第314話 魔狼出陣
「わ、私ですか…!?」
前族長ウッケ・ハヴシとの戦いの助力を頼まれたエモニモは困惑した声を上げた。
「俺ダケナラトモカク俺トゲルダノ二人ト合ワセルナラオ前ガ一番ダ」
「アタシともよく手合わせしてるしな」
「それはそうですが…ですが城の護りはどうするのですか!」
そう、今回の作戦で大将であるクラスクは相手の親玉であるクリューカを倒すためにリスクを取って城から外に出なければならぬ。
ワッフはオーク達の統括をするが元騎士団の衛兵達は彼の直下ではないし、特にオーク達は状況に応じて場外に出撃することも作戦に入っていた。
リーパグとキャスはシャミルと共にノームの村へと赴かねばならないし、これでエモニモまでいなくなれば城を守れる大将格がいなくなってしまうのだ。
「衛兵隊の副長のウレィムさんは?」
「彼女の実力は折り紙付きですがあまり人の上に立つタイプでは…」
「オークニモ強イ奴ハマダイルケド指揮ヲ任セラレル奴ツ-トナー」
ミエの言葉にエモニモとリーパグがそれぞれの意見を述べる。
「…そっちハドウにかすル。エモニモ、頼めルカ」
「村長殿…」
「アイツと戦う時ハお前トゲルダの方が都合がイイ」
「はい…?」
エモニモの怪訝そうな声にクラスクが少し言いにくそうに頭を掻く。
「
「それが…私とゲルダ…ゲルダ姉さんが行くとどうにかなるのですか?」
「なル。お前らが女ダからダ」
「あ……!」
その言葉でようやくエモニモも思い至り、ゲルダが如何にも嫌そうな顔で舌を出した。
この村で暮らし始めて麻痺しつつあるが、オークとは元来そうした生態だったはずだ。
前族長はその旧弊の象徴のような存在だったと聞く。
つまり自分達を夜の得物として戦力の勘定に数えずに受け入れる可能性が高い、と村長は言っているのである。
「…やる気でてきました」
「おう! あの野郎にゃ前からぶちかましてやりてえと思ってたんだ!」
「ムカツク奴ダガ、逆ニソレガ隙ニモナル」
ラオクィクが妻二人と視線をかわし、小さく肯いた。
「アイツハ女ガ戦力ニナルトハ微塵モ思ッテネエ。ソレヲ突ク!」
かくして…ウッケ・ハヴシの包囲網が引かれたのだ。
× × ×
「待テ!」
「族長カラ挑戦カラ逃ゲルナ!」
走る。
走る。
クラスクが前族長ウッケ・ハヴシの挑戦をラオクィクに任せその戦場からどんどん遠ざかってゆく。
ウッケ・ハヴシの取り巻きのオークどもが命令に従いクラスクを追う。
だがクラスクの足は異様に早く、彼らは見る間に置いて行かれた。
「クソ、弓ダ弓! コウナッタラ脚ダ! 脚ヲ射ロ!」
先刻まではなるべく傷つけずに捉えて彼らにとっての現族長ウッケ・ハヴシの前に引きずり出すつもりだったのだが、どうやらそれは叶わないらしい。
ならば脚を射抜き身動きが取れなくなったところを連れ帰り族長に止めだけいれてもらおう。
最悪死んでも仕方ない。
彼らはそう判断したようだ。
だがクラスクは気にしない。
多少弓で撃たれようが彼らと斧を交える時間の方がもったいないという判断のようだ。
そんな彼の背中目がけて矢の雨が降って…
「…来なイナ?」
背中に神経を巡らせて矢の気配を待ち受けていたクラスクは疑問に思って背後を振り向く。
…うわん、という何かが響いた。
それは高速で飛来する咆哮であった。
月が隠れるほどの大きな影が空より躍りかかり、クラスクを狙わんとしたオーク兵を前脚で叩き潰す。
同時に隣にいたオークをがぶぅと咥え、口の中で暴れるそれを地面を左右に振ってぐったりとさせると横にぺっと吐きだしすぐ隣にいたオークに叩きつけた。
「魔物!?」
「魔狼ダ! ナンデココn」
右に、左に。
爪で、そして牙で。
まるで手慣れた狩りでもするかのように瞬く間にその場にいたオーク達を殺戮したその巨大な狼は…月光の下きょろきょろと左右を見て、その後鼻を幾度かひくつかせた後てってって…と散歩にでも赴くような歩調でクラスクの方へと歩いて来た。
「コルキカ」
「ばう!」
「…ミエが寄こしタのカ」
「ばう!」
「助かル。乗ルゾ」
「ばう!」
尻尾を振りながらその場で伏せ状態となりクラスクを背中に乗せる。
「あっちダ。急げルカ」
「ばうん!」
そしてクラスクの指差した方角目指して前脚のひと蹴りで一気に速度を上げた。
