第85話 アイツと俺の違うトコ


(ミエが俺に力をくれタ…!)



もりもりと力が湧いてくる。

なんでもできる気がしてくる。


ミエに家から送り出されるたびに感じるあの感覚、それが全身に行き渡る。


(ダガ足りネエ! それダケじゃ足りネエ! 俺ガ! そのハ俺ガやらなきゃならネエンダ…ッ!)



先程のあの動き…

確かに凄まじかったが、あれはきっと回避にしか使えない。



守っているばかりでは勝てない。

なにせ地力が違うのだ。

長丁場になればなるほど場馴れした相手の方が有利となるだろう。



(オイオイ…なら一体俺ノ有利ハドコにあルんダヨ)



そこまで考え差して…クラスクは眼が光った。

何か思いついたのだ。


(ソウダ…有利、有利ダ…!)


考えろ。

考えろ。


自分がアイツより有利な部分はなんだ?

自分がアイツに勝っているところはどこだ?


考えろ。

考えろ。


アイツが自分に劣る部分はなんだ?

アイツが自分に比べて足りてないところはあるか?


考えろ。

考えろ。


そうだ考えろ。

必死に、躍起に、ひたすらに。

アイツより俺が上回っているを地べたを這いずってでも探し出せ……ッ!




(ア……!)




唐突に、気づいた。


が、答えだったのだ。

それ自体が、ウッケ・ハヴシとクラスクの最大の違い、そしてクラスクが決定的に勝っていることだった。




それは…考えること。

それは悩むこと。




昨日より良い今日にすること。

今日より良い明日にとすること。


そのために四苦八苦して、試行錯誤して、上手くいかないこともあって、それでも諦めず前に進もうとすること。




今を、そして未来を変えようとすると、それを為さんとする




それこそがミエと共に手にしたクラスクの最大の長所…そして美点だった。



ウッケ・ハヴシにはそれがない。

彼の主義主張では決してそれは持ち得ない。


なぜなら彼の腕力と実力があれば、暴力と略奪にまみれた旧態依然たるオークの暮らしが一番都合がいいからだ。

オーク族は昔からずっとずと戦争と戦乱の中に生きて来た。だからこれからもそうであるべきなのだ、というのが彼の主張なのだから。


弱き者から奪うべきだ。

強き者が全てを手にするべきだ。


それが彼のであり、である。


変化を嫌い、何も変えたがらない。

旧来のオーク族の暮らしに於いて既得権益を最も得ている彼にとって、こそが最も有利で、有効で、そして絶対の掟なのだ。



…それは彼が勝ち続けている限り問題とはならぬのだろう。



だがいつか人間たちが本腰を入れて攻めてくるかもしれない。

彼よりも強い剣士や騎士がやってくるかもしれない。

わけのわからぬまじないをかけてくるどもが押し寄せて来るかもしれない。


そして力の劣る相手に当たり前のように勝利し続けてきた彼は…

己より力の勝る相手を前にしたとき、きっと当たり前のように敗北するのだろう。


『信じられない』…そんな表情を浮かべながら。



(俺ハ御免ダゼ…そんなアンタト心中すルのは…!!)



族長がそれで野垂れ死ぬのは自業自得だ。

だがもしそうなれば村の連中が死ぬ。

ラオも、ワッフも、リーパグも、ゲルダも、シャミルも、サフィナも死ぬ。




そしてなにより…ミエが死んでしまう。




(それダケは…絶対にさせネエ……ッ!!)


