第63話 それぞれの事情~シャミルの場合(前編)~

「で次はわしと言うわけか。あまり大した話はできんぞ」


次の日はシャミルの当番と言うことで他三人が椅子に座りわくわくしながら耳を傾けている。


「オークに襲われ村は全滅、わしは捕まってこの村に連行されました。おしまい!」

「早い! 早すぎますよう!」

「もっとこう…いい感じに話を盛ってさあ」

「脚色してどうするか」


ミエとゲルダのツッコミを冷静に返すシャミル。

なんともつまらなそうな表情だ。


「でもすいません。そうですよね…この村にいる以上そういう方もいらっしゃるとは思ってましたけど…」

「ああ待て待てミエ、すまん少し言い方が悪かった。誤解を与えたままでは気分が悪いしの。もう少し詳しく説明せんとな」


しょんぼり消沈するミエを見て流石に悪いと思ったのかシャミルが態度を改め、椅子に座り直す。


「さて、お主らはノームの村を見たことがあるかの?」

「いえまったく。物知らずですいません…」

「アタシもねえな。街でノームを見かけたことはあったけど住処までは」

「おー…山とか丘の岩肌に扉がついてるやつ…?」

「おお、サフィナ、それで正解じゃ」

「「おおー」」


小首を傾げながら答えたサフィナにシャミルが頷き、ミエとゲルダが嘆声を上げる。


「よくできました! サフィナちゃん偉い!」

「偉いぞサフィナ。ハハハ!」


サフィナの頭をなでくりなでくりする二人。


「あの、いたい…」


二人の(というか、主にゲルダの)撫でくりに音を上げるサフィナ。

ミエとゲルダは慌ててサフィナから離れ、少女は己のぼさぼさになった髪を手指で撫でつけ無言で整える。


「悪ィ悪ィ。しかしよく知ってたなサフィナ。ノームの村に行った事あんのか?」


ゲルダの問いにふるふる、と首を振るサフィナ。


「絵本に、出てきたの。ノームのおうち…」

「絵本…? ふーんそりゃまた上等なもん知ってんなあ」


ゲルダの反応は淡白なものだったが、ミエとシャミルの方は違った。

ミエがシャミルの横にすすす、とやってきて小声で耳打ちする。


(シャミルさんシャミルさん。本ってその…ですかね)

(普通本とゆうたらそうじゃろ。魔術の本であれば〈転写イポックスクヴァクル〉の呪文などが用いられて複製を作っておるやもしれんが、普通の書籍ならば筆写よりその手の呪文の方が高くつくじゃろうしの。しかし絵本とはまた……)


ミエがまず気にしたのはこの世界に活版印刷があるかどうかだ。

だがシャミルの言を信じるなら一部を除き未だに手記と筆写が普通らしい。


(…ってことはもしかしてオリジナルだとしても写本だとしてもかなりお高いものなのでは?)

(まあそうなるな)


ミエの質問に憮然とした表情で頷くシャミル。

それはつまり…サフィナが相当のお嬢様なのではないか、という疑念に繋がる。


(う~ん。やっぱり実家のみなさんが探してたりするんですかねえ…)

(いいところの娘、ということに間違いはあるまいな。じゃがどちらかというと問題は…)


二人でそれぞれにサフィナの事情について思索を巡らせる。

ミエの立場としては全力で捜索などされているとそれはそれで少し困ることになるのだが。


「おいおい。黙ってないで続けろよー」

「おおすまんすまん」


だが今回の主役はあくまでシャミルである。

ゲルダに促されシャミルが話を続け、ミエが自分の席に戻った。


「そう、サフィナの言う通りノーム族の家は岩肌などに作られるんじゃ。出入口は地上に付けられるが住居自体は岩を掘った半地中にある」

「…意外と快適そうだな、それ」

「そうじゃな。地中の方が温度変化も起きにくいし、ま、暮らしやすいのは確かじゃの。夜目か効かん種族じゃと採光や光源に苦労するかもしれんが」


シャミルは身を乗り出しながら自分をじいと見つめるサフィナに軽く手を振り話を続ける。


「ノーム族は学問や発明を好む。様々な実験もな。他の種族からすると阿呆丸出しの発明も多いかもしれんが…」

「発明って具体的にどんなものですか?」

「可燃性の液体が入っておって相手に向かって投げ割ると燃え広がる火炎瓶とか、対不浄者アンデッド用の聖水放射器とか、そういう奴じゃな」

「すげーなそれ!」

「確かにそれはすごいですね…!(でも『あんでっど』ってなんだろう…?)」


ゲルダが素直に感嘆し、ミエも本気で驚いた。

この世界の科学技術は自分の世界よりだいぶ遅れているのではないか…などと思っていたのだが、少なくともノーム族に関しては考えを改める必要があるのかもしれない…などと思い直す。


「もっとも火炎瓶はすぐに瓶が割れて携行しておる本人が火ダルマになったり、聖水放射器はタンクの重量的に持ち運びができんかったり、まあ実用性を考えると色々問題だらけのものが多いがのう。ノーム族は発明自体は好きじゃが目当ては人を驚かせたり笑わせたりすることであってあまり生産性や実用性といったものに重きを置いてないでな」

「あー…」

「ヘェー。アタシは面白いと思うけどね」

「そりゃ有難い評価じゃな。実験好きどもに聞かせたら喜びそうじゃ」


ゲルダの言葉にシャミルは小さく嘆息し、を追憶する。


「あの日…ノームの発明家の一人が爆発事故を起こしてのう。自室兼研究室を吹き飛ばしたんじゃ。跳ね飛んだ扉が向かいの家の壁に突き刺さったそうじゃから相当の規模だったんじゃろうな」

「そん

 なに」

「ハハハいいなそれもっとやれ」


愕然とするミエと妙に受けたらしく手を叩きながら大笑するゲルダ、そして真っ青になってゲルダの足を掴みふるふるふると首を振るサフィナ。


「ああ大丈夫じゃ大丈夫。昔の話じゃよサフィナ」


サフィナを撫でて落ち着かせつつ、シャミルは目を細め追憶の先を続けた。


「ところが…その爆発の余波で部屋の奥にのう」

「穴…? さらに奥に部屋があったじゃなくてですか?」


ミエの素朴な問いに、シャミルは真剣な面持ちでこくりと頷く。




「うむ。家人がまったく想起も想定もしておらなんだ穴…との通路が開いてしまったのじゃ」





地底…

それはこの世界において、地上世界の住人を脅かす危険に満ちた場所。

闇の帳の向こうにある…恐怖の源泉である。




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