第60話 井戸端会議
「「「イドゥ・バー・タッカイギィ…?」」」
奇妙な単語にゲルダ、シャミル、サフィナが怪訝そうな顔で聞き返す。
「『イドバタカイギ』ですー。んー…直訳すると『
「確かにアタシらがいるのは井戸の横だけどよ。井戸でなんかすんのか? 水汲みで腕力を鍛えるとか?」
「ありません。井戸自体に特に意味は」
「あン?」
ミエの返答にゲルダがますますわけがわからんと眉根を顰める。
「えーっと私の国では…えー、うろ覚えなんですけどっ! 水汲みは女の仕事でですね。女性たちはみんな水を汲みに頻繁に井戸へ行ってたそうなんですよ」
「…そりゃまあ普通じゃね?」
体面上記憶喪失を装っているミエが、一応それっぽい台詞を添えながら話を続ける。
「それでみんな自然と井戸の周りに集まって…家の仕事をする女性同士で色々雑談したそうなんですよね。それで井戸端会議。要は女子会です。私達だと…婦人会ですかね?」
ミエの知識不足で同列に扱ってしまっているが、女子会と婦人会は本来まるで意味が違う。
…が、間違えている当人を含め誰一人それに気づかないため特に問題は生じなかった。
「ふむ、成程のう。それは案外理に叶っておるかもしれん」
シャミルが蔓を毟り終え、次の酒瓜を手に取った。
「個々の家の事情というものは放っておくと大概家庭内で完結し外に漏れぬものじゃ。閉鎖環境や閉塞状況じゃとそもそも自分が正しいのか誤っておるかの判断自体正常にできぬこともあるしの。じゃがそのような『他者と相談する場所』を設ければ他の者との会話で解法を導けるやもしれんし、そうでなくとも自分の家が他と違うことに気付ける契機となるやもしれん。あとは単純に他の家の事情ややり方を聞いて参考にすることもできるしのう」
「おー、流石シャミルさん。満点ハナマルです!」
「茶化すな。あとハナマルってなんじゃ」
瞳を輝かせ称賛しながら拍手するミエにシャミルがジト目でツッコむ。
「だいたいシャミルさんに言われちゃいましたけど、もし家庭の事情でお困りのことがあれば私に言っていただければ旦那様にも相談できますし…あとはあれですね、オーク達との種族の違いでどうしても出てくる不満点とか、そういったことを女性だけで語ってストレスを発散したりとか」
「あー成程、要は不満のはけ口を作ろうってことか」
「そうそう、それです」
ぽんと手を叩くゲルダ。
うんうん、と相槌を打つミエ。
こくこく、と真似っこするサフィナ。
三人同時に酒瓜を毟り終えて次の瓜に手を伸ばす。
「あとこの方法だと他の家の御婦人方も参加しやすいと思うんですよね…」
「それは確かに。
「ハハ。あるある。あの野郎への文句なんざグロス単位であるぜ」
シャミルの言葉を受けてゲルダが牙が如き犬歯を剥き出しにしながら笑う。
「まアタシの場合は面と向かって直接言っちまうわけだが」
「成長しとらんのう」
「してるわっ! 全部じゃねえけどちゃんとアイツの言ってる悪口の意味が分かるようになったかんな! あとそれがムカつくならぎったんぎったんにできるようにもなったぜ! ま反撃も山ほど喰らっちまうんだけどな! アッハッハ!」
「成長の方向が捻じ曲がっとりゃあせんか」
ムキになって反論するゲルダにシャミルがあきれ顔で返す。
「あとはこっちもオーク語で罵倒できるようになったからアイツも場合によっちゃ本気で怒るようになってよー。ほれほれ、コレコレ。あとはこの傷とかさー」
「ええい傷痕をこれみよがしに見せるでないっ!」
いかにも最近ついたと思しき脇腹の生傷を見せびらかすゲルダと本気で嫌がるシャミル。
「きゅう…」
…そして真っ青になってぱたんと倒れるサフィナ
「こら、サフィナちゃんが卒倒しちゃってるじゃないですか! あんまり痛そうなのはダ・メ・で・す!」
「ヘーイわかりましたミエのアネゴ」
「こいつはすまんのうミエ・アネゴ」
「その言い方止めてくださいません?!」
オーク達が最近よく使うようになったミエの呼び方。
おそらくこの世界のオーク族としては初めての女性に対する尊称である。
ゲルダもシャミルもそれを知ってからかっているのだ。
「サフィナちゃん、大丈夫? サフィナ?」
「んー…あさ…?」
目をごしごしとこすりながら上体を起こすサフィナ。
しばらく目を
サフィナはきょろきょろとゲルダ・シャミル・ミエの三人を交互に見、そそくさとミエの背中に回ってその腕の隙間からゲルダを非難めいた眼でじいと見つめる。
「ほらサフィナちゃん怒らせちゃったじゃないですかー。こういうこともあるから女性同士でもお互いのすり合わせって大事だと思うんです。その…何が許容出来て何ができないかって、たぶん種族によって色々違うでしょうから」
そう言いながらミエはサフィナの頭を軽く撫でる。
サフィナは気持ちよさそうに喉を鳴らしすりすりと頭をすりつけてきた。
「例えば私達だって、お互い知らないことだらけじゃありません?」
「…それはなんじゃ。これを機会に身の上話でもしろという圧か」
「圧て…別に強制するつもりはないですけど…」
シャミルの言葉に少しだけ困ったような笑うミエ。
「でも一緒に何かを頑張ろうって人の事は、お互い色々知りたくなりません?」
「そういう話であればワシはお主のことが一番知りたいがのう」
「(ぎくっ)」
「記憶喪失なんじゃろ?」
「ハイ…すいません」
知識もあって頭の回転も速いシャミルである。
自分の記憶喪失がただの嘘であることなど当に気づいているかもしれない…などとミエは思ったが、少なくとも彼女は今はそれを指摘し
それが彼女の気遣いなのかそれとも何か別の意図があるからなのかはわからないけれど、ミエは心の中でシャミルに手を合わせた。
「やれやれ…わしはあまり気が進まんのじゃがのう」
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