第261話 初めての本当の友人です

勇一は、天使や悪魔の一件からも真面目に各家の要請に応えて仕事を請け負っていた。恐らく、秘伝家本家の者で一番働いているだろう。


寧ろ勇一は、秀一や本家の年長の者たちへの不信感や疑問が募っており、本家に戻りたくなかったのだ。


今まで次期当主だと大きな顔をしていたことも恥ずかしく思っているのもあり、あまり使われていない道場に泊まり込んでいた。本家の嫡男として指導していた道場の方も他の者に任せている。下の関係者にも合わせる顔がなかったのだ。


ある日、いつものように連盟に指定されて仕事をしていると、式が再び使えるようになっていることに気付いた。


「っ……いいんだろうか……」

「よかったじゃないですかっ。お許しが出たんですよっ。真面目に頑張った成果ですねっ」

「おめでとうっ。いやあ、これで少し安心できるよねっ」


連盟の方で気を利かせてくれているのか、仕事の時は大体、お狐様の山の調査で同行した同年代の術者達と一緒だった。


ほんの数日関わっただけ。けれど、初めて彼らとは友人とも呼べる関係になっていた。そんな関係は勇一にとって初めてだった。自分を気遣ってくれる様子も、何もかもが勇一には初めてで嬉しい。


自分は当主になる特別な人間なのだというおごりは、小、中、高の学校生活でも出ており、武術をやっている者としても、周りには強い人間ということで、上に見られていた。


他とは違う。自分は上に立つ者。その考え方が子どもの頃から当たり前で、身に染みついていたのだ。それは、当然だが振る舞いにも出ていた。その時は周りの距離も心地よかった。特別な位置にいるのだと思っていたからだ。


だが、今なら分かる。友人なんて思える者はいなかった。皆が取っていた距離は、そのまま心の距離だ。その時は考えに同意してくれていたとしても、本当の意味では誰一人として、同じように考えてくれる人も居なかったのだ。


それはとても、寂しい生き方だったのだと理解した。誰にも頼ることができない状況、一人になったことで、今までも実は一人だったのだと気付いた。


だから、この四人との関係は大事にしたいと思っていた。


「安心……っ」

「そうだよっ。だって勇一、そのまま突っ込んでいくじゃん。まあ、怪我しねえけど、でもやっぱちょい不安なんだよ」

「それ考えるとさ。式神って、俺らなんか酷い扱いしてるよな~。ちょい反省」

「だよな……まるで飛び道具扱い……」

「私たち、なんて酷いことをっ」


式が使えない勇一と一緒にいたことで、彼らの方は、式との関係を見直すきっかけになったらしい。


確かに、式神はダメージを受ければ送還される。そして、また再び万全の状態で召喚することができた。だから、どこか道具のように思いがちだった。


「……私も……式は便利な飛び道具としか見ていなかったかもしれません……」


勇一自身も、式が再び使えるようになったことで、そのことに気付いた。使えなかった間にも、何度かこの場面なら式を使っていたという事を考えていたこともあり、その場面を思って、反省したのだ。


