第402話 割賦販売

「シャミルさん…これ市販しましょう」

「するニャ。予算の事なら心配いらないニャ。うちが出すニャ」

「な、なんじゃおぬしらその眼はっ!?」

「ミエ様ちょっと怖いでふー!?」


ミエとアーリの爛々と獲物を狙うような瞳に思わずたじろぐシャミルとネッカ。


「じゃがさっきもゆうたじゃろ。以前のものよりはだいぶ安くなったがこの製作費では買い手がじゃな」

「大丈夫ニャ! 最近市長のお陰で貴族の知り合いが増えて来たニャ!」

「貴族ぅ…?」


胡散臭げな視線を向けるシャミルにアーリがぶんぶんと頷く。


「そニャ! 最近市長さんが始めた模型趣味のお陰でこの街に模型店が増えてきて、それが貴族の間で流行りつつあるニャ!」

「ほほう。そういえば確かにその手の店が増えてきておるな」


シャミルがクラスクの方に目を向けるとクラスクが大いに胸を張った。

まあ確かに新たな商売と商機を創出したのだから偉いというなら間違いなく偉くはあるのだが。


「ニャ。でも小物かつ精密なものだから普通に馬車で運ぶと痛んじゃうニャ。そこでうちの馬車の出番ニャ。ネッカとシャミルに頼んで内部に振動を伝えない箱を備え付けてある馬車を用意したニャ。これなら馬車が揺れても安心ニャ! まあ専用車ニャから数は少ないんニャけど」

「シャミルさんそんなものまで作ってたんですか…」

「作っておったとゆうか、冷蔵庫の研究をしとる時の副産物でな。そのまま没にするのはもったいないからと試作品を作ってみたらアーリの奴が引き取りおっての」

「そうニャ。案の定めっちゃ役に立ってるニャ!」

「でしょうね」


当たり前の話だがこの世界には未だゴムタイヤが存在しない。

その上街道と言っても草が刈り取られ轍で踏み固められたものに過ぎず、アスファルトのように舗装されているわけでもない。


要はこの世界の馬車はひどく揺れるのだ。


アルザス王侯の南西部、辺境のただ中にぽつんと鎮座するこのクラスク市はどの街からもそれなりに離れており、大量の荷物の運搬などには馬車が欠かせない。

だが馬車は先述の通り振動が激しく、酒瓶や陶器などは常に破損のリスクを負っている。


そんな中振動を無視できる馬車があれば、それは需要も高まろうというものだ。


「あー…じゃあもしかしてトニアさんの料理を運んだのも…」

「そニャ。その馬車ニャ」

「なるほど」


この村に来てから皆で袋に包んで慎重に運んだのはいいとして、この街に来るまでの間よくまあ繊細な料理が無事だったものだとミエは怪訝に思っていたのだけれど、これでその疑問は氷解した。

馬車の振動を抑えることができる機構が備わっているのなら確かに皿の上の料理も崩れまい。


「話しが脇に逸れたニャ。ともかくそんな感じでうちは貴族連中への精密な模型とかを輸出するようになったニャ。そいつらをツテに貴族どもに冷蔵庫を売りつけるニャ。絶対連中飛びつくと思うニャー」

