第296話 多過ぎる

学校の校門まで、今日も迎えに来てくれた統二と校舎に入る。


その時、また何かを感じた。


「……」


顔をしかめる高耶に気付いた者はいない。正体が分かるまであちらにも気付かれるわけにはいかないのだ。


「……」


高耶は指輪を確認する。最近、これが癖になっている。


そこに、俊哉が不思議そうに斜め後ろから声をかけてくる。


「なあ、高耶。その指輪どうしたん?」

「……視えるんだったな……」

「あっ、見えない系? マジか。で? 誰にもらったんだ?」

「……土地神だ。小学校の」

「へえっ。何か良いご利益あるのか?」


俊哉ならば聞いてくるだろうと思っていたため、特に気にすることなく答えた。


「神気を抑えてくれるらしい」

「「……え?」」


統二も振り返った。


「統二にも言っていなかったか……どうも、神気が漏れているらしくて、それを抑えるようにといただいたんだ」

「「……」」


立ち止まってしまった二人に、進むように背を押しながら続ける。


「きちんと自分で調整出来るようにするつもりではいるんだが、これが中々難しい……」


あれから、このままでは良くないと思い、瑶迦に相談しながら制御できる術を学んでいた。


だが、自然に出てしまうものを掴むのは難しい。知らない内に出るようになったもので、気付いていなかったものだ。余計に感知し難かった。


「久しぶりの難題で楽しいからいいんだけどな」

「「……」」


反応がないなと思いながらも、二人の背を押しながら進む。統二は何か考えているようだが、一応は向かうべき所へ足は動いている。


そうして、しばらく無言で進んでいると、クスクスとイヤらしい笑い声が聞こえてきた。それは、外のようだ。


掃除の時間でもあるらしく、外や廊下にも生徒たちが掃除道具を持って出ている。


すれ違う生徒達が高耶達の方を見るが、遠巻きに一礼だけして照れた顔で教室に入っていくため、廊下を行くのに足を止められることはなかった。


そんな中、聴こえた声。


他人が傷付く陰口や嫌味が大好きな妖が、この学校には多かった。そのため、少し遠い所でも、声が届いたのだ。


「……吹き虫が多いな……ちょっと多過ぎる……」


この高耶の呟きは、統二には聞こえたようだ。


「っ、え、あ……はい。あれ、臭うんで嫌なんですよね……けど、標的にならないと近付いて来ないので、退治しにくいですし……」


吹き虫は、嫌われ者の周りに巣を作る。見た目はカメムシに近いだろう。色は鮮やかな紫だ。


陰になる場所が好きで、自信を持てない者や、何かに耐えている者が猫背になって作る陰が特に好きらしい。


「え? なに? どんなやつ?」


ここで俊哉も復活した。


「カメムシ」

「ああっ、臭そうな、毒々しいやつ?」

「……ああ」


普通の人には、感じ取れない臭いを発しており、それが、無意識の内に憑いている者を嫌悪させる。


「そういや、この学校で良く見るなあ。小学校ではそんないなかったけど」

「思春期の子どもが通う場所だ。どうしてもな……」


なんでその子を嫌っていたのかというのは、何年か経つと分からなくなる。それは、その臭いを忘れるからだ。


避けられている子自身も、明確な理由なんて分からない。ただ、なぜか、いつの間にかそうなっているのだ。


「クラスに一人くらい、どうしても嫌われ者ができますから。それで鬱憤を晴らしてるってのもありますし、自分はあれより良いって、安心したいんでしょう。余裕ない証拠です」

「めっちゃ他人事じゃん。統二もやられる方だっただろ」


俊哉が指摘すると、統二は肩をすくめて見せる。


「あまりにも吹き虫が多いので、退治するためにも、都合が良かったんですよ。僕らの業界だと、中、高では、わざとやられる側に回るのが普通なんです」

「は? いじめられる側に、わざとなるのか?」

「狙ってなれるものでもないですけどね。原因なんて、最初の人でも覚えてないような事なので。ちょっと陰鬱な雰囲気出してみたりとか、いじめられてる子を助けてみたりとか。色々とやってみるんですよ」


どうしたらそうなるという、確実な方法は未だ見つかっていない。中には、体型を変えてみたり、わざと身なりを気にしないようにしてみたりと、どうにかしていじめられる側になろうと術者の子ども達は努力するのだ。


家によっては、これも修行の内であった。


「吹き虫が多いのって、気分悪くなったりするんで、自分達のためにも、そうやって標的になることで、集めて殲滅するんです。学年が上がれば、環境も変わりますし、だいたい、一年生のうちに殲滅を完了させて、その後は静かに落ち着いて生活するっていうのが、理想ですね」

「……いじめられるより、その虫の方が嫌ってことか……術者すげえな……」


嫌でも目に付く色と臭い。それが何よりも術者達には嫌なのだ。


「俊哉さんもあの臭いを知ったら、さっさと集めて焼却したいって思いますよ?」

「え? でもさあ、憑かれるんだよな? 近くにいたら臭うんじゃねえの?」

「標的になって、巣が近くにあると、臭わないんですよ」

「なに、その不思議機能……でも、まあ、それならわざとってのも頷けるわ……」


これもあり、術者は必死でいじめられる側に回ろうとするのだ。


「ん? けど、今は統二、普通じゃん?」

「ええ。一応、教室のは殲滅しましたから。兄さんにコツを教えてもらったんです。中学の頃とかは、退治するの苦手で、でも、意識しなくても自然といじめられる側になってたんで、卒業するまで地道に、プチプチと退治してました」

「いや、意図せずいじめられる側でラッキー! みたいな感覚どうなの?」


普通は悩むし、落ち込むし、嫌な気分になるだろう。だが、わざとなのでそういう事はないらしい。寧ろ、『みんな子どもねえ』と温かい目で見てしまいがちだという。


とはいえ、統二も中学の頃は、そんな余裕はなかった。


「いやいや。今でこそ吹き虫の事も知って、わざとでもいじめられる側にって考えるようになってますけど、秘伝家は術が苦手な人が多いので、はじめは知らなかったんです。だから、その時は普通に悩んでました! なので、いじめられる側に立つのは慣れてます!」

「……それもどうよ……術者って……」


俊哉は、少し同情気味に笑った。


「え? なら、高耶も?」

「……俺は、こうして……」


離れた所にいた吹き虫を、手で払うようにして消してしまった。


「……マジか。集める必要ねえってことか……」

「やっぱり兄さんはすごい……」


遠くからでも、ささっと祓えてしまうのが高耶だ。


「それにしても、多過ぎる……これは、良くなさそうだな……」


気になっていることと、無関係ではない気がした。










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