第52話 自己紹介
「えっと、皆さんこんばんわ」
風呂から上がり日も暮れて、すっかり宵の口。
クラスクとミエが住んでいるその家には、彼女以外に現在三人の女性がいた。
ミエ、やけに大柄な女性、先日のエルフの少女、そして彼女よりさらに小柄な女性である。
「お互い何も知らないので、まず自己紹介しましょう」
大きさから見た目からまるで違う三人の女性…その多様性にミエは驚いたが、ここが異世界だと自分に言い聞かせ言葉を続ける。
「まず私から。名前はミエ。たぶん人間族? です。年齢は18…くらい?」
「なんでいちいち疑問形なんじゃ」
リーパグが連れてきた女性…クラスクに
あだ名通り本当に小さい。
ミエは一瞬子供かと疑ったほどである。
「ええと…その、実は昔のことを覚えていなくって…」
「記憶喪失か」
「あ、はいそれです」
さらっと難しい単語が出てきてミエは瞠目した。
ワッフのところのエルフの少女よりさらに一回り小さいのに、妙に口調も大人びている気がする。
「じゃあまずアタシから行こうかね」
ミエの言葉を受けて口を開いたのはラオクィクが連れてきた女性だ。
身長が2m近くもあって赤毛の癖毛、そして痛々しいほどの傷痕が全身に目立つ娘である。
とはいえその傷の大半は、現在赤い衣服で隠されているが。
「アタシはゲルダ。ハーフオーガさ。年は29」
「29! その割にはお若いですね…?」
「オーガは一応巨人族で寿命が長いんだ。つーてもアタシはハーフだからそんなでもないけどね。人間で言ったら…そうだな、
「ああ!」
ミエはぽんと手を叩いて得心した。
背の高さを別にすれば確かにそのあたりの年齢が一番しっくりくる見た目だったのだ。
「いやーこの前の決闘、家で聞いてたよ。奥の部屋に鎖で繋がれてたから直接見れなかったのは残念だけどねえ」
ニヤリと笑ったゲルダはミエの肩をばんばんと叩く。
「オークが嫁とか言い出す女がどんな奴かってずっと気になってたんだ! アンタだったのかーハハハハ!」
(痛っ! 痛っ! いーたーいーっ!!!)
凄まじい力で叩かれてミエは涙目になるが必死に堪える。
だが流石にゲルダの方が途中で気づいて手を止めた。
「おっと悪ぃ悪ぃ。久しぶりのシャバなもんでちょいと力加減がね」
「あ、いえ大丈夫です。あははは…」
これから襲い来るであろう前途多難を覚悟しつつ、ミエは肩を撫でながら力なく笑った。
「それでオーガっていうのは…どんな種族なんです?」
「んー? 巨人族の一種で、まあ人食い鬼だね」
「人食い!?」
「そうそう。人間とかエルフとかをバリバリーって食べちゃう奴」
牙が如き犬歯を剥き出しにしながら大袈裟に両手を掲げてがおー! と脅かすゲルダ。
ぶるる、と震え上がったエルフの少女がとてとてとミエの背中に隠れる。
そして彼女の腕を掴みながら顔の上半分だけそーっと出してゲルダを見上げ、視線が合うと慌てて首を引っ込めた。
「ハハハ冗談冗談! アタシゃハーフだからエルフなんて食べないし食べたこともないよ。安心しな!」
そう言われてエルフの少女がおずおずとミエの腕越しに再び顔を覗かせる。
「食べない? サフィナのこと食べない?」
「食べない食べない。約束する」
ニカっと歯を見せて笑うゲルダの言葉にほう、と安堵の溜息をつくエルフの娘…サフィナ。
ミエは彼女の頭を優しく撫でて落ち着かせた。
(でも人食い鬼とのハーフって…?)
一体どういう経緯でそんな人が生まれてくるのだろう。
人食いというならお嫁さんを食べてしまうのでは?
