第191話 不可視の刃

敵の親玉らしき相手に猛然と迫るクラスクとキャス。

彼(?)はこちらを向いたまま足早に後ろに下がりつつ、剣の切っ先で己の前方に円を描く。


と、その円の中央から揺らめく光が大量に噴き出て二人の顔に纏わりついた。


「ナンダ!? 見エナイ! 消エナイ!」

「くっ! 〈光霊騒乱フリューウッミュー〉か…! クラスク殿慌てるな! 目眩ましだ! すぐに消える!」


腕で顔を覆いながらも突進を続ける二人。

だが…視界が開けたときには既に相手は草叢の中に消えていた。


「消えルノカ! ホントダ! 消えタ!」

「くそが、逃がしたか…!」


騎士隊長とは思えぬ言葉遣いで罵倒し、悔やむキャス。

だがクラスクはキョロキョロと左右を見回し、スッと目を細める。


「キャス。お前その馬大事カ」

「あ、ああ。当然だ。騎士にとって馬は命の次に大切なものだ…きゃっ!?」


返事を聞き終わる前に、クラスクは彼女を片腕で抱き寄せるとその勢いで馬を飛び降り、そのまま乗ってきたうまそうキートク・フクィルの尻を掌で叩く。


「行ケ!」

「ブビビン!」


驚いたうまそうキートク・フクィルは、慌てて走り出し藪の中に消えた。

同時に彼の後を追うようにキャスの愛馬、疾風ゼアロもまた走り去る。


「………ッ!!」


なにを…と問わずともキャスにもすぐにわかった。

何かが自分たち目がけて複数投擲され、大気を切り裂き迫るそれをクラスクに片腕で抱えられたまま細剣で打ち払う。


おそらく毒塗りの短剣。

それも広範囲にばらまくように放たれた。

自分達だけならその身を守れようが流石に騎乗している馬体全てをカバーするのは無理だ。

ゆえにクラスクは馬達を先に逃がしたのである。


地面を転がりながらキャスを抱く手を放すクラスク。

素早く半分回転して身を起こし、その勢いでそのまま走り出すキャス。


一瞬クラスクの腕の中が名残惜しいなどと考えてしまうがその動き自体に迷いは一切ない。

…いや、耳の先端だけは少し赤くなっていたけれど。


「そこぉ!」


投擲された音、短剣の広がり方、それらの情報から相手の居場所を逆算し己の背丈ほどの草叢の中に剣を突き入れる。

…が、手応えがない。


「これは…ッ!?」


一瞬躊躇したところに背後から空気を切り裂く音がする。

上体を捻り、風に舞う木の葉のように剣を返して闇に紛れた短剣をその風を切る音を頼りに打ち払った。


だが短剣が放たれたはずの場所に急ぎ踏み込んでもやはりその姿はない。


「なんダコイツ。ドコにイル!」


剣から斧に持ち替え威嚇するクラスクの隣に素早く戻り、肩を並べ小さく息を吐く。


「気を付けろ…これはかなりの使い手だぞ…!」

「ドウイウ事ダ」

「こいつ…呪文で姿を消している!」

「そんなこトデきるのカ! スゴイナ!」


斥候、探索、覗き見…或いは戦いに於ける初手の不意打ち。

姿を消す魔術と言うのは非常に便利で有用であり、多くの呪文が、魔術が研究されてきた。


例えば魔導術であれば自らの肉体の光の屈折率を操作する〈透明化ユロコポコンヴォ〉がそうだし、精霊魔術なら風の精霊を身に纏い消え失せる〈姿消しギャシアッヒレグ〉がそれに当たる。


