第178話 化粧の腕前

「しかしあれじゃな。この村の娘らも随分と見違えたものじゃ」


ラルゥをはじめとするこの村の元棄民の娘達…彼女たちはクラスク村流の風呂と化粧によって見違えるように美しくなっていた。

見た目が変わることで気分が変わり、周りの反応や態度が変わることで自分の変化を実感し、それがやがて自信へと繋がる。

その心の変化が彼女たちの見た目の美しさをより一層際立たせているのだ。


「そういやアタシも客に美人だの美しいだの言われてこそばゆかったな…」


ゲルダが少し照れながら鼻頭をコリと指で掻く。


「そりゃゲルダさんは美人ですもん」

「まあそうじゃな。化粧して洒落た格好をして黙っておる分にはな」

「おー…ゲルダびじん…」

「しれっと言うな恥ずかしんだっつーの!」


照れ隠しに対して素で褒めるミエや茶化すシャミルの頬をぐにーっと引っ張るゲルダ。

ただしサフィナにはやらない。

巨人族の血を引く彼女が下手にサフィナの頬を引っ張れば引きちぎりかねないとでも思ったのだろう。

ただ当のサフィナは自分だけ仲間外れにされたことがお気に召さなかったらしく頬を膨らませておかんむりのようだ。


「それでなんじゃ。美人自慢か。確かに巨躯と体の傷を置いておけば悪くない顔立ちじゃしな。巨女好きや傷痕フェチなどがおればたまらんかもしれん」

「だーかーらーそーゆー話じゃなくって!」


ばんと机を叩いて地震が如く揺らす。

もう少し強く叩いていたらそのまま机が折れて砕けて明朝店主夫妻に平身低頭し弁償しなければならないところであった。


だよ! ミエの化粧技術がすげえってハナシ!」

「ああ…そうじゃな。それは確かに」

「おー…ミエ化粧上手…」

「え? そ、そうですかね…」


ミエの言葉に一同がうんうんと頷く。

ゲルダやシャミルやサフィナらも、かつては彼女の化粧技術によって生まれ変わったように綺麗になって、その技術に感嘆したものだ。

蜂蜜酒も無論そうだが、あの『女性が化粧で美しくなる』という売りがなければクラスクの改革はもう少し遅れたまま旧族長との対決を迎える羽目になっていたことだろう。


「確かにミエの化粧の技量には驚嘆したな。今度うちのエモニモにもしてやってくれないか」

「ええっ!? いいんですか!?」


いかにも化粧慣れしていなさそうなあの副隊長の肌にいいように化粧を乗せて存分に見栄え良くさせてしまうだなどと絶対素敵なことになるに決まっている。

ミエはわくわくしながら瞳を輝かせた。


「しかしなんというか…意外ではあるな」

「意外? 何が意外だって?」


少しだけ眉を顰めながらのキャスの呟きにゲルダが反応する。


「うむ。こうなんというかミエの性格的を鑑みるにあまり化粧やお洒落に興味がなさそうなタイプに見えるんじゃがのう」

「あー、そりゃ確かに。こうすっぴんで本読んでるか畑耕してる方がそれっぽいな」

「そうじゃな。もしやしたら記憶を失う前のミエはそうしたことが好きだったのやもしれんが」

「おー…昔のミエはお洒落さん…?」

「そうだニャー。あれだけ多品種の化粧について造詣が深いニャンてそうとしか思えないニャ」

「あははははさぁーどうなんでしょうなにせ記憶にないものでー…」


やや棒読み気味に皆の追及をかわすミエ。

当然ながら記憶喪失でもなんでもない彼女は、自らが化粧技術を磨いた理由をしっかり覚えている。



ただ…それは決してお洒落の為ではなかった。



かつてのミエは病院暮らしが長かったけれど、体調がいい時には学校に通っていた時期もあった。

入退院を繰り返し、出席日数などはまるで足りなかったけれど、それでも仲良くしてくれる友人はいた。


だから…体調が少しよくなって、短い期間であっても再び学校に通えるとなった時、同じクラスの友達と会えるとわかった時、彼女は化粧について真剣に学び始めた。


以前会ったより確実にこけた頬。

青白い肌。

痩せた身体。

浮き出た骨。


そんなものを見せてしまえば、きっとみんなを心配させてしまう。

もちろん病人なのだし気を使ってくれるその優しさはとてもとても嬉しいのだけれど…


それでも彼女は、友人と話すときくらい病人として扱われたくなかったのだ。


