第292話 村のセキュリティ
〈
この呪文を唱えることにより一定範囲に魔術的な結界が張り巡らされ、その範囲内に何者かが立ち入った場合警戒音を鳴らしたり或いは術者の精神に直接知らせを届けたりする事でその侵入に気づくことができるといういわゆる防御術の一種である。
用途としては冒険者がダンジョンの一室にかけて安全に身体を休めたり、或いは宮廷で会議する際に盗賊などに盗み聞きされぬようにした用いられる。
この村は…それを魔具に込めた。
食事中の会話から魔導術にはそうした呪文があることを知ったクラスクが、ネッカに頼み試しに作ってもらったのだ。
できあがったそれは紋章の刻まれた石板だった。
簡単に言えばその石板の近く…30ウィーブル(約27m)以内を何者かが通過すればそれを知ることができる、といった魔具である。
ただしそのままでは到底運用に耐えるもんではない。
第一にどんな相手にでも反応してしまうから旅行者だろうと隊商だろうと誰であれ検知してしまうため敵襲を限定することができない。
第二に範囲が狭すぎる。
そこでクラスクとネッカはその石板の対象を限定することにした。
ある程度の面積を占めた相手がまとめて通過しないと反応しないようにしたのである。
例えば巨大なクリーチャー、或いは数十人規模の軍勢などだ。
そして第二の問題点を解決するために…それを量産した。
石板を合わせて16個、それぞれ東西南北の街道沿いのかなり遠方に、等間隔に4つずつ配置して地面に埋め、その警報を居館に設置した角笛を通して鳴らさせるようにしたのだ。
さらに居館の宮廷の中心部にある円卓…その中央に置かれた円い石板の四方の宝玉の輝きにより、どの方角からの襲撃かも特定できるようになっている。
これによりこの村に対し軍隊などが進軍してきたとき、見張り兵が目視するより早く察知し、注意を促すことができるようになった。
さらには初動を早くすることで森村や農作業従事者の避難も余裕を持って行うことが可能になったのだ。
無論穴は多い。
予算と制作期間の問題で数を用意できなかっためカバー範囲が街道沿いの120ウィーブル(約108m)ほどしかなく、街道を大きく避けて進軍してされたら検知できないし、相手が集団であっても例えばゾンビの大軍のように隊列を為さず三々五々に移動してくるような場合も素通ししてしまう。
また検知範囲は石板から広がる半球状…いわゆるドーム型のため、空を飛ぶクリーチャーなどにも無力だ。
だがその上で、クラスクは初動を少しでも万全にするためにその警報装置を造らせた。
そしてそれに頼ることなく見張り兵もしっかり置いた。
警報が鳴れば即座にその方角の見張りに確認させ、問題があるかどかを判断する。
そして敵襲だと判明すれば即座に避難マニュアルを発動させ、戦闘準備を整える。
すべて村を護るためである。
例えば王都、その王宮などにはこの手の魔術的セキュリティが施されていることは多い。
けれどこの規模の村で、ここまで魔術的防備に力を注いでいる村は皆無と言っていいだろう。
魔導師自体が希少なこともあるし、彼らの魔術のレパートリーの問題もある。
なにより魔具を造る予算が圧倒的に足りぬ。
だがこの村はそれをすべてクリアして…万全の用意を以て襲撃に備えていたのだ。
× × ×
「なんだ…なんだ、あれは…!?」
秘書官トゥーブは馬上で目を剥いてそう吠えた。
その視線は遥か先の一点に向け注がれている。
そこには…城があった。
オークごときが開いたというたかが田舎の小村如き、己の手駒たる紫焔騎士団第五騎士隊までの精鋭で無残にすり潰してやろうと意気揚々とやって来てみれば、そこにあったのは村ではなかった。
城だったのだ。
周囲を囲む石造りの見事な幕壁…その上には狭間付きの胸壁を備えた歩廊があり、四隅の防御塔からさらには監視用の見張り塔まで備わっている。
村への入り口は堅牢そうな門扉であり、既に跳ね橋が引き上げられていて固く閉ざされていた。
さらにその周囲には堀が張り巡らされなみなみと水を湛えており、攻城を一層困難にさせていた。
城壁の内側に尖塔が見える。
となれば城壁だけではない。
内側に居館があるということだろうか。
だがそれでは完全に城だ。
村の面影などどこにもないではないか。
背後の騎士達にも動揺が広がっている。
彼らはトゥーブの命で村攻めを言い渡されていた。
オークが建てたという薄汚い村を殲滅せよと言われていたのである。
それは平地に建てられた小村であり、村を守るものは木の柵程度。
遠出ではあるがこの規模の騎士団を動かせば半日もかからず蹂躙できると聞いていたのだ。
ところがいざ来てみればどうしたことだろう。
これでは反乱を企てる村の鎮圧ではない。
完全に城攻めではないか。
彼らは砦でもない小村を相手にすると言う事で攻城兵器などを一切用意してこなかった。
そうしたものを運べば重くなるし、行軍速度も落ちる。
この規模の騎士隊がいればそれだけでこと足りるはずの遠征だったのだ。
荷物はなるべく軽くして移動速度を上げ、相手が準備を整える前にとっとと蹴散らすのが一番早道でかつ有効な戦術だろう。
トゥーヴはそう考えたのだ。
もちろんその考えは間違っていない。
基本的には。
普通二ヶ月足らず…いや一か月半で村が城に生まれ変わろうなどと想定できるはずがないからだ。
「徴税吏の報告ではまだ積みかけの石が多少転がっている程度だったというではないか…! まさか嘘をついたというのか…?!」
いや、彼が嘘をつく意味がわからない。
仮にこの村で鼻薬を嗅がされて寝返ったとするなら報告の後逐電するなりこの村に逃げ込むはずで、王都への帰路に就くはずがないからだ。
彼のその後の行動を考えれば彼が目撃し報告した時点では確かにそうだったのだろう。
だが彼の言っていたことが正しかったとして、ならば今目の前にそびえている城との間の差分は一体なんだ?
この城を造る膨大な石はどこから調達した?
周囲には荒野と草原が広がるだけで岩場など
いや仮にこの量の石を調達できたとて、それを城壁として用いるには石を石材に加工しなければならないはずだ。
眼前にあるこの城ほどに整然と組み上げるには石材造りも、その積み方にも、相当な技術を要するはずだ。
はずなのだ。
それをオーク族がしてのけられるとは到底思えない。
そもそも地図上はこの辺りに大きな川はなかったはずだ。
ならばあの堀の水はどこから賄っているのだ?
どこからか川の水を引いて来たのか?
そんな治水技術がオークにあるはずがない。
仮にあったとてこの短期間に一体どうやって?
わからない。
一体何がどうなっているのかさっぱりわからない。
トゥーブは困惑し、混乱し、苛立たし気にその身を震わせた。
「ふざけるな…ふざけるな! たかがオーク風情が! こんなこと! ありえるはずがないのだ!!」
だがそのあり得ざる城が…今、まさに彼の前に
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます