2-3 シュシュ
相間伊月のライブ自体は、そりゃあもう楽しかった。
所謂「最の高」というやつだ、と言ったら語彙力がなさすぎるが。それくらい、無我夢中になれたのだ。相間伊月の現場は初参戦だったが、可愛い曲も格好良いダンスナンバーも皆で盛り上がれる曲も……と、とにかく盛りだくさんだった。今までCDを買うだけだったが、ツアーがあればまた参加しようと、武蔵はひっそりと決めている。
でもまぁ、やはりと言うか何と言うか。
ライブが終わってしまえば現実がこんにちはする訳で、頭がぐるぐるとしてしまう。しかし、悩む中にも進むこともあった。まずは歌恋との次のデートを正式に決めたことだ。場所は武蔵が決め、この地域のオタク街と呼ばれている商店街にすることにした。「服を選んで欲しい」という建前だが、最終的にはアニメショップに寄り、「これが俺の趣味なんだ」と打ち明ける作戦だ。何よりも、歌恋に自分のことを打ち明けることが第一歩だろう。だから武蔵はその商店街に決めた。
あとは――理人のことだ。
あの時のやりとりがあってからというもの、理人のシスコンは少しだけ丸くなったような気がする。「負けないから」という宣言をする林檎にも口を挟まなかった(渋い顔はしていたが)し、林檎ガードが緩くなったような気がするのだ。
まぁ、まだ一週間しか経っていないから、いつまで持つかはわからないが。
とにかく、相間伊月のライブから一週間が経過した訳だ。歌恋とのデートの約束も今日である。歌恋とのデートからは二週間振りだが、これが近いのか遠いのかは武蔵にはよくわからない。でもあまり先延ばしにはできないと思ったから、今日にしたのだ。
「あっ、い、育田さん。こっちだぞ」
「え、あれ? 的井さん、随分早いですね。負けちゃいました……」
時刻は約束の十五分前。
前回のデートでは、十分前に着くいたがすでに歌恋が待っていた。だから今回は、意地でも歌恋より先に着きたいと思ったのだ。確か、二十分前には着いていただろうか? 流石に待ちすぎて緊張が増してしまった気がする。「こっちだぞ」と言う声が裏返ってしまって、若干恥ずかしい。
「いや、勝ち負けなんてないと思うぞ。と言うか、俺が人を待たせるのが苦手なだけだから、気にする……な……」
「? どうしました、的井さん?」
武蔵の言葉尻が不自然に途切れて、歌恋は不思議そうに小首を傾げた。
訊ねられた武蔵の視線は、歌恋の頭上――と言うかまぁ、見慣れぬ髪型に向いていた。学校でも髪を結った姿は見たことがないはず、なのに。今日の歌恋はポニーテールだった。ボーダーのトップスにデニムスカートという、夏を先取りしたような服装も何だか新鮮で、武蔵は思わずまじまじと見つめてしまう。
「か、髪型……。珍しいなと思ってな。それだけだ、悪い」
「ああ、なるほど。休日ではたまにポニテ……結ってるんですよ、えへへ、へーい」
もう良いですよね? と言わんばかりに視線を逸らしてくる歌恋。視線を逸らすと言うか、完全に横を向いてしまった。
でもそのせいで、武蔵はとある事実に気付いてしまう。
(……えっ)
何とか、声には出さなかった。しかし驚きを隠すことはできず、唖然としてしまう。
武蔵が見ているのは、歌恋の髪を結んでいるシュシュだ。一瞬、どこかで見たことがあるシュシュだな、とは思った。いやでもまさかそんな訳ないと思い込もうとしていた、のだが。
――ITUKI AIMA Live tour
確かにシュシュにはこう書かれているし、相間伊月のグッズにはシュシュもあった。武蔵は購入していないが、林檎は髪に、薫は手首に付けていたような記憶がある。
「あー、育田さん。突然の質問で悪いんだが」
「はい?」
「育田さんって、お兄さんがいたりするのか? それか、弟とか」
頭が錯乱した結果、「家族がくれたものだろう」と勝手に決め付ける。でも、そういえば先週、ライブ会場付近で歌恋を見かけたような……。
いやいや気のせいだと頭を振る武蔵に、歌恋は何でもないように言い放つ。
「いえいえ、いないですよ。一人っ子です。そういえば、的井さんはご兄弟いるんですか?」
「…………ん、あ、ああ、いないぞ。親父と、父方の祖父と祖母の四人暮らしだ」
思わず反応が遅れた上に、聞かれてもいない家族構成まで教えてしまった。
そんな武蔵を見て、歌恋は「ふふっ」と笑う。
武蔵は密かに、「意識してなければ普通の笑い方なんだけどなぁ」と思うのであった。
――じゃ、なくて。今は現実逃避をしている場合ではない。これはいったい、どういうことなのだろうか。
確かにあのシュシュは相間伊月のライブグッズだ。兄妹がいないとしたら親がアニソンファン……というのはやはり考えづらい。相間伊月のファン層はかなり若く、男女率も女性声優にしては女性率が高い方だ。
だからやはり、「歌恋自身が相間伊月のライブに参加していた」と考えるのが自然な訳で――。
「的井さん?」
考え込んでしまう武蔵に、歌恋の声がかかる。ようやく武蔵ははっとした。
「ああ、悪い。その……ちょっと寝不足で、ぼーっとしちまった」
二回目とはいえデートはデート。緊張で寝不足気味なのは事実のため、何も嘘は吐いていない。だから問題はないのだ、と思っていたら、何故か歌恋は照れ笑いを浮かべた。
「へーいです、へーい」
「え、何、どうした?」
「……私もですってことですっ。緊張しちゃってあまり眠れなくて。えへへへーい、です! さ、さあ、そろそろ行きましょうよ、的井さん!」
これには流石の武蔵も頭を抱えてしまった。これが天然爆弾というやつか。破壊力が半端じゃない。思わず顔がニヤけそうになってしまって、何とか平静を装う。
「そう、だな。育田さん、よろしく頼む」
こうして、武蔵と歌恋の二回目のデートが始まった。
色々と憶測はあるが、今は置いておいて。
まずは表向きの目的である洋服選びから始まるのであった。
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