第36話 反作用

「ズーハン、邪魔をしに来たのかよ!」

「違います」

 アイシャが叫ぶが、ズーハンはアイシャの方を振り向かずそれを否定した。

「なんだ貴様は! 邪魔をするならば、この宝貝の稲妻で切り裂いてくれる!」

「姿を消せるという《霊》であることの戦術上のメリットを全く生かさないのは、愚の極み……。数百年、この地に縛られているうちに思考が劣化したようですね」

 《霊》が威勢よく叫ぶのだが、ズーハンは嘲笑した。  

「ハハハハ! 貴様ら只人など、わざわざ姿を消さずとも戦える、それに無尽蔵の兵力もある。我が策が破れる要素は皆無ッ!」

 しかし、ズーハンは《霊》を無視し、視線だけは京に向ける。

「京、下がってください。技を使っていないならば、まだ反作用は弱いはず」

「……」

 ズーハンが下がるように言うと、京は無言で頷きズーハンの後ろに下がる。ズーハンの言う反作用が体の負担になっているようだった。

「では、消滅する準備はできましたか?」

 ズーハンが呼吸を整える。そして――

岩砕刀イェンスイダオ……!」

 ズーハンが繰り出したのは名前通りの鋭い手刀だ。それは陰の《氣》を纏っている。

「ハッ!」

「ば、馬鹿な……ッ!」

 刃の如く鋭いズーハンの手刀が《霊》に振り下ろされ、一気に切り裂いた。

「そんな、殷再興の悲願が……! 無に帰され――」

「理から外れた死者の《霊》は消え去るべきです」

 ズーハンは《霊》の断末魔を容赦なく切り捨てる、それは目の前で披露した岩砕刀の如くだ。

「くそォ、くそォォォォォ……!」

 《霊》は苦しみでもがくのだが、すでにその姿は消え去ってしまっていた。

「京殿の知り合いのようだが……。何者か教えてはもらえないだろうか?」

 陣が訊ねたのは、この場がただならぬ雰囲気に支配されているからだ。

「私はズ――」

「ズーハンだ。絡繰の」

 アイシャが話に割って入りその素性を話すと、陣も得心がいった顔をした。

「絡繰のズーハン……ッ! ヤン将軍の報告にあった、人に近き絡繰かッ!」

「その通りです」

 お辞儀をしたのだが、アイシャは警戒したままだ。無理もないのだが。

「邪魔するどころか何でババアに加勢したんだよ?」

「……京、いえ、京だけでなくほとんどのヒトは極陰拳の陰の《氣》は身体に多大な負担をかけてしまいます。それは仙人も例外ではない」

「何だとッ!」

 アイシャが驚きで目を見開く。それは元は一つだった極陰拳が廃れた理由に違いなかった。

 迂闊に使えば死ぬことすらありうる技など廃れるのが常だ。

「まだ聞いてないことが――」

「あなたでも、京がなぜ極陰拳の技を修めているのかを推測する知恵はあるしょう?」 

 ズーハンが先回りして考えろと言う。元は一つの流派であり師範である錬も型だけは修めてはいたのだろう、そして京は一時的ではあったものの妲己に師事したことがある。

「……なるほど、教えてもらってたって事か」

「ははは……。まァ、ここで使う事になるとは思ってなかったけど」

 ようやく回復した京は苦笑い。

「腹は立つが、礼はいっておく。ババアを助けてくれて、ありがとう」

「……」

 それを聞いたズーハンは珍しく感情を見せたようで目を丸くしている。

「なんだよ?」

「いえ、強い敵疑心を抱かれていたあなたにまともな礼を言われるとは思っていなかったので」

 ズーハンが皮肉を飛ばしてきた。やはりというかいがみ合う者同士、簡単に打ち解けそうにはない。

「てめェ……」

 アイシャは拳を握るのだが、ズーハンは無視して。

「妲己様の本願のため、死なれては困ります。あァ、この遺跡は好きにして下さい。あなたがたがこの技術を再利用できるならば――、ですが。それでは、また」

 そうしてズーハンは去っていった、最後まで皮肉は忘れなかったが。

「帰還する。まずは傷を癒さねばな……」

「わかった……。おぶってくぜ、ババア」

 京は頷き、アイシャに背負わようとするのだが、

「いや、ここは軍人である私が」

 陣が申し出る、アイシャの疲労の色が濃い。ありがたかった。

「すまねェ、頼むぜ」

「任された。では、帰還する」

 アイシャは陣の申し入れを受け、村の集会所に向かうのだった。

 






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