第372話 正しい姿
まだ誰も、校歌をアレンジした音楽だとは思っていないだろう。
映像に夢中になっているのが分かった。
映像は、練習風景を切り取ったスライドショー。房田音響の人たちに教えてもらいながら、教師達が作った。
ピアノを教えている所。意見し合って子ども達同士で演劇指導している所。小道具やチケットを作っている所など、なるべく多くの生徒達の姿を映そうとしていた。必然的に長くなるが、飽きることなく生徒達も保護者達も食い入るように見ていた。
そして、五分ほど経っただろうか。一度スクリーンが暗くなる。そして、一年生からの今日のダイジェストが始まる。これは房田音響の人たちが今日即席で作り上げていっていたものだ。
それに、学年毎の演劇の曲をメドレーにして、高耶と修は演奏してみせる。
「すごいっ。この曲!」
「わたしがひいたやつ!」
「すごい、すごいっ」
真っ先にそれが自分たちの劇で歌った曲だと子ども達が気付く。その反応を見て、保護者達も気付いたようだ。
「すごいわ……映像と合わせて生演奏なんて……」
「ヴァイオリンの生演奏なんて、初めて……」
「ピアノだけとはまた違うのが良いな……」
「贅沢……」
プロのピアニストの生演奏も、そうそう聞けるものではない。そして、マッチするダイジェスト映像。
「この編集はすごいな……」
「データもらえないかしら……」
ダイジェストの映像にも感心しきりだ。
そうして、全ての学年の映像が終了すると、校歌の歌詞が映し出された。演奏が前奏に切り替わると、自然と子ども達は理解したらしい。
担任の先生達が、小さな声で歌いましょうと指示も出したことで、ピタリと歌の始まりに揃って歌い出す。
楽しげに、高学年の子達は涙を拭いながらも歌っていた。
その歌と演奏を、土地神が穏やかな雰囲気で聞いている。目を閉じ、土地に広く広がっていく力を感じていた。
そして告げる。それは、舞台上の高耶や修にも聞こえていた。
《礼を言う。素晴らしき日であった。この先、忘れることはないだろう……これほど嬉しいことはない。我に忘れ得ぬ日をくれた事……感謝する》
土地神はそんな言葉を残し、飛び立った。淡い光を体育館の中と外に降る。
それをはっきりと視認できるのは、視る力を持つ者。それと、高耶の関係者や今日、神の近くに居た者達だけだろう。
「これは……」
「きれい……」
最初は神など信じない様子だった来賓の者達も、これを視る事ができた。
「ふふ。土地神様に満足いただけたようですわね……」
「優しい光ですな……」
舞台袖から戻ってきた那津は、時島とほっとしていた。どんな来賓よりも、土地神を迎えることの方が緊張する。そうは見えなくても、二人とも緊張していたのだ。
「御当主のお陰ですわ」
「我々も、なんとも贅沢な時間でしたね」
「本当ね」
校歌も歌い終わり、体育館だけでなく外でも、大きな拍手の音が響いた。顔を興奮したようにほのかに赤くしながら、子ども達も思わず立ち上がってたりして拍手をしていた。
それだけ心を動かされたということだ。
「今日のこの感動は、子ども達も忘れないでしょうね」
「興奮して、今日は眠れないのでは?」
「ふふふっ。ありそうですわね」
そんな話をしている後ろでは、来賓の者達が、感慨深げに子ども達を見ていた。
「子ども達が、これほどまでに感動する経験ができるとは……」
「自分たちで行う学芸会でというのが重要ですね」
「観劇会をするよりも反応が良いのでは?」
「ああ……あれは選定するのも大変なのに、子ども達にはあまりウケないというのがありますよね……」
「ええ。私の子どもも、今は大学生ですが、小学校の頃にあった観劇会の内容など少しも思い出しませんよ」
「それを考えると……今日のは心に残るでしょうねえ」
「こうした経験を、沢山させてあげたいものです……」
「今日は本当に、我々も勉強になりましたね」
「そうですね……」
来賓の者達は満足げに、未だ興奮している子ども達や保護者達を見る。この場に居合わせた者達は誰もが、思う所があるのだろう。満足げに笑いながらも、何かを胸に秘めるような顔をしていた。
「……神様に感謝を……」
「感謝を……」
そうして、自然と来賓の者達は胸に手を当て、最初は否定していた神への感謝を示していた。
「これがあるべき姿ですわね……」
「なるほど……」
那津と時島は舞台から下りてくる高耶を見る。その高耶も、来賓の者達を見て、嬉しそうに笑っていた。
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