いずれも比較的低レベルで修得可能な割に非常に強力な呪文だが…ひとつ問題点がある。

これらの呪文は本来隠密行動するのが目的なため、大きな動作をすると呪文が解けてしまうのだ。


その『大きな動作』には当然攻撃などの戦闘行動も含まれる。

ゆえに戦闘に於いてはその透明化の恩恵を存分に発揮できるのは初撃のみという制限があるのだ。


無論最初の一撃のみであっても姿を消して不意を打てるというメリットは絶大である。

特に相手の急所を狙い、初撃で相手の息の根を止める事を目的とした盗賊や暗殺者などが用いればその効果は計り知れない。

ゆえにそういった職業の連中が自らの特性を活かすため魔導師やら精霊使いやらにするということも十分あり得る。


今回の敵も、盗賊的な技量を持ちながら姿を消す魔術を併用して戦闘の補助をしているのだろう。

問題は…姿ということだ。


姿なき暗殺者サクミクル・アンベラフェなど、初めから目に見えない怪物もいるにはいるけれど、彼らは毒塗りの短刀を投擲するような知能や技術を持ち合わせてはいないはずだ。

そして魔術によって姿を消し続けているとするならば、より高度で強力な〈上位透明化ユロコポコンヴォ・クィルイカ〉や〈姿眩ましアムズェル〉といった呪文が必要になる。


だが…それらの魔術は高い練度の術師でなければ使いこなすことができない。

盗賊や暗殺者などが軽く寄り道できるレベルではないのだ。

そして高い練度の術師であれば、己の身を守るためわざわざ白兵戦などを好んで挑んでくるはずがない。



ゆえに…それらの呪文を使いこなし、それでいてなお盗賊のような戦い方でこちらに挑んでくるこの相手は、盗賊としても術師としても相当な手練れである…と考えられるのだ。



「わかっタ。気を付けル。ダガ…ドうしたらイイ?」

「相手はだ。音も消せない、気配も消せない。それを耳で、肌で感じて対応しろ!」

「実体アルノカ! なら殺せルナ!」


ウヒョー! ボーナスタイムだ! のような嬉しそうな顔をするクラスク。


「気軽に言ってくれるなあ」


などと皮肉を言いつつ同時に感心するキャス。

オーク族にとってとはすなわちと同義なのだ。

その戦闘に対する意欲と前向きさをこそこちらが見習うべきだろう。


「だがその通りだ。油断するな…よっ!」


全て言い終わらぬうちにキャスは上体をそのまま横倒しに地面に倒れかかる。

先瞬まで彼女の体のあった場所に目に見えぬ、だが何らかの大気を切り裂く鋭い一撃が放たれた。


微かな足音、そして空気の流れから背後よりの一撃。

そこまで耳と肌で感じ取ったキャスは地面に向かって倒れながらその身をねじり、背後足元めがけて突きを放った。


と、同時にクラスクがキャスと同じ己の後方、やや遠方めがけて上体をひねりながらぶうんと斧を振り回した。

おそらく彼女ほどに正確に相手の攻撃を見切ったわけではないだろう。

ただ背後に感じた気配に直観のみで攻撃を放ち、斧で薙ぎ払うことでその雑さをカバーしたのだ。


オーク族の、そしてクラスクのその戦いのセンスにほとほと感心するキャス。

だがこれはかわせまい。


今の一撃は武器の短剣の投擲などではない。

明らかになんらかの刺突武器によるものだ。



この距離、この一撃で、二人の攻撃のどちらかが当たらないなどと言うことは絶対にありえない…!



ごぎん、という鈍い音と共に何か堅いものに刃がめり込み、同時にみし、という音が響く。

キャスの手に痺れたような感覚が走り抜け、手にした細剣が大きくしなった。

まるで岩に突きを入れたかのような感覚である。


如何にエルフ造りの上質な剣とは言え細身の剣だ。

石に向かって撃ち放てば折れてもおかしくない。

キャスは母の形見を壊されてはたまらぬと慌てて手を引いた。


驚いたのはクラスクも同様である。

まるで岩を殴りつけたかのような重い感覚、弾かれる斧。


だが明らかにそれは目に見えぬ岩ではない。

だった。



背筋に走る戦慄と己の直観に従うならば、、だが同時に、ということになる。



「なんダコイツは!!」


驚きつつも同じ位置に留まらず走り出すクラスク。

地面に倒れかけていたキャスは、その勢いのまま回転し、草むらの中、地面すれすれを疾走しながらその上体を起こす。


「くそ…か! こいつ相当に厄介だぞ!!」





キャスが毒づくと同時に…再び大気を切り裂く毒の刃が四つ、彼女に襲い掛かった。




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