第205話 発展クラスク村

「おお…レスレゥ、見てみろ、村が近づいて来たぞ。お前はこれ見るの初めてだろ?」

「わあ…!」


目的地に近づくにつれ、街道の左右の景色が変わってゆく。

遠くに村らしき建物の影、まっすぐそこに伸びてゆく街道。

そして左右には正方形に区切られた畑が視界の端まで広がっている。


正確には区切られた場所は全て畑というわけではない。

麦を植えている場所、羊や牛のいる牧草地、そして地面から生えている葉っぱ…おそらく根菜だろう。

それらが整然と碁盤の目のように配置されている。


「なんか綺麗でチュー…」

「混合農業って言うらしいぞ。俺も詳しくは知らんが」


クラスク村の混合農業は大きく分けて甜菜などの根菜、冬麦、牧草地と大豆等の豆類、そして夏麦などをそれぞれの畑ごとに時期をずらしてローテーションで回していく方式である。

牧草地は放牧地としても使われ多くの家畜を飼育し、また輪作の合間には移動用鶏舎を用いて土地の草取りと粗起こしと鶏糞による施肥を同時に賄っている。

麦の収穫量は肥料によって決まると言われるほど施肥は重要であり、この村の麦の育ちはだいぶ良さそうだ。


この世界の農法が主として二圃制なのに対してこの村の混合農業は四圃制であり、構造としてはかなり複雑なものとなる。


だが異なる作物を育てることで同種の作物への病害虫の蔓延を防ぎ、豆類を介することで根瘤を利用し窒素固定を図り土地の養分を回復させ連作障害を回避、さらに甜菜から砂糖を取り出した後の絞り粕を飼料とすることで冬季の家畜の安定した食糧源とし畜産の安定化と大規模化を実現させる…などその構造はかなり合理的であり、休耕地を挟まないこともあって従来の二圃制に比べで土地の利用率は格段に向上している。

聖職者たちによる祝福農法ほどではないにせよ、非常に効率的な農業方式と言えるだろう。


「…じゃあなんで他の村はこれをしないんでチュ?」

「んー…そりゃ瘴気法レイー・ニュートゥンがあるからなあ」


瘴気法とは主に人間族が制定した瘴気対策の法律である。

瘴気と人型生物は根本的に相容れず、従って瘴気に対抗するには全ての国家が足並みを揃えなければならない。


瘴気法レイー・ニュートゥンはそうした事情から複数の国家の協議によって策定されたいわゆるであり、大抵の場合各国が定めた国内法よりもう上位に位置する特殊な法である。


その瘴気法の中に瘴気開拓民に対する記述が存在する。

曰く自らの危険を顧みず瘴気の満ちた地に赴き、その鋤と鍬で瘴気を晴らす者は勇気ある英雄であり、その権利は断固として守らねばならない、というものだ。


結果として瘴気開拓民として土地を耕した者…後の地主達の『土地に対する権利』は強くなった。

無論彼らは魔物や魔族から自分達を庇護してくれるとしての領主…各地の貴族達…の存在がなければ己の土地を維持できないし、根本的には土地は神の物であり、神から王権を受けた国家の物である、という認識もある。

