第208話 協力を得られました

蒼翔あおと達には、突然その木が現れたように感じられただろう。この周りは神によって神域となっていた。


「結界……? あ、神域……っ」


蒼翔の呆然とする声を背中で聞きながら、高耶は一人一歩進み出る。すると、ふわりと着物を着た少女のような姿の神が木から飛び出してきた。


後ろに居る者たちが息を呑むのがわかる。しかし、神は構わず声を届けてきた。


『……あの子を解放するのね』


全部知っているようだ。年若くとも神。その守護範囲内の事はきちんと把握できているのだろう。


「はい。それと、霊穴を閉じさせていただきます。ご挨拶が遅くなりましたが、この地で我々が力を使いますこと、お許しください」

『許すわ……けれど、あの穴を本当に閉じられるかしら』

「……何か問題が?」


不安にされては、何かあると思わずにはいられない。今回発見された霊穴は三つ。けれど、それほど大きいものではない。いつものように、問題なく閉じられると思っている。


そこへきて、この発言。高耶も不安になる。神が危惧きぐすること。それが何なのか。


『きっと、邪魔が入るわよ』

「……」

『あちら側から出てきたものは静観するでしょう。けど、大丈夫よ。彼らはこの山の中に閉じ込めているから。邪魔をするのは、あちら側に居るものよ』

「……」


情報が多い。気怠そうに見えるのは、そのあちら側から出てきたものを留めているからだろう。


『本来ならば、あそこから出てくるはずのないものを呼び寄せた……深い怨みの念を持ったもの……あれは危険だわ』


憐れむように神は告げる。


高耶は慎重に言葉を選んで問いかけた。


「それはこちら側に来ますか?」

『来ることはないわね。それはあちら側でも十分に警戒されているもの。姿を怨みの念で変えてしまってから、自由に出入り出来なくなったみたい』

「……鬼……ですか」

『あなた達はそう呼ぶようね』

「……」


薫が霊穴との狭間の空間に閉じ込められていたと聞いた時、高耶は考えていた。


薫が人の枠から外れた存在になってしまっているのは、気配から分かった。それが鬼渡きどなのだろう。鬼渡、鬼は霊穴の向こう側からやって来た存在。本来ならば霊穴をも通り抜けられるはず。けれど、薫はあの時、霊穴から弾かれたのではないか。そうして、狭間に落ちてしまったのではないかと思ったのだ。


「……出てきたものは……」

『邪魔はしないでしょうね。こちらで動くには、力が足りないのもあるけれど。あなた達が来ても、出てこないでしょう? 息を潜めて時を待っているのよ』

「……霊穴を閉じるのをですか……」

『察しが良いわね。そうよ。帰る道が閉ざされるのを待っているの。そして、油断した霊力の高いあなた達を糧とするために。大丈夫よ。ここでの話は漏れていないわ』

「ありがとうございます……」


バレたと知れば、それらが今にも襲い掛かってくるだろう。その正体も対策も立てる前に襲われるのは御免だ。


『私としても困るのよ。ずっと留めておきたくはないもの。あの子と居るためにも』

「あの子……眷族にされるおつもりですか」

『そうよ』


あの子とは、お狐様のことだ。契約を解くことで、ただの妖となるものを、この神の眷族として迎え入れるつもりらしい。これにより、神使のようなものになる。


「分かりました」

『ふふっ。今回は少し手を貸すわ。あの子を解放してくれたら、その場所一帯を神域にしてあげる。避難場所? として使うといいわ。力の足りない術者達を集めなさい。守ってあげる』

「ありがとうございます」


高耶は頭を下げた。何よりの支援だ。


『その代わり、あちら側から送り込まれてきたもの達もどうにかしてちょうだい。私はあの子と静かに過ごしたいの』

「承知しました」


そうして、神は姿を消した。


ふうと息を吐いて、高耶は振り返る。そこでは、蒼翔と統二以外が膝を突いてしまっていた。


「あ……」


高耶は失念していた。


「兄さん……」


統二が責めるような目を向けてきた。能力者ではない俊哉や瀬良姉弟は、距離を置かせていたことと、術者よりも