第117話 一縷《イチル》の希望(急遽改稿しました)

「……さて、新しい体も手に入ったことじゃし。方舟はこぶねを起動させに行くとしよう」

「方舟? どういう意味だ」

 九龍の言葉に眉根をひそめる。

「ノアの方舟は知っておるか?」

「知るかそんなもん! それより、師範しはんから離れろ!」

 アイシャが怒鳴って遮るのだが、九龍は愉快だと笑うだけだ。

「もうわらわはケイではない。しかし、その怨嗟と悲痛に満ちた怒声が心地良いのう……。……ぐッ!」

「……!?」

 妲己は一瞬九龍の表情が辛そうにゆがんだのを見逃さなかった、しかし、それは一瞬だけだったが。

 ――まさか……?

 この時、妲己だっき一縷イチルの希望を掴んだと確信したが、今は明かせない。明かしたところで九龍はまず認めない。

「キリスト教の旧約聖書にある、滅亡を逃れた聖者の一族が造った舟のことだな。破壊されたバベルの塔のような逸話でしかないと思っていたがな」

 西洋で伝えられる伝説だとアーサーはいう。人間の傲慢をいさめるための伝説に過ぎないはずなのだが、九龍は沈痛な面持ちをして首を横に振る。

「あれは我らの事をモチーフにして書かれたものじゃ……」

「確かに合致するがな……」

 太公望が頷くのだが、九龍がしたいのはそこではない。

「あの遺跡は特別でな。文字通りの方舟となるようになっておる。……空中要塞になるようにな」

「おい、まて!? あの遺跡は空中に浮かべるのか? 俺の時代の技術でさえも人工物をまともに飛ばせないんだぞ?」

 九龍の発言には太公望が動揺を隠せなかった。大質量の人工物を空を飛ばすというのにはそのための技術や揚力を得るための設計が必須だ。

 妖怪変化や宝貝パオペイによって空は飛べるが、原理が不明であり、いつまでも不明な原理に頼れないというのがあったからだ。

「あの方舟はお前たちの言う宝貝を駆使して作り上げたものじゃ。起動させ、人類を洗い流し、我ら龍がふたたびこの世界の覇者となる」

「……ノアの方舟の再現か」

 アーサーが吐き捨てるようにつぶやいた。

「お前たちはここで人類が滅亡する様を見ておれ」

 と、九龍が手を掲げると衝撃波のようなものが放たれる。

「ッ!」

 それはその場にいた全員の意識を削り取る。そして――。

「……師範ッ!」

 早く目覚めたのは目覚めたのはアイシャだった。

「クソッ! ケイちゃん……」

 次に目覚めた太公望は拳をたたきつけている。まだ体は動かせるが、状況についていけない。

 ズーハン、フェイ、メイズ、ブオはまだ眠ったままだ。

「いや、太公望、それについてはまだ希望はある」 

「?」

 妲己の言葉に目覚めている全員が眉根を寄せた。

「九龍が依代ヨリシロとして人の体を欲した理由だが、おおよその察しはついた」

「それは、本当か……?」

 白目をむいていたハオが目覚め口を開いた。謀られた意趣返しになるならと思っているからだろうか。


「予測ではあるがな。予測通りならば、それが九龍を止めるための希望となる――」


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