ゆえに納税などには皆協力的なことが多い。

だが一方で領主や国王の命令などで彼らの土地を奪ったり召し上げたり、或いは勝手に土地の配置替えをしたり、といったことは非常に難しいのだ。


自ら土地を持たぬ小作人たちにとって瘴気開拓は己の土地を手に入れる数少ない手段であり、応募があれば大挙して小作人どもが群がる。

そして時に人間同士で争って、また時にゴブリンやオーク共から身を守りながら土地を開拓してゆくする。


結果として…瘴気地帯を開拓して生まれた国は、大きさのまちまちな土地を所有する小さな地主が大量に発生することになる。


問題となるのは混合農業がミエの世界に於いて近代に誕生した大規模集約型農法である点だ。

細かい土地の区分けと綿密な管理、そして育てる作物の計画的な運用は、全ての土地が同一管理者の下で一括に管理されていなければ機能しない。

この世界の基本であるいわゆる小地主制ではこれを実現できないのである。


だがクラスク村のおいてはその成立当初から農地は全て村長の…引いては村自体の所有物であって、そこで働く農民は単なる『農作業に従事している労働者』に過ぎない。

本来これは村民の基礎となった、国に見放された棄民達に対する救済策だったのだが、この処置が予想以上に上手く機能した。


結果として移動用鶏舎とオークの怪力もあって瞬く間に荒地が開拓され、村の周囲には広大な計画農地が広がっていった。

その整然とした光景は美しさを感じさせる程であり、今やこの街道を通る商人や旅行者を存分に愉しませている。



「よぉし、ようやく到着だ! ふぃー、一時はどうなる事かと…」

「デは俺達はこれデ失礼する」

「あ、お疲れさまでした! イェーヴフさん!」

「あんたもな、フィモッスの旦那」


どうやら道中に色々世間話などをしたらしく、二人とも先刻よりだいぶ打ち解けたようだ。

馬に乗ったオーク兵達を先導しつつ、イェーヴフはフィモッスと別れた。


「さてと…着いたぞクラスク村!」


門番の兵士…屈強なオークども…に挨拶して南門をくぐる。

兵士は危険な相手を通さぬよう見張りをしているが、入るのに通行証が必要だったりはしないし関税も不要である。


「うわああああ…大きいでチュー!」


村の中の様子を見てレスレゥが瞳を輝かせた。

確かに以前より村は倍ほどにも大きくなっていた。

活気もあって常にざわめきと喧騒に満ちている。


そしてこの村のなにより大きな特徴が…オーク族である。


「サアイラッシャイイラッシャイ」

「肉クレ肉! アト酒ダ!」

「オ、見ナイ娘ダナ。オ付キ合イカラドウ? 俺働キ者!」

「コラ! 客人ヲ勝手ニナンパスルナ! …マズ出身国ヲ聞イテカラダ」

「オ前ズルイ! 職権乱用職権乱用!」


オーク達が店員として、客として、兵士として、そして住人として…当たり前のように闊歩しているのだ。

これは他の街では一切お目にかかる事の出来ない光景と言えるだろう。


「ほえええええええ…」


オーク族と言えば危険で獰猛で女にスケベな事をするばかりの種族だと聞かされていた鼠獣人の娘レスレゥは、感心と感嘆と妙な感動に包まれながら馬車の後部から村の光景を飽きもせずに眺めている。


…と、暫くして彼女は村の住人…といよりオーク達が、妙に愛想がいいことに気が付いた。


片手を上げて挨拶してきたり、ウィンクしたり、妙に筋肉を強調するポーズを取ったり…

一人などは手にした焼肉の串を彼女が物欲しそうに眺めていたら一本分けてくれたほどだ。

これは肉好きのオーク族として破格の優しさと言っていい。


「ンマーイ! レスレゥこの村の住人になるでチュ!」


肉串を頬張りながら感嘆の声を上げるレスレゥに、フィモッスが馬車の前部から声をかけた。


「まあそういう進路もあるなー」

「え? 冗談でチュよ冗談」

「いや冗談でなくだな…お前ならこの村の住人になって楽な暮らしができるかもしれんぞ」

「チュ?」


フィモッスの言葉が理解できず、レスレゥは眼をぱちくりさせる。


「さっきから村のオーク達がお前に妙に優しいだろ」

「チュウ」


確かに、と肉串をもむもむしながら頷く。


「ありゃあだよ。お前ナンパされてたんだ」

「チュー!?」


驚きのあまりつい肉串の串を噛み折ってしまう。


「べ、別の種族でチュよ…?」

「オーク族は女性の出生率が低すぎるんだと。異種族の女性大歓迎だとさ」

「レスレゥ歯が出てるでチュ…」

「そういうのより子孫が残せるかどうかのが重要だとさ」

「チュッ!?」


ぼっ、と真っ赤になったレスレゥは己の頬を抑えながらどぎまぎする。


「レ、レスレゥこんなにモテたの初めてでチュ…」

「はははそうだろうな」


なにせ鼠獣人は歯が出ている。

その上元となった動物から勝手に不潔で汚いというイメージがあり、獣人族の中でも少々評判の悪い種族なのだ。

特性的にはまめで物覚えがよく頭が回る、というなかなか優れたものを持っているのだが、これまた獣人族は商売人には向いていないという偏見のお陰でほぼ日の目を見ることがなく、むしろなまじ目端が利くため雑用などをさせると生意気で反抗的に見える、という悪循環があった。



「お、見えてきたぞ」



フィモッスに言われレスレゥが幌馬車の後部から身を乗り出し、馬車の前方に目を向ける。

そこには…この大きな村の規模から見てもさらに立派な商店が鎮座していた。





名を…アーリンツ商会という。





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