そうだ、相手の正体がオークの旧態依然というのなら。

これまでのオークにこだわっているなら。


ひとつだけ手がある。

試してみるべき価値のある手がある。


クラスクはずず、と上体を落とし、自分の身を遮蔽にするようにして斧を胸の下に隠す。

そして極端な前傾姿勢になった後…


「クラスクさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!」

「ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!」


ミエの応援を背に受けて…腰に差していた手斧を投擲すると同時に地を蹴り矢の如くウッケ・ハヴシへと肉薄した。



「馬鹿メ! 速サノ問題デハナイワ!」



クラスクの手斧は回転しながら小さく弧を描き、狙い過たずウッケ・ハヴシの首筋を狙う。

だがハヴシはそれをこともなげに大斧で打ち払い、さらに手首を返してその斧を真横からぶうんと振るってクラスクの頭部をかち割らんとした。


手斧の攻撃が当たればそれでよし、弾かれても少しはハヴシの大斧の一撃を遅らせることができれば…というのがクラスクの算段だったのだろうか。

だがハヴシの振るう大斧の勢いには一切衰えが感じられない。


当てがはずれたクラスクは横から迫る大斧への対処を早急に迫られることとなった。


ウッケ・ハヴシにとってその攻撃はルーチンワークのような安定性があった。

先程の奇妙な動きで相手が後ろか横に避ければそれでよし。

仮にそれより間合いを大きく詰めてきたとしても、こちらの斧を避けた時点で相手の戦斧が最も威力を発揮する間合いからは外れる。

気にすべきは戦斧の間合いのさらに内側に入られて手斧を使われることだが、その危惧も先瞬の攻防で消えた。



だからそれは絶対安心な一撃。

彼が同族と長年戦って手に入れた必殺の戦術。

決して負けない…彼の不敗のことわりだった。




その一撃を…クラスクは手にした≪刃避け≫のスキルを用いてかき消すようにかわした。




に。



「ッ!?」


確かにそこは想定していない。

想定していない…がそれは想定する意味がないからだ。

だってそんな位置、そんな角度ではではないか。

そんな攻撃を予期する意味があるのか?



そう…それこそが、ウッケ・ハヴシの、隙。

だから…だからクラスクは、そこで斧を



「ッ!!?」



斧を後方に放り捨て、その投擲の際の四肢のしなりを突進力に変え、地面すれすれを四足獣のように駆け迫るクラスクにウッケ・ハヴシは完全に虚を突かれた。

振り切った斧が空を穿ち、彼の態勢を僅かに崩す。


だが慌てることはない。

相手は自分の足元なのだ。

この低さなら蹴り一発で顎をかち割れる。

そして宙に舞った相手に、己に楯突く小生意気な若造に、今度こそを…!!




その足を上げる、一瞬。

その一瞬こそクラスクが求めていた千載一遇であった。




×        ×        ×




「旦那様~? きゃっ!?」

「ミエ…!」


暗がりの中で夫を探していたミエは、背後から迫ったクラスクに為すすべもなくお姫様抱っこをされてしまう。


「もぉ~どんどん手慣れてくるんですから…」

「ミエ驚くとバランス崩れル。その時踏ん張ってル足を払うト簡単ニデキル」


フンスーと鼻息荒くクラスクが自慢する。


「そんな、軸足を刈るみたいな…」

「? ジクアシ? なんの話ダ?」

「あいえなんでも…でこの後私どうなるんでしょう…?」

「ドウされると思ウ?」


少しだけ考えて、だが時刻的に結論はとっくに出ていて。

ミエは耳朶を赤く染めながら、クラスクの腕の中、上目遣いで夫を見上げ…


「…えーっと、きゃ~! ってされちゃうような、コト…?」

「正解!(ドタドタドタ」

「きゃ~~~~~~♪」


そして、そのまま寝室のお持ち帰りされた。




×        ×        ×




「ここオッ!」


クラスクを蹴り殺さん勢いで片足を放ったウッケ・ハヴシ。

だが大斧の一撃を完全に空振りさせたことで、その重量と遠心力とがほんの僅かだけ彼の重心を崩す。

踏ん張らんとハヴシが力を込めた足…を…



ぶうんっ、とハンマーのように振り回した腕でクラスクが刈り取った。



大きくバランスを崩したハヴシがもんどりうって倒れかかる。

だが彼も熟練の戦士である。

倒れながらも手首を返し、振り切ったはずの大斧を宙空で木の葉のように舞わせ、瞬時に逆方向から地面すれすれを薙ぎ払った。



…が、その一撃はむなしく空を切る。



「ッ!?」


わからない。

理解できない。

奴は確かにそこにいた。

さっきまで奴はそこにいたではないか…!!