走る。
走る。
闇の中を風を切りながら疾走する。
びょうびょうと耳元で音がする。
クラスクはコルキの背にしがみつき目的地を目指した。
「あの辺リカ…!」
少しだけ地面が盛り上がっている小さな丘。
そこがネッカやサフィナによって指示された目的地。
だがその手前には数十匹規模の地底軍が待ち構えていた。
敵の大将の護衛だろうか。
オークやゴブリンやコボルトだけではない。
オーガやトロルなどの巨人種もいる。
まともに戦っていては朝になってしまう。
また逃げられてしまう。
「ドうすル…?」
「うわんっ!」
クラスクが呟いた瞬間、コルキが吠え、そして大きく跳躍した。
高く、高く、空高く。
コルキはクラスクを乗せたまま大きく宙に舞った。
ただ如何に大きな跳躍であったとしても、それで彼らを一息に飛び越えられるほどではない。
ゆえにその巨体は、彼ら地底軍の兵どものただ中へと降り注いだ。
絶叫が響く。
断末魔の叫びが耳をつんざく。
斜め上空から重量と鋭い爪に潰され引き裂かれた、つい先瞬までオークだったものがその魔物の足元に紅く飛び散った。
突然の襲撃に驚いた地底軍は、脱兎のごとく隊列を抜けようとするその狼を押し留めんとした。
巨人族どもが盾となり壁となってコルキの前に立ちはだかる。
跳躍、着地、疾走、そして再び大きく飛び跳ねてそれを越えんとしたコルキは…だが巨人どもの振り回す棍棒によって阻まれ、戦場に落ちる。
くるん、と空中で態勢を整えて着地。
踏み潰されては叶わんと距離を取る
彼らにとってみれば今日は驚愕と想定外の連続であった。
なぜ大軍で村一つを蹴散らすだけと言われてきたのに城攻めになっているのだろう。
なぜ魔物がこんなところに出張ってくるのだろう、と。
唸り声を上げ周囲を威嚇したコルキは、なぜかその場でぐるんと一回転した。
まるで己の尻尾を獲物と勘違いして追いかける子犬のような所作である。
だが…彼が意図したものはそんな愛らしいものではなかった。
突然響く断末魔。
少し離れたところにいたゴブリンの脳天がかち割られている。
その頭頂部に突き刺さっているのは…杭。
鉄杭である。
そしてその鉄杭に結ばれている鎖は…じゃらじゃらじゃらりと伸びてコルキの首まで続いていた。
そう、それは鎖。
彼がクラスク家の前で繋がれている、飼い狼である証たる鎖。
コルキはあろうことか彼を繋ぎ止めるための鎖と鉄杭を、武器として用いたのである。
コルキが後ろ脚で立ち上がり大きく首を逸らす。
ただでさえ巨体な魔狼の身体が二本脚となることで一層巨大に見え、周囲の敵は怯え後ずさった。
だがそれは単なる威嚇ではない。
遠心力を利用して叩きつけた鉄杭とその犠牲者は、ちょうど鎖のぴんと伸び切った先にいる。
深々と鉄の杭が突き刺さった元ゴブリンたるその肉塊は、コルキが棹立ちとなった瞬間まるで鎖の先の鉄球が引き戻されるが如くぶわんと宙を吹き飛び、コルキ目がけて飛来した。
彼はそれを素早く伏せることでかわし、そのまま背後から己目がけて突撃してくる
弾ける肉片、飛び散る血飛沫。
突然視界が真っ赤になり混乱する
その一瞬の隙を逃さずコルキは大きく跳躍し、唸り声を上げながら斜め上から躍りかかる。
鈍く、そしておぞましい音が響いた。
地面に降り立ったその巨大な獣の牙と爪は血に
その狼はぐるんと大きくその身を翻し再び軍勢どもの方へと向き直る。
そしてその大仰な動きで自らの首に繋がっている鎖を引き戻し、戦場の中、彼を拘束すべくその鎖を掴もうとしたコボルトごと己の方へと飛び寄せた。
びゅおんという音と共にその魔狼の横を掠め無人の草原へと消える鎖と鉄杭。
彼の背後で何かカエルが潰された時のような断末魔が響く。
動揺と恐怖とが地底軍に広がる。
一体全体なぜこんなところに魔物が湧いてきているのだろうか。
なぜこの軍勢を見て逃げ出さずに襲い掛かって来たのだろうか。
そんな混乱ゆえ…彼らは、
当初その狼の上にオークが乗っていたことも、そして最初の襲撃以降彼がその狼の背から姿を消していることも気づくことができなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます