第220話 感激されました

雛柏ひながし教授が俊哉の声を聞いて、怪訝けげんな顔をする。


「ん? 和泉くん……?」


なぜこんな店にと思わずにはいられないのだろう。しかし、その視線が高耶を捉えると、一気に声色が変わった。


「高耶君じゃないか!」

「こんにちは……」


いつも通り、教授は高耶と居る時はテンション高めだ。講義の時は穏やかでイケオジと女子達に評判の教授なので、きっと今の様子を見たら、また違った人気が出るだろう。


そして、もう一人は、今日特別講義を受け持った講師の男性。


高耶達の通う大学では、この一週間、外部から招いた講師による様々な特別講義が行われている。


学部ごとでバラバラと企画し、その日その日で大学を開けるより、まとめて開ける方が面倒がないという合理的な考えの下、夏休みの中のこの一週間だけ、大学が開放されているのだ。


とはいえ、この期間と決められてしまうため、講師によっては、唐突に講義が出来なくなることもある。今回の高耶達も、午後に予定していた講義が無くなったのはそのためだ。


これに、蓮次郎が振り返って高耶へ問う。


「親しいの?」

「手前の男性が雛柏教授です。日凪ひなぎ家の分家の当主になります」

「へえ。日凪の」


そんな会話が聞こえた雛柏教授は、すぐに蓮次郎がこちら側の者なのだと察して頭を下げた。


「雛柏維人也いとやと申します。民俗学を教えています」

「そう。民俗学……それはまた興味深いねえ。橘家当主、橘蓮次郎だ。よろしく」

「っ、橘家のっ。お会いできて光栄です!」


雛柏教授は緊張気味に、もう一度深く頭を下げていた。


術者の家系では、当主に対しての当たり前の反応だ。特に、首領も兼ねる家。それも長く続く名家の橘ということで、感極まっているようだった。


「教授には、多くの貴重な文献を見せていただいています。博物館などにもつてをお持ちで、何度もお世話になっているんです。それと、大学を薦めてもらったのも教授です」


その説明を聞いて、蓮次郎は興味を持ったようだ。


「へえ。それは……高耶くんがお世話になって。感謝するよ。どうだろう。退職したら、連盟の保管部署に来ないかい? そうしたつてをしっかり持っている者が少なくなってきていてねえ。日凪家の分家なら歓迎するよ。考えておいて」

「っ、そ、そんなっ。ありがとうございます! 是非、是非、候補に! よろしくお願いします!」


ものすごく嬉しそうだ。確かに、適任かもしれない。だが、今にも退職して再就職しそうな雰囲気だった。これに俊哉も気付き、すかさず釘をさす。


「教授~。すぐに退職しようとか考えてない? 定年までは全うしようぜ」

「っ……和泉くんに言われるとは思わなかったよ……」

「いやいや。分かりやす過ぎ。高耶も怪しそうにしてたから」

「なら、高耶君に言われたかった」

「なんで、そんなにみんな高耶の事好きなん? まあ、俺もだけどね!」

「……なんのアピールだよ……」


訳のわからないところに着地した。


「あははっ。まあ、そうだね。みんな高耶くん大好きだよねっ。うんうん。分かる」

「……蓮次郎さん……仕事の話をしましょう」

「ああ、そうだったね。大和さんよろしく」

「あっ、はい! その……今回のお話はこの二人も関係がありまして。同席してもいいでしょうか」

「ん? いいよ。そちらは? 高耶くんも知ってるの?」


ここでようやく、目を白黒させて後ろの方に下がっていた男性へ目を向ける。今日受けた特別講義での紹介を高耶は思い出す。


「今日受けてきた特別講義の講師の方です。西洋古美術から歴史文化を研究しているそうです」


年齢は雛柏教授よりも少し若い。五十手前頃に見える。確か、教授から以前聞いたところによると、彼は雛柏教授の後輩らしい。


逸見いつみきょうといいます」


逸見は神経質そうに見える。一見すると、高耶達側の話を信じるようには見えなかった。


蓮次郎もそう感じたのだろう。


「大和さんが言うのならと思いますが……逸見さんは、妖とか神とかの存在って信じます?」

「え、あ……悪魔系には……その……何度か関わりましたので……私は、ほとんどヨーロッパの方に居りますし、扱う物も物なので、祓魔師エクソシストの協会の方には、何度かお世話になっています」


拠点がヨーロッパの方の為、日本の陰陽師より祓魔師エクソシストの方が馴染みがあるらしい。


「あちらの協会に。そう。なら、大丈夫でしょう。話を聞かせていただけます?」

「あ、はい!」


よく考えたら、雛柏教授が招いた講師なので、多少頭が固く、信じられなくても大丈夫だろう。信頼関係はありそうなのだから。


そのまま、奥の部屋に案内される。ここまで、勇一はただ静かに控えていた。そこで、大和が気になったらしい。


「そちらの方は?」


高耶も、紹介していないことに今更気付いた。どうも、威張っていない勇一は存在感が薄い。


「ああ、申し訳ありません。彼は……」


そうして高耶が紹介しようとすると、蓮次郎が唐突に引き継いだ。


「彼は、秘伝勇一くん。見学組だよ。今は罰も兼ねて、当主である高耶くんに付いて修行中なんだ」


真っ先に反応したのは、雛柏教授だった。


「罰……ですか? 秘伝の方が……?」

「そうそう。あ、秘伝のお家事情は知ってるかな。彼はねえ、当主の高耶くんを差し置いて、本家嫡男だからって次期当主面してたお馬鹿さんなんだよ」

「っ……」


勇一が身を縮めた。蓮次郎は刺せる所を見つけたら刺す人だ。確かに罰という扱いでもあるので、文句はいえない。


雛柏教授は秘伝家の事情も知っていたため『あ~、なるほど』と納得した表情を見せる。大和は、そういうこともあるのかと困惑しながらも受け入れた。


引っかかったのは逸見だ。


「秘伝……っ、も、もしやっ! 秘伝高耶様ですか!?」

「様……すみません。自己紹介が遅れました。秘伝高耶です」

「うそ……名簿には秘伝はなかったはず……」


大学では父親の分家の姓である蔦枝つたえを名乗っているため、講義参加者のリストに目を通していても、目に付かなかったのだろう。


「こちらの仕事以外では、父の姓で通っているんです」

「そうでしたか……あ、そのっ。あちらの協会から、秘伝高耶様に会ったら、くれぐれもよろしくお伝えするようにと言われています! お会いできて光栄です!」

「あ、いえ……そうですか……」


様呼びに納得した。あちらの大陸の協会では、当たり前のように様呼びなのだ。何度指摘しても様呼びのままなので諦めた。あちらに行く時は心の準備をしてから行く。だから、唐突に呼ばれると、どうにもむず痒い。


「ぶっ、た、高耶様っ……っ、ふはっ。なにそれっ」

「……俊哉……」


思わず吹き出した俊哉を睨み付けたのは悪くない。


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