第404話 律速

皆がその新しい発明品とそこから生まれる新たなエネルギーに盛り上がる中、イエタとは別に寡黙を守っている者がいた。

宮廷魔導師のネッカである。


ネッカは周囲の騒ぎを右を向き左を向いてあわあわしながら何かを伝えようとしていて、だが皆の興奮の中口を差し挟めずに今に至っている。

だが幾度か頬を叩き己を鼓舞した彼女は、おずおずと手を挙げて皆の視線を集めることに成功した。


「あのー…」


そしてなんとも申し訳なさそうな声でその計画の急所と不備を告げる。


「そのお話にはでふね、少々問題が…でふね」

「ふぇ? 問題ですか?」


ネッカの言葉に不思議そうに首を傾げるミエ。


「アイデア的には悪くないと思うんですけど…」

「は、はいでふ。素晴らしいアイデアだと思うんでふ。流石ミエ様だと思いまふ。思うんでけど…その、量産化の目処がでふね」

「量産? えでもシャミルさんが蓄熱池エガナレシルは性能を落とせば量産可能だって…」


計画の穴が思い当たらずますます首を捻るミエ。

だが彼女の背後でネッカの言葉の意味に気づいたシャミルが口をあんぐりと開けて愕然としていた。


「で、でふから! 冷蔵庫のの量産が追い付かないんでふ!」

「ふぇ……?」


ミエは今更気づいたようにその冷蔵庫を凝視した。

本体、というからには当然この石の箱であろう。


「石の箱…? ふぇ? これ? これってどうやって作ったんです?」

「…彫って造ったでふ」

「彫るんですか?! 手彫りで!?」

「はいでふ」

「これは…ネッカさんが?」

「はいでふ。量産となるとさらにこれに魔具の制作過程が加わるのでどうしても時間がかかってしまいまふ」

「えええー!」


突然降って湧いた難題にミエは想わず床にへたり込んでしまう。


「まさかこんなところに律速ディスロモッグがあるだなんて…」

「|瓶の首か。なるほどの。面白い喩えじゃな」


酒瓶は先端が細くなっており、瓶の容量に関わらず一度に出る酒の量はその瓶の細い部分に準拠する。

いくら瓶を大容量にしようと、他を幾ら改善しようと、その瓶の首の太さを改善しない限り一度に出る酒の量はそこで決まってしまう。


このようになんらかの性能がある一か所の要因によって大きく落ち込むことを律速りっそくと呼ぶ。

一般にはの方がわかりやすいだろうか。


「そっかー…そうですよね。ちょっと抜けてました」


考えてみれば当然のことだ。

製品を量産するためにはあらゆる素材、あらゆる部品の制作工程を考え、その最も遅い個所が製作時間となる。


ミエにとってそれは己の理解が完全に及ばぬ部分…即ち魔術的、或いは錬金術的な部分だと思い込んでいた。

本体はただの石の箱なのだから大したことはないだろう、と勝手に決めつけてしまっていたのだ。


だが機械による大量生産が実用化されていない時代において、こうしたものはいちいち人に手で造らなければならぬ。

考えてみれば最も時間のかかる行程なのは最初から目に見えていたではないか。


「イっぱイ早く作ル。木トかじゃダメなのカ」

「木製じゃと強度と保冷性がのう」

「はいでふ。そもそも魔具にする際に耐えられる木製の品となると相当上質なものを造らないとでふからかえって職人芸の分手間がかかると思いまふ」

「なら金属はどうニャ。銅とかなら鋳込んで造れるんじゃニャいか?」

「それも試してみたんじゃが冷蔵はともかく冷凍となると箱自体が冷たくなりすぎてしまってのう」

「ああ…金属だと熱伝導性が高すぎるんですね」

「うむ。ネッカと色々試行錯誤した結果石製が一番マシ、との結論に相成ったわけじゃ」

「ですよねー」


そもそもシャミルは学者である。

材質を考慮せずにモノを製作したりはしないはずだ。

十分な理論と検証とトライアンドエラーの末に今の形に落ち着いたはずなのだ。

そのあたりを今更どうこうできないはずである。


「うちの街の石工って言うと…」

「少しはおるがのう。石工に関してはなまじネッカが大量の石材を用意できてしまうがゆえあまりうちの街にはおらんじゃろ」

「そうでした」


参った。

これは参った。

考えれば考えるほど先が見通せなくなってゆく。

一体どうすればいいのだろう。


「…………………………」


そんな中、クラスクは一人腕を組んで考え込んでいた。


「旦那様?」

「…うちデドうにかデきなイならよそに頼ム」

「「「よそ…?」」」


クラスクの言葉に皆が眉根を寄せた。


「外注かニャ。確かに一番現実的な案ニャけど…」

「いったいどこに頼む気じゃ。頼むとするなら石工で有名なとこになるじゃろうが…この近くに石工が名産の街なぞないぞ」

「あル」

「なに…?」


錬金術師である前に学者であるシャミルがないと言ったものをクラスクが即座に否定し、シャミルが片眉を吊り上げた。


「そんなところどこにある! 一番近くでもドワーフの…」


そしてそこまで言いかけてびしりとその動きを止めた。


「市長殿……まさかお主、ドワーフに依頼するつもりか!?」


シャミルの強い問いかけに、クラスクは大きく頷いた。


「ドワーフ石細工得意!」

「それは確かに得意じゃがー!!」


ドワーフ族は不屈の闘士であり、どんな職の者であっても最低限の戦士の訓練をするとは以前に述べた。

だが彼らは同時に手先がとても器用で、その殆どの者がなんらかの細工の腕を持つ。

金細工、宝石細工はもとより当然石細工も彼らの大得意とするところだ。

その意味では今回の仕事を任せるのにドワーフ族以上の適任はいないと言っていいだろう。


ただ…この街がドワーフ族に依頼するには大いなる問題がある。

あるというか事実上不可能に近い。

なぜならオーク族とドワーフ族は長い長い年月の間仇敵同士だったからだ。


合えば互いに斧と斧を取り合って即座に殺し合いに発展する。

ネッカがオークの村に連れ込まれたと知った時異様に怯えたのもちゃんとゆえあっての事なのだ。

シャミルが選択肢として最初から除外していたのもだから無理はないのである。


「俺が直接向こうに行っテ説得すル」

「ドワーフ族の集落に行くのか!? お主が!? 殺されるぞ!!」

「ミエがそうすべきと思っタなら俺もするべき事をすル」

「旦那様…!」


ほああああああ…! と両手を合わせて感動したミエが己の愛する夫を見つめ、瞳を潤ませる。

だがすぐに我に返ってぶんぶんと首を振った。


「って旦那様!? 危なくないですか!?」

「危険は承知。ダが挑む価値はあル」

「そこまで言うからには…成算があるんじゃな?」


シャミルの問いに、クラスクは我が意を得たりと大きく頷いた。



「嫁の故郷に挨拶しに行く。ついデに冷蔵庫の制作を頼む!」



最初その言葉の意味がわからずしばし棒立ちだったネッカは…やがてゆっくりその言葉の意味が飲み込めて真っ青になって口を大きく開けた。



「ネ、ネッカの故郷に行くでふか!?」

「行ク!」

「わ、わ、わっふぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!?」





この街の今後が賭かった……ネッカ決死の帰郷のはじまりであった。






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