だからミエは必死に化粧を学んだ。


肌の傷や凹みを隠したり。

蒼白だった肌の色つやをを良くしたり。

窪んだ目元をアイメイクで補ったり。


少しでも人並みに、少しでも綺麗に。




少しでも…友人と対等に笑い合えるために。




そんな想いで必死に学んだ化粧の技術が、まさかにこんなところで、それもこんな形で役に立とうだなどとは、流石のミエも夢にも思わなかったけれど。


「ま、まあ化粧の方は置いておいて、お店の方はどんな感じです? アーリさん」

「順調ニャ。店の商品は買い占めできないようになってるから大量に入手しようとしたらうちと商談して仕入れ側になるしかないニャ。ここ数日でもう商談希望の商人が千客万来ニャ」

「へー。それは凄いですね」

「ニャ。前から目を付けてた連中が向こうからのこのこやって来たからつい強引に勧誘してしまったニャ。鴨が香草背負ってフライパンの上で巣作り始めた感じニャ」

「ああこっちだとそういう言い方するんですね…って強引なんですか!?」

「強引ニャ」


ミエの驚いた表情を前に、真顔で頷くアーリ。


「なんでまたそんな…」

「ミエのやり方は間違ってニャイ。間違ってニャイけどのんびり過ぎるニャ」


アーリの言葉を聞いたキャスはすぐにピンときた。

この猫獣人はこの村のを務める気なのだと。


ミエやクラスクは独創的で優れた着想をするし強い意志や実行力もあるけれど、いかんせん悪意に脆そうな純粋さを内包している。

それをこの世界の汚さを、阿漕あこぎさを知る商売人である彼女が引き受けようと言うのだ。


キャスは自分も同じようなことを考えていただけに少しアーリの事を羨ましく想い、だが我に返って慌てて首を振った。


「旦那様、よろしいですか?」

「構わン」


念のためとミエがクラスクに話を振ると、彼はすぐに許諾する。


「アーリのやっテルこトハよくわからん。デもアーリのやルこトなら信用すル」

「それもそうですねー。じゃあOKということで」

「あっさり信用しすぎニャ! ちょっとは疑えニャ!?」

「? 村の不利益になるようなことをなさってるんですか?」

「うんニャ。そうじゃニャイけど…」

「じゃあいいじゃないですか」


ミエの返事にアーリの髭がへにょりと下りた。

言うだけ無駄だと悟ったのだろう。


その脇でゲルダとシャミルがさもありなんと頷き、サフィナがこくこくこくと真似をする。

そしてキャスは…アーリの肩に手をぽむと置いてうむうむと尤もらしく頷いた。

まるで「私だけはわかっているぞ」とでも言いたげに。


「なんにしテもミエの言う『オープン初日』から今日まデ皆ご苦労タッタ」


クラスクの言葉に皆が緊張を解き、どっと机に突っ伏す。


「いやあホント疲れた…店番とか向いてねえっつーの…」

「あらクエルタさんの話ですと宿で商人さん達から結構噂になってたそうですよ。護衛隊の美人店主!」

「やーめーてーくーれーよー! 手ェ上げねぇで人の相手すんのめっちゃ気ィ遣うんだからよぉー」


机の上に額を打ち付けじたじたと足掻く。

ゲルダにしては少々珍しい子供っぽい仕草である。

まあ周囲に響き渡る机の軋む音は少々剣呑ではあるけれど。


「そんなに…イヤですか…?」

「う……っ」


ミエの困ったような悲しそうな潤んだ瞳を前にたじろぐゲルダ。


「べ、別に嫌とは言ってねえだろ…」


根負けして頭を掻きながらそっぽを向くと、ミエが両手を合わせてぱああああ…と顔を輝かせる。


「ああこりゃいかん。勝ち目ないの」

「おー…ミエつよい…」


そんな村の者にとってはいつもの光景を眺めながら、机の端でキャスとアーリが言葉を交わす。


「しかし驚いたな今回のミエのやり口は。あれは商人のわざか?」

「商人というか…だニャ。でも村まるごとってのは聞いたことないニャ」

「そうか…」




二人が話題にしていたのはミエが称していた『オープン初日』…この村の付近の街道整備について皆を困惑させた彼女の発案についてである。



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