク市へ行った折、中央の噴水の女神像を見て感銘を受けたのです。このような見事な彫刻を彫れる芸術家がいるなら我がの森にも復興記念に何か作っていただけないかと太守夫人に依頼したところ快諾してくださって」
「まあ!」
ミエの話題が出てきてエィレは嬉しそうに声を上げる。
「…まさか
「でしょうね!」
そして続く言葉に心の底から同意した。
自らが話題にされているからか、イズカルクが照れながら頭を掻く。
クラスク市の誇る大芸術家の正体は、戦いを厭う戦の鬼だった。
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