第210話 いい子です
勇一に『悪魔=乱取り相手』と認識させたことで、怨霊掃除組の面々は、必要以上に悪魔が怖くなくなったらしい。
どのみち、怨霊への警戒はするため、特に悪魔の存在に勘づいていると察せられることにはならないだろう。
彼らとは別れ、高耶達は予定通りお狐様の御神体のある場所へと向かった。
「っ……!」
「っ、ね、姉さん、大丈夫?」
「あ、う、うん……っ」
山を登り始めてからずっと、瀬良智世は弟の誠の片腕にしがみついて怯えていた。
その原因は、昨日から智世に視えるように術をかけているからだ。
お狐様の儀式をするのは、その素質を持った智世でなくてはならない。そのためには、視えるのが最低条件だ。よって、慣らすためにも昨日から術をかけていた。
しかし、今まで視えなかったものが視えるのだ。それも、ほとんど信じていなかった存在を。それは智世にとって驚きの世界であり、恐ろしい現実だった。
「マコは……ずっとこれが見えてたんだね……」
「……ここまではっきり視えることは少なかったけど……そうだね。だから、自分がおかしいんだって思ってた……」
誠に話を聞いた所、視えると自覚したのは、小学校に上がる頃らしい。父親が少し神経質なタイプだったということもあり、この頃にはもう誠は内気な少年で、周りに相談することも出来ずにいた。
他の人には見えていないものだと察してからは特に口を閉じるようになる。しかし、行動など完全に隠せるものではない。
怖がりなこともあり、当然、側に居る家族には不審がられた。とはいえ、父親が信じない人だったことで、精神的なものだと勝手に決めつけられてしまっていたのだ。
けれど、これが精神的なものであるわけがない。そう思いながらも、声を上げることも出来ず、本当に精神も病んでいっていた。
その上で、お狐様からの干渉も受けるようになり、最近は特に眠っても眠ることが出来ず、意識が
「今の学校では、なぜか何も視えなくて、ちょっと安心してたんだ。それに、由姫先輩達も同じものが視えるって聞いて、ほっとした」
これが聞こえた伶と津が苦笑した。
「僕らにとっては、視えるのが普通だったし、周りに視えることで困ってる人が居なかったからね」
「そうそう。私達の周りでは、寧ろ視えない方が色々言われるんだもの。感覚が違うのよね~」
一般人で、視える人に会ったのも伶と津は初めてだった。だから、逆に誠の存在に気付いて驚いたのだ。二人には、そんな人と出会うことさえ想定していなかった。見つけたのもたまたまだったようだ。
「あの学校は、きっちり門とか塀の境界線で視える所と視えない所が分かれてるから、門を出る時に驚くよね」
「視える奴を驚かせようってする、質の悪い怨霊とか、たまにいるのよね。最初の頃は、何度か驚いて雪降らせちゃったわ」
「アレは怒られたね」
「まだ制御甘かったもの」
しみじみと頷き合う双子。それに俊哉が混じる。
「最初の頃ってことは、春だろ? まだ誤魔化せた?」
「「ギリ」」
「なら、まだ良かったじゃんか」
これが夏だったら、異常気象だと警戒される所だ。
「ってか、驚いてってだから、もしかして吹雪いた感じ?」
「ううん。降るのはチラホラ。けど、急激に温度下がるから」
「ちょっと驚いたくらいだったら、雪まで降らないんだけどね~。お天気雨程度。けど、その時は本気でびっくりしたんだもの」
「完全に油断してたからね。あの学校の結界、外が見えない上に、気配も断つから」
いつもならば、近くに寄ってくる気配を感じるので、突然のびっくりはないのだ。だが、門の所できっちり気配も断っているため、出た所でばったりがあり得た。
「マコちゃんも、それでびっくりしてたのよね」
それで二人は誠が視えると気付いたらしい。
「はい……お陰で、気配というのが分かるようになりました……」
「それはそれで気の毒だな」
俊哉の感想に、誠は弱った様子を見せながらも首を横に振った。
「いえ……必要以上に周りに怯える必要がなくなった分、良かったです」
それまで全方位で警戒していた誠。けれど、気配を感じられるようになったことで、少しだけ心が楽になったようだ。
「なんて言うか……本当に苦労したんだな」
「今思えば辛かったですけど……どうにかできることでもないですし……でも、こういう世界が別にあったんだって今回知れて、良かったです」
前向きな発言に、俊哉は思わず感動してぐっと奥歯を噛んだ。
「……っ、おい、瀬良。お前の弟、めちゃくちゃいい子だぞ!」
「わ、分かってるわよ! こんなことなら、もっと早く蔦枝君に会っておくんだったわ」
「いや、高耶は忙しいから、簡単に会えると思うな。俺を通せ」
「知らないわよ、そんなこと!」
一気に騒がしくなったが、お陰で智世も余分な力が抜けたようだ。
そうこうしている間に、そこに辿り着いた。
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