第163話 オークの若者
ミエはシャミルやアーリらと主に棄民…いやもう『村人』と言った方がいいだろうか…の元へ行き、彼らの扱いについて説明する。
「賃金…つまり畑仕事に対して金を払う、ということでしょうか?」
「はい。毎日のお仕事に対して、なるべく適正な価格でお支払いできるようにします。お店についてはこちらですぐに御用意いたしますので、日々の食事などはそちらで購って頂ければと」
話しを聞いた村人たちは目を丸くした。
オーク族の支配下となっていざ奴隷同然の暮らしが訪れるのか、いやそもそも奴隷にされるのは女性だけで男たちは適当に処分されてしまうのかと思っていたら、無料で美味しい食事が振る舞われ、さらにその後自分達を賃金労働者として雇うと言い出したのだ。
彼らはオーク族に対して…少なくともこの村に来た彼らに対して、重大なイメージの転換を迫られることとなった。
「後に控える収穫に対して事前に賃金でお支払いする形ですから申し訳ないですけど収穫物に関しては私達が戴いてしまいますけど…豊作になったらそれなりに賃金を割り増しするつもりですから」
ミエの言葉に誰ともなく平伏する村人たち。
そして彼女の背後で「これ余計なことを言うでない!」とか「そゆこと気軽に言うニャー!?」といった表情をしながら身振り手振りでミエを止めようとしているシャミルとアーリ。
もちろんミエが止まるはずもない。
「あ、あとそれと計画農地が思ったより広くなりそうで、皆さんだけですと手が足りなくなりそうなのでオークさん達にも手伝ってもらうことになりました。派遣するオークさん達については後日紹介させていただきますね」
ざわ、とざわめく村人たち。
そのほぼ全員が人間族である。
彼らにオーク族を警戒するなと言うのが無理な話だろう。
無論先刻オーク達の族長とは色々話をしたし、彼はとても魅力的で面白い人物ではあったけれど、だからと言ってそれですぐにオーク族そのものに対する恐怖が消え去るわけではないのだ。
「そんな心配なさらなくても大丈夫ですよ。
おお…とどよめく村人一同。
「それにもしオーク達に暴力を受けたとか迷惑を被ることがありましたら私か旦那様に仰ってください。こう…びし! って言ってやりますから!」
ミエの口調に村の女性達が驚いて目を丸くした。
オーク族と言えば女性に対する酷い扱いで有名なはずなのだが、なぜこの
ミエ達が去った…歩きながらシャミルとアーリに色々手刀でツッコミを入れられていたけれど…後、村人たちは口々に彼らの噂をした。
族長クラスク、その妻であるミエ。
食事を配給してくれたエルフの少女と巨人の娘。
やたら口うるさいノームの娘と猫の獣人。
そしてなぜかオーク達に協力している騎士達。
一体何がどうなっているのだろう。
その日は驚くことが多すぎて、彼らは何が正常かよくわからなくなっていた。
「あの…」
だから…つい。
つい、彼らの方から話しかけてしまったのだ。
荷物を運んでいる一匹の…いや一人のオークに。
「ナンダ?」
そのオークはすぐに返事をする。
背丈は族長程大きくもないが、かといって小さすぎるでもない。
いわゆる普通のオークだ。
ただしかなり若い。
この村に訪れているオーク達の中では最も若手かもしれない。
そして…村人たちから見て、彼の顔の造作は他のオークどもと比べ妙に親しみやすい気が、した。
それはおそらく彼の顔に他のオーク達に比べ表情があるためだろう。
オーク族は人間のように感情表現が豊かではないのだが、彼はその中では比較的心の機微が顔に現れる方のようだ。
それが人間族の目には親しみやすさに映ったのだろう。
「その…あの女性の方は一体…?」
「女性? サッキココニイタ
「その…私達に色々話をしてくれていた…」
「アア、ミエノアネゴカ」
「ミエの、アネゴ…?」
「ソウダ」
そのオークはこくんと頷く。
村人たちは皆怪訝そうに首を傾けた。
『アネゴ』などという単語は彼らの語彙にはなかったからだ。
「アネゴというのは…?」
「ンー…ソウダナ。ギンニムダト少シ違ウガ、オークノ言葉ダト『ボス』トカ『親分』ッテ言葉ハ基本男ニシカ使ワナイ。女ガソウイウ地位ニ着クコトガ今マデナカッタカラダ」
そのオークの説明はクラスク程ではないが流暢で、そして彼よりも丁寧だった。
難しい共通語もスラスラと使いこなすオークに村人たちは瞠目したが、彼の言葉に納得の意を示すため頷いた。
「ケドミエノアネゴハソウイウコトヲシテノケタ。色々トシテノケタ。村中ノ女達ヲミンナドビッキリ綺麗ニシテ、オークノ嫁ニシチマッタ。スゴイ。デモ女ノ凄イ奴ヲ呼ブ言葉オーク語ニナイ。ダカラミエ・アネゴガ教エテクレタ。アネゴハスゴイ女ヲ呼ブ言葉ダ」
「「「なるほどー…」」」
妙な誤解と共に人間族にまでアネゴ呼びが浸透した瞬間である。
「ン、ナンカ呼バレテル。俺ハモウ行クゾ」
「ああ、有難うございます」
村の者が丁寧に頭を下げると、そのオークもまたぶん、と大ぶりな辞儀を返した。
そして地面に置いた荷物を再び抱えて立ち去ろうとする。
「あの…よろしかったらお名前を伺っても?」
「イェーヴフ、ダ」
言葉短にそのオークの若者は答え、そのまま去っていった。
まだ…彼が村の若者の一人に過ぎなかった頃の話である。
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