などとミエは素朴な疑問を抱く。
彼女にもう少し知識があればゲルダがハーフであることそのものに疑問を抱けたのかもしれないが、彼女はまだそこまでこの世界に詳しくない。
「じゃあ次はわしかね」
よ、と椅子に深く腰掛けた娘はかなりの小柄だった。
小柄と言うより本当に小さい。身長は1mあるかないかだろう。
クラスクが
髪は茶色で肌は白よりの薄褐色。瞳は宝石のように美しい青で、いかにも好奇心が強そうにくりくりと動いている。
「わしはシャミル。ノーム族じゃ。年は83」
「おば…っ!」
「誰がばあさんじゃ! ノーム族も人間族より長生きなんじゃよ! 年は…そうさね、人間で言ったら27…いや6くらいかの?」
「「「大人だ―!」」」
おおー、と他の三人が尊敬の眼差しを向ける。
彼女はわずかばかり自分の年にサバを読んでいるのだが、流石にそれに気づいた者はいなかった。
「他種族の間でも有名なんじゃが記憶喪失なら一応補足しておくかの。わしらノーム族は錬金術や学問が好きな種族でわしは学問の方がメインじゃった。とはいえ今こんな場所で落ちぶれとるところからわかる通り、あまり期待せんことじゃな」
「学問! それは助かりますっ!!」
「な、なんじゃなんじゃ!?」
シャミルの手をがっしと掴んでぶんぶん振りながらミエが瞳を輝かせた。
彼女がやろうとしていることにはとにもかくにもこの世界の知識が必須なのだから。
「じゃあ最後はサフィナちゃん!」
紹介を受けた少女…サフィナは身長120cm程度だろうか。
美しい金髪のロングヘアで、その髪は背中から腰のあたりまで伸びており、先端の方はゆるくウェーブがかかっている。
風呂に入れて化粧を施したことで本来の容貌が顕わになった彼女は、いずれは絶世の美女になりそうな雰囲気を醸しているけれど、現状ではまだ美しいというよりもむしろ愛らしい顔立ちだ
瞳は綺麗な翡翠色。先端の尖った耳は彼女の心の在り様とその機微を表しているのか、ぴんと斜め上に向いてぴこぴこと動いていた。
「あの、えっと、名前はサフィナ。エルフ族です。年は121…」
少し恥ずかしそうにぽつぽつと語るサフィナの言葉に、ミエはまたしても目を丸くして驚愕する。
「121ーっ?!」
「「若いな!?」」
「え?」
「「え?」」
自分と他二人の反応があまりに違っていて、ミエはこれまたカルチャーショックを受ける。
(え…? エルフ族ってそんなに長生きなんですか?)
すすす、とノーム族のシャミルの脇に移動してこっそり耳打ちするミエ。
(ウム。人間換算ならさしづめ15…いや16くらいかのう)
(それは…! それは確かに若いかも…?)
ごくりと唾を飲むミエ。
だが自らそう説明しながらも、シャミルは何か違和感のようなものを感じていた。
(この娘…サフィナじゃったか。仮に15・6だとしたら…逆に少し若すぎやせんかの…?)
120才と言えばエルフ族なら立派な成人である。
結婚していてもなんらおかしくはない。
だがそれにしてはシャミルの目から見てサフィナは容姿も外見も少々幼すぎるような印象を受けるのだ。
(じゃがここでわしらに嘘をつく意味がない。この娘はおそらく本当のことを言っておる。とするとどういうことじゃ。もしやしてじゃが…?)
むむむ、とサフィナを凝視しながら腕組みをして黙考に浸るシャミル。
ノーム族生来の好奇心が暴走しているようだ。
そんな彼女の視線を受けて、サフィナは恥ずかしそうに頬を染め汗を飛ばし俯いた。
(あ、可愛い)
(いかんこれ可愛いやつじゃ…)
(あちょっと食べたい)
風呂あがりかつ化粧の力もあり、元々美少女だったサフィナの見目麗しさは輝かんばかりであり、その恥ずかしがる様は他の三人を心を思わず浄化してしまう。
いや一人は少し別なものを刺激されていたが。
「えーっと、ともあれ互いに自己紹介も終わったことですし、改めて今日お集まりいただいた用件をお伝えします」
ミエは小さく咳払いすると…己の目的とその前提条件について話し始めた。
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