第236話 危機ではあります

明らかに異質な気配が近付いてくるのを、術者達は感じていた。


内側から溢れてくる、こそばゆいような、どうにもできないゾワゾワとした感覚。それは恐怖と焦り。大きく悲鳴を上げてしまう手前の、興奮状態のような感覚がある。


きっと、声を上げてしまえば少しは楽になるのだ。そう頭の一部は、冷静に考えているのに、誰もが悲鳴を押し留めていた。


そこで、地面が大きく揺れた。



ドーーーンッ!!




突き上げられるような振動。それは、霊穴から発生していた。



ドーーーンッッ!!

ドン、ドン!!



それはまるで巨人が大きな扉をノックするように、音が響く。


まさしく、上級悪魔が常盤と黒艶の張った結界を叩いているのだ。


「っ、まずいな……」


高耶が思わず呟けば、蓮次郎が確認した。


「えっ、これ、まずいの? あんな強力そうな結界なのに保たない感じ? アレ以上のなんて、はっきり言っちゃうと、うちの奥義出しても無理だよっ?」

「……っ」


高耶以外が揃って息を呑む。当然だ。結界を極める一族である橘の、それも当主が白旗を揚げたのだから。


「……そもそも、あの結界は、瘴気の浄化と下級、中級の悪魔対策なんです。上級悪魔は意外と理性があるので、普通あんな力業で破ろうとして来ません」


そう言っている間も、地響きを伴った突き上げが続いている。


統二が首を傾げて、小さな声で尋ねた。


「どう言うこと? 兄さん。でも、強い奴らなんだよね?」


上級悪魔は、高い固有の能力を持ち、あっと言う間に町を消しとばすことも可能だ。人などそこら辺の野生の獣と変わらない感覚で葬る。しかし、彼らには、厳格に決められたルールがあった。それが彼らを構成する重要な要素なのだ。


「確かに強い……だが、欲望のままに動く下級、中級の悪魔とは違い、上級は対価が無ければ動かない。それも先払いだ。価値を見出せなければ、運良く喚び出せたとしても、興味をなくして自分達の世界に帰っていく」

「なら……そんなに怖くない?」


そう言いながらも、統二の体の震えは止まってはいない。体の奥底から来る恐怖心が消えることはなかった。


「いや……あちらが俺たちを敵とみなせば、対抗出来る手は少ない……それこそ、次元が違うんだ」

「っ、なら、どうなるの……っ」


統二も泣きそうな顔になっていた。勇一も、カタカタと震えて、涙を流している。周りを見れば、恐怖心が限界まで来ている様子だった。


「『もうダメだ……っ、俺たち……死ぬんだ……っ』」

「『やだっ。やだよっ。誰かっ、誰か助けて!』」

「『無理だ……無理だ……もう、おしまいだ……』」


祓魔師エクソシスト達など、既に正気を失っている。頭を抱えて、子どもが悪夢に怯えるように泣きながら小さくなっている。精神崩壊が近い。


「……すごいな……」


そんな中、高耶だけは、この影響力にただただ感心していた。


「っ、ちょっ、高耶くん……何で平気なの……」


蓮次郎でさえ、震えが止まらなくて混乱しているのだ。それなのに、唯一、高耶だけは少しの焦りだけで、平気そうにしている。不思議に思うだろう。


「あ、いえ……その。上級悪魔が最も恐れられる理由は、この精神に作用する存在感なんです。どんな濃度の瘴気でも平然と纏ったり、邪魔だと思えば、人を羽虫のように潰したりしますけど、それよりもこれが一番厄介で」


表層に出てきただけで、これだけの人に影響を与えるのだ。これが街中ならば、発狂した人が暴れ出し、大惨事となるだろう。


「魅了系のじゃなくて良かったです。一気に怪しい宗教の集会になりますからね。追い立てる側のこちらが悪者扱いされて、全員と戦うことになるんで」

「……そう……なんだ……」


震えるのは止められないらしいが、頭は冷静のようだ。それは困るねと、同情する目が向けられた。


「上級の悪魔に対抗するには、何よりも精神力を強く持たなくてはならないんです。精神力って、一般的には鍛えにくいですからね……あとは、話し合いで解決するか、術で強気アピールしながら追い立てるのがセオリーです」

「……それ、早く言って……けど……まあ……高耶くんに任せるよ……」

「あ、はい。けど、様子はおかしいんです……こんなに攻撃的な感じは……普通じゃないです」


その時、一際大きな地響きが響いた。



ズドーーーンッッ!!




高耶は、この辺りより先へ意識を向ける。他に被害が出ることを危惧したのだ。しかし、どうやら、土地神が範囲を限定してくれているらしい。この周辺以外には、地響きも伝わっていないようだった。


「これなら……なんとかなるか……天使が出てくる前に何とかしないと……」


上級悪魔は、可能な限り早く霊界の奥底に帰ってもらわなくてはならない。そうでなくては、もっと厄介な天使達が出てくる。収拾がつかなくなるのだ。


高耶は立ち上がり、常盤と黒艶に命じる。


「常盤、黒艶。結界を解除」

「「「「「っ!!」」」」」


誰もが目を見開く。それは、悪魔を解き放てと言っているようなものだ。


だが、誰も文句を言える状態ではなかった。


その結界が外されると、更なる恐怖心が湧き上がってくる。もう、声さえ出ない。


常盤と黒艶が高耶の後ろに顕現する。高耶は、出てくる上級悪魔を迎えるように、歩き出しながら次の指示を出した。


「常盤、黒艶、俺の結界の上に『時空結界』だ。精神影響を遮断する」

《承知しました》

《任せよ》


ふわりと彼らの輪郭が空気に溶け、光が広がると、結界が更に追加された。


これにより、唐突に呼吸が楽になる。


「っ、はぁぁぁぁ……なんか……疲れた……」


統二が大きく息を吐いて、そう口にすると、周りも頷いて同意する。


「変な風に体に力を入れてたみたい……」

「もう動きたくない……」

「あれ……? でも、今……っ」

「っ!!」


ここで、ようやく結界越しに高耶の前に降り立ったものに、誰もが気付いた。けれど、先程感じた強さの恐怖は感じない。


それでも、それが上級悪魔だと分かるから、誰もが息を詰めて見守ることしかできなかった。


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