第82話 偽の京の正体

「初めまして、銃如拳チョンルーチェィンの老師のメイズといいます。私だけでなく妲己様とズーハンさんを助けていただきありがとうございます!」

 部屋から出るなり、メイズは京にお辞儀をする。妲己とズーハンはまだ眠っているようだった。

「あ、初めまして。なにかこう妲己の仲間とは思えない感じがするんだけど……」

 京はハキハキと元気に挨拶をするメイズを見て面食らっていた。妲己やズーハンを見ているのでどうにも違和感があったのだ。

「おう、よろしくな。銃如拳って聞いたことねェんだけど。どんな功夫なんだ?」

「まだ新しい功夫なんですよ。西洋の銃のような連撃が特徴ですッ!」

 アイシャがメイズの流派について訊ねるとメイズは嬉々として聞いてくる。

「げ、元気な奴だよな……」

「あなたたちも功夫老師とそのお弟子さんですよね、流派はなんでしょうか!?」

 アイシャは気押されているのだが、メイズは気に留めずハキハキとした口調で訊ねるのだが、

「あァ、私は極陽拳の老師の京でこっちは弟子のアイシャ――」


「ぎゃああああッ!」


 京が自己紹介しているといきなりメイズの大声が部屋に響き渡る。鍛錬を重ねた天然仙人でもあるのだから、鼓膜が破れるかと思うほどだ。

「ッ!」

 二人はあまりの大声に耳をふさいでいた。

「む、何事かッ!」

 大声を聞いたヤンが駆けつけてきた。全力疾走してもなお息を切らさないその姿は並み居るキョンシーを槍で薙ぎ払ったことも納得である。

「えっと……、もしかしてなくてもあの京老師です?」

 突如メイズの声のトーンが下がる。

「そうだけど……、あ!?」

 京は手をポンと叩く、思い当たるフシがあった。

「もしかしてなくても、私の偽者ってあなた?」

 噂で聞いた偽物を名乗っていた女がいたのを思い出した、

「すみません、すみません! お腹が空いてて、マニアの中では密かに有名だった京老師の名前を……」

 メイズはひたすら頭を下げて京に平謝り。さらには京の老師としての名前は意外に知られていたようだ。

「京様の名前を騙るとは何たる無礼か! 無礼者め、そこに直れいッ!」

「まァまァ。人を助けてたみたいだし、あまり叱らないでおきましょ?」

 ヤンが怒鳴りつけてしまうのだが、なだめようと京が間に割って入った。

「止めて下さるな京様ッ。皇族を騙るなど言語道断!」

「今の師範センセイは一応皇族じゃねェし、騙られた本人も問題ないっていってんだしいいんじゃねェの?」

 怒りで熱くなるヤンにアイシャが冷や水をぶっかけた。一応ではあるが、京は皇族ではないとしてある。とはいえヤンからすれば娘を騙られたようなものだから、怒り心頭になるのも無理はないのだが。

「……。いや、熱くなりすぎた。すまぬなメイズとやら」

「すッ、すみません……」

 メイズはすっかり怯えきってしまったようだ。

「私みたいにほぼ引きこもってもまともに生活できたのは運が良かったからだし。あまり責めないでほしいのよ」

「ありがとうございます! ありがとうございますッッ!」

 メイズはまた頭を下げ始めたのだが、

「実は妲己様とズーハンさんと一緒に京老師の名前で人助けをしていたのです」

「妲己とズーハンも一緒にやってたのかよ。で、具体的には何をやってたんだ?」

 アイシャは軽く眩暈を覚えつつも訊ねる事にする。

「旅先で絡繰兵や盗賊を退治したり、農作業を手伝ったりしてました」

「ふむ、京様の名前を騙っていたのはどうかと思うのじゃが。感心感心」

 ヤンがメイズたちが悪事を働いていた訳ではないと分かり、しきりに感心していた。

「妲己様とズーハンさんは、戦役の影響とその現状を身近に知ることができたとおっしゃってました」

「いい奴だったんだな」

 スーを救ってくれた時に見せた妲己の顔は偽りではなかったとアイシャは微笑んでいた。

「そっか、ズーハンもいろいろ学んだみたいね」

「はい、ズーハンさん最初は理解できないって連呼してたし、嫌われてたんですけどね」

 ズーハンの様子にメイズは首を傾げていた。

「あー……、なるほどねェ」

 ――無自覚すぎんでしょ。

 京は肩を竦める。メイズは人懐っこいが、悪く言えば馴れ馴れしい女であり、妲己を慕ってるズーハンからすればかなり面倒だったに違いない。

「でも、かわいいところあるんですよ」

「おい」

 アイシャがメイズに声を掛ける。

「一緒に訓練に付き合ってくれたり、私の料理も食べてくれたり――」

「いや、後ろ」

 アイシャがメイズに後ろを見ろといった。

「え? あ……!」

「……」

 メイズが後ろを向くと回復して目覚めたズーハンが顔を赤くして震えていた。そして無言で拳を振り下ろす、無論これが照れ隠しなのは明白だったが。

「ぎゃーッ!」

 メイズは痛みでのたうち回っていた。

「あはは、仲良きことは良いこと成り、かしらね……」

 京は苦笑していたが。

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