ゆっくりと世界が回り、視点が縦から横になる。

村のオークどもが自分を見下ろしているというのはなんとも腹立たしい、が…?


いや。

見ていない。

誰も自分を見ていない。



観衆も、族長どもも、裁定者のゲヴィクルも、一体何処を見て…



「空、ダト…!?」



そう、クラスクは空にいた。

ハヴシの足を刈り、彼を後頭部から地面に叩きつけんとする勢いでその足を上に擲ったクラスクは、そのまま蛙のように己も飛び上がり、ハヴシの上空をったのだ。


慌てて反撃しようとするハヴシ。

だがオーク族が地上で暮らすようになってから頂上決闘は中天に開始するのが習わしで、ゆえに倒れ込んだハヴシから見て真上にいるクラスクは完全に太陽を背にしていた。



その影となった若者の肩越しから目映い陽光が降り注ぎ、ハヴシの眼を焼いた。



オーク族は本来闇の中に生きる者。

種族特性の≪暗視≫がその証拠である。

だが闇に適応しているがゆえに、彼らはかつて陽光への脆弱性を同時に併せ持っていた。

今地上で暮らしているオーク達は既にその脆弱性を克服しているけれど、それは長い地上暮らしによりなんとか適応したものであって、今でも日光は決して得意ではない。


陽光をまともに見て顔を顰め、目を閉じ、めまいを感じて呻くハヴシ。

無理に斧を振り戻した反動で、大斧が己の背中から逆方向へと抜けて、彼の腕の関節を逆に曲げ激しく痛めた。


(ソウダ、俺モ斧、ヲ…)


手放せば、まだ勝ちの目が…

そう思った瞬間、地面に倒れ込んだ彼の顔面に宙に舞ったクラスクの両膝が叩きつけられた。


鼻血を噴出し、苦悶の呻きを漏らすハヴシ。

その間にまるで当たり前のように彼の胸元に座り込むクラスク。

いわゆるマウントポジションである。


ここに来て遅まきながらウッケ・ハヴシもようやく気づく。

さっき手斧ハンドアクスを無駄に放ったのはだ。

もう手持ちが戦斧バトルアクスしかないと彼に思わせることで油断を誘った。


最初から使つもりだったのに、武器をあえて一つに絞ったことでハヴシの思考をそこに縫い留めた。







そう思わせることそのものが…

この若造…だったのだ。





クラスクはそのままハヴシの顔面を固く握った拳で一発、二発と殴りつける。

さらに力を込めたパンチを三発、四発、五発。


パンチの威力と、後頭部が地面に叩きつけられる衝撃。

脳天を揺らされつつなんとかそれを押し止めようと伸ばされたハヴシの手が震えている。

クラスクはそれをこともなげに振り払い、さらに六発、七発、八発……そして九発。




わなわなと震えていたハヴシの手がついにぱたりと落ちた。

ウッケ・ハヴシは…口から泡を噴いて気を失っていた。





「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~………………………」





大きく息を吐き、呼吸を整えたクラスクが、眼下のオークの様子を確認しながらゆっくりと立ち上がり、埃をはたきながらその視線をゲヴィクルに送る。

裁定者であることを一瞬忘れ、その決着を魅入っていたゲヴィクルは…慌てて我に返って頂上決闘の終結を告げた。



「勝負あり! 中森シヴリク・デキクル族頂上決闘の勝者! クラスク!!」







観衆の…オーク達の割れんばかりの歓声が、どっと天に響いた。






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