第353話 見た目と少し違う
中に入った途端、視界が切り替わるような感覚があった。一瞬で、真っ白な空間に移動した。どうやら、呼ばれたらしいと高耶は判断する。
「お邪魔いたします」
そう伝えれば、ゆっくりと影が落ち、風景が変わる。少し先にそれなりの大きさの屋敷があった。
高耶が立っているのは、庭のようだ。平安にあった屋敷の造りだろうか、屋敷の中まで見える。全ての御簾も巻き上げられていた。
その奥から、着物を着た一人の女性が姿を現せる。十二単よりは重々しくはない、それでも美しい着物を纏っており、黒い艶やかな髪が後ろに流れていた。
高耶は一歩も動かず、その場で丁寧に頭を下げた。
「秘伝高耶と申します」
《よく来られました》
微笑みを浮かべるその女性は、ここの土地神で間違いないだろう。
《かなり神気を抑えてくれているのですね。気遣い感謝します》
「いえ……先日は、騒がせて申し訳ありませんでした」
他の土地神達などが、大挙して押し寄せてきた事を詫びる。
《ふふっ。あのような事があるとは、驚きましたが、謝ってもらうことではありませんよ。寧ろ、解決していただいて助かりました》
「お力になれたなら幸いです」
そこで手招かれ、屋敷に近付く。
《どうぞ。こちらへいらして》
「はい」
《ふふっ。こうして誰かを招くのは初めてだわ。良いものねえ》
お客をもてなすことを楽しむように、座布団まで用意してもらった。
屋敷に上がり、勧められた場所に座る。そうして向き合うと、高耶はとても落ち着くような感覚があった。
それを不思議に思いながら、土地神と目を合わせる。微笑みながら向き合うその感覚から、ふと瑶迦を思い出す。
「っ……」
瑶迦の雰囲気に似ているのだと気付いた。
《楽になさってね》
「……ありがとうございます」
そうして、肩の力を少し抜くと、嬉しそうに笑って土地神は口を開いた。
《色々と話さなくてはいけませんね。それで、少し力を貸してくれないかしら》
「私でよろしければ」
《大丈夫よ。あなたには、それほど難しいことではないから》
「……はい」
《この山はね。昔から霊穴が開きやすいのです。気付いたでしょうが、次元の歪みが作られやすい地形のようで……》
雲が出来やすい山の位置というくらいの偶然の産物で、地形の問題なのでどうすることもできなかった。
《なんとか大きく開かないよう、力を使って参りましたが、ある時、地殻変動で更におかしくなってしまって……それで、水神の力も借り、調整しているのです》
細かく調整し、霊穴が開いてもすぐに閉じるように土地神自身が手を尽くしてくれていたらしい。
本来、土地神がそれほど気にしてくれることはないため、高耶は確認することにした。
「……霊穴が開くくらいならば、それほど気にされないはず……まさか、深い場所に繋がるのですか?」
霊穴で繋がるのは、霊界の浅い場所が殆どだ。深い場所と繋がれば、そこから霊界の気も漏れてくる。それは、人には毒となるものだ。
《ええ……どうしてだか、かなり深い場所と繋がってしまうのです……ここから風が吹き降りれば、麓の人里へも霊気が広がってしまう……それだけは避けたかったのです》
何の力も、抵抗力も持たない人々が霊気に晒されれば、狂気に気が触れたり、重い病を発症したりと、状態がおかしくなる人で溢れるだろう。
「……それで、更に隠れ里の保護までされたために、眠りにつかれているのですね……」
《少しでも、力を回すためです……ですが、そろそろ限界でした……》
「……そうでしたか……」
伊調達が気付かなかったことは、この土地神の神気がほぼ漏れないようになっていたからだった。神気も利用して霊穴の処理に当たっていたのだ。
「それで、私に出来ることとは」
《少しだけ、山を崩してください》
「……はい?」
《地形を変えて欲しいのです。地殻変動で更におかしくなったのですから、もしかしたらそれでどうにかなるのではないかと》
「……」
ほほほと笑いながら、めちゃくちゃな事を言い出した土地神に、高耶も唖然とする。
《本音を言いますと、先日の神達の動きで、山を崩してもらえれば手間が省けるのではと期待してもいたのです》
「は……あ……」
怪獣大戦争もびっくりな状態を期待していたとは、見た目に反して好戦的なのだろうかと意外に思う。
《とはいえ、問答無用で好きに崩されますと、こちらにも影響があるので、上手くいったかと言えば、そうではないのでしょうが》
「……」
口元に手をやり、ほほほとまた笑う。この土地神、かなり大雑把な所もありそうだと高耶は表向きは神妙な様子でそれを聞く。
《それで、できましたら安全に、良い感じにどこを崩せば良いのか、考えてもらえるかしら? あなたなら、相談相手も豊富そうですし》
「……承知しました……」
確かに、こうしたことの相談に乗ってくれそうな知り合いは多いなと納得する。そして、どうやら落ち着いて考えることもできるらしいとも感じて少し安心する。
《ああ。その間、今保護している者達は、全力で外に出さないようにしますから、安心してください》
「っ、様子はどうなのでしょうか……」
これだけは確認しなくてはと口を開く。すると、土地神は少しだけ目を伏せてから、困ったように笑った。
《あまり良い様子ではありませんでしたので、今は強制的に眠らせています》
「……なるほど……」
目の前に、霧のようなものが集まり、今の里の中の様子だろうものを見せてくれた。
子どもの姿の鬼達が、確かに眠っていた。それも、家の中ではなく、外に。
《外で寝ていても、風邪などひかないので、大丈夫ですよ。結界の中なら、風雨も多少はこちらで調整できますから》
「……そうですか……」
やはり、この土地神、少し大雑把なのではないかと改めて思った高耶だった。
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