「当主や……弟の統二は、式神とも友人や相棒のように話していて……それが昔は、馬鹿らしいと思っていました……」


式は人じゃない。寂しい人間が、人以外に親しい関係を求めているだけだと思っていた。だが、そう考えることこそが寂しい人間だったのだと最近よく思う。


「あ~……それな。けどさ、やっぱ式でも心があったりするんだよな」

「そうそう。だから、こっちを心配してくれたり。けどそれと同じくらいの思いを返せているかっていうと……ないな……ちょっ、これ俺らクズじゃね?」

「だなっ。いつか見放されそうだっ」

「実際、過去にはあったみたいですよ? 調べたんですけど、あまりにも酷い扱い方をして、それ以降、式を喚び出せなくなった人がいたって」

「「「っ、気を付けよう!」」」


勇一も何度も頷いた。


「俺、秘伝の御当主について色々聞いたんだけどさあ。あの人、あんま式喚ばないので有名だったんだよ」

「それ、私も聞きました。それで、式も使えない無能なんじゃないかって言われてた時期があったって」

「……」


そういえばと勇一の方でも思い当たる所があった。


「それ、絶対、御当主の力だけで何とかなっちゃうからでしょ」

「何とかしちゃいそうだよな……そんな人だから、あんな強力な式と契約出来るんだろ?」

「なんか逆に式の方が使えって責めてた時があったって聞いた」

「周りが式も使えない無能~とか言われてる時に? 噂してる周りの人らが哀れだな」

「……私もバカにしてました……」

「「「「あ~」」」」


残念という目を向けられた。それも、そろそろ慣れそうな勇一だ。正直にこうして責めてくれるのが、なんだか少し嬉しいとまで思っている。


「まあ、あの人は特別ってことでさ。ところで勇一、今式どこやったん?」


使えると分かってから、式に一つ命じていた。その式は鷹のような姿だ。一応、朱雀なのだが、それほど強い式ではないため、大きさだけ立派な鳥型になったのだ。お陰で、実体が取りにくく、陽炎のように揺らめく。


そんな朱雀・・は陰陽師の中でも珍しくはなく、勇一も大きさは自慢だったし、陽炎のように揺らめくのはらしく・・・て良かった。しかし、人化する式や天使を実際に見た後では、何を自慢げにしていたのかと恥ずかしくなる。


とはいえ、そんな式は別格だ。それは分かっているし、式が悪いのではなく、正しく自分自身の実力が反映されていると理解している。


多くの陰陽師達は、一生をかけて自身の力を磨き、式も強くしていくのだから、今の式の姿を恥じることはないと、今なら分かっていた。


その朱雀は、飛んでいって帰ってきてはいない。それを四人は気にしたらしい。


「父の所に……これ以上、当主に迷惑をかけないようにしたいので……見張りに。ただ、私は式を一度に一体しか出せないので、申し訳ないんだが……」


せっかく心配してくれたが、今までのように式は使わずに仕事をすることになる。


「ああ、結局素手かその木刀になるってこと? まあいいんじゃない?」

「俺ら的には危ないなって思うけど、それが秘伝のやり方なんだろ? ならいいよ」

「そろそろ見慣れましたよね」

「そうそう。それに、当主に迷惑かけないようにって行動なら、俺ら絶対反対しないから」

「「「しないね」」」


うんうんと頷き合う四人。


それが少しおかしくて、勇一は笑った。


「当主のこと、少し怖がってませんか」

「怖いっていうか……」

「うん……あれだよ」


四人が顔を見合わせて一斉に言葉にする。


「「「「尊敬」」」」

「俺らより若いのに、他の御当主達とも対等に接してるし、すごいなって」

「それな。それが背伸びじゃなくて、なんか当たり前みたいなあの貫禄……貫禄でいいよね?」

「いいんじゃね? 俺が秘伝の御当主の立場だっても、うちの御当主と対等に話せる自信ないわ」

「私もです! 橘は本当……本当無理……」

「「「うん。あれは無理」」」

「……」


勇一も心底同意する。あの癖のある当主と一緒にいるのだけで胃がキリキリする。


「だから、ちょっとでもあの御当主の負担を減らすってのは賛成」

「勇一にとったら、父親を監視するみたいなことになるけどな」

「で? 何か見える?」

「今何してらっしゃるんですか? なんか、連盟から監査対象になってるって聞いてますけど」


そこで、式と目を共有する。そこは道場だった。だが、稽古をしているわけではなさそうだ。それに、相手にしているのは、分家の代表達らしい。


「道場で……分家の者達と……話し合い……?」

「え? なんの?」


それは気になる。しかし、その時、黒い何かが道場の中に入っていくのが見えた。そして、それに触れた者たちが、気絶していく。


「え……?」

「ん? どうしたん?」

「勇一?」

「何かまずいことが?」

「大丈夫ですか?」


四人の言葉にすぐに返すことが出来なかった。何が起きたのか、見たものがわからなかったのだ。


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