「ううむ。貴族連中とはあまり付き合いたくないんじゃが…」


アーリがシャミルを説得しようとする横で、ぶつぶつと何か呟いていたミエが面を上げる。


「それも悪くないですが…少々手ぬるいですね」

「なんか怖いことゆうとるー!?」「ニャー!?」


思わず互いに飛びつき抱き合うシャミルとアーリ。


「シャミルさん」

「な、なんじゃ!」

「この蓄熱池エガナレシル、たくさん作れますか?」

「むむ? いや材料に魔石を使っておるからな。そうおいそれと数は造れんよ」

「魔石を材料から抜いたら増産できません?」

「ダメじゃダメじゃ。それでは蓄熱が安定せずロスが出る。何度か使ったらそれで打ち止め。使い物にならなくなってしまうぞ」

「ふむふむ。じゃあこれが最後の蓄熱みたいなのをわかるようにできたりします?」

「むむむ? …そうじゃの。内部の火輪草の反応を色でわかるようにすればいいわけじゃから…そうじゃな、理論上は可能じゃな」

「なるほど…」


ほうほうほう、ふむふむふむと思考を巡らせるミエ。

こうした時の彼女が非常に頼りになり、また同時に恐ろしいアイデアを捻り出すことをこの場にいる者は誰もが…正確にはイエタ以外の誰もが知っていた。


「やっぱりこれ街の皆さんにもにも広めましょう」

「だからじゃな、金貨二百枚を庶民が支払えると思うか」

「思えません。だから安くしましょう」


ミエはアーリの方に目を向ける。


「アーリさんアーリさん。定価金貨二百枚のものをアーリさんのところで大量生産のベースに乗せたらどれくらいお安くできます?」

「そだニャ…石の削り出しがこうで…魔具作成時の触媒をこうして…フニャアアアアア」


ネコのような唸り声をあげながらそろばんを弾くアーリ。

まあこの世界には算盤はないのだけれど。


「ざっと金貨百五十枚ってとこだニャ」

「ならそれにうちの街の住人限定で補助金を出しましょう。冷蔵庫を買う時にこの街の住人なら街が三割負担します、みたいな」

「金貨百五十枚の三割引きじゃから…金貨百五枚か。待てミエ。これでは仮に売れても儲けが出んぞ」

「そもそもなんでふが金貨百五十枚が百五枚になってもやっぱり庶民には手が出ない価格だと思いまふ」


口々に並べられる反論に、だがミエは胸を張ってこう返す。


「なら…?」

「「「はい…?」」」


ミエに言っていることがすぐには理解できず、一同が首を捻る。

ただ一人、ぎょっと目を剥いたアーリを除いて。


割賦かっぷ販売ですよ。金貨百五枚を一度に払うのは大変ですが、なら払える人は多いですよね?」

「あ……っ!」


愕然と、その場にいた皆はミエの言葉に驚愕する。


「庶民に分割払いさせるのかニャ!?」

「知っテルのかアーリ」

「ニャ! 商人同士で高額の取引をしたりした時に複数の決裁書に渡って代金を分割して支払ったりすることはあるニャ。でも庶民相手は聞いたことないニャー。実績がある商人とかならともかく庶民が最後まで代金を支払いきれるかどうか、その信用度とか返済能力を管理できないからニャ」

「うちにはがあります」

「ニャ……!」


アーリの追及にあっさりとそう告げるミエ。


「私達は街の為政者で、御用商人で、そして冷蔵庫の製造元です。相手がこの街の住人なら税金の納付具合でどれくらいの財政基盤なのかわかりますし、何らかの理由で仕事を辞めたりして経済的に困窮していた場合、それを察してこちらで職の斡旋をすることもできます。、分割で支払ってもらっても私達が取りはぐれることはまずありません」

「「「おおおー」」」


滔々と述べるミエの言葉に一同が感心する。


「で、その割賦販売とやらでこの街の住人が冷蔵庫を買ったとてそれでどうなるんじゃ。儲けが全然出ないではないか。まさかに庶民の暮らしを豊かにするために身銭を切るとでも言うのか?」

「いやー、正直そう言う側面もなくはないんですが…」

「おおい!」


ぽりぽりと頭を掻きながら正直に答えるミエにシャミルが前のめりにツッコミを入れる。

だがミエにとって冷蔵庫は一般家庭にあって当たり前の代物だった。

それが庶民に流通するために骨を折りたい気持ちがなくない。


「やだなー。ちゃんとメリットも考えてますってば。だってほら蓄熱池エガナレシルって量産しようとしたら性能が劣化するんですよね?」

「うむ。今と比べると耐用度が大幅に減る。何度も使えば再使用できなくなってしまうな」

「なら半永久的に使える高級な蓄熱池エガナレシルはまた別に少量作るとして、街の皆さんに売るのはその廉価版の方にしましょう。だって使えなくなったなら新しく蓄熱池エガナレシルを購入するしかないですよね? なのでその蓄熱池エガナレシルを売って商売しましょう」

「あ……!」


シャミルがに気づいて愕然とする。

冷蔵庫は冷蔵と蓄熱が同時にできる便利な代物で、使えばそれに慣れそれ前提の生活になるのは彼女でも十分に想像できた。


その蓄熱池エガナレシルが半永久的に再利用可能ではなく、それなりの頻度で交換が必要になったら?

当然ながら蓄熱池エガナレシルを購入するしかない。

一度利便性に浴した人型生物フェインミューブは、それ以前の生活には戻りたがらぬことを彼女はよく知っていた。


シャミルが錬金術師として求めていた完璧を諦め、大量生産する事によって浮き彫りとなる欠点は、むしろ恒常的に利益をもたらし続けるシステムに変換可能だとミエは言っているのだ。


「冷蔵庫自体で儲けが出なくても、冷蔵庫の維持にかかるコストで十分元は取れると考えます。これでも商売になりませんかね?」


本命の商品を定期的に売り続けるために、その大元となる商品を格安で提供する。

ミエの世界でもゲームソフトとそのソフトを動かすゲーム機本体などで行われている手法である。






ただそれを知らぬ者達は…分割払いという商法と並び、彼女の着想と発想に目を丸くして驚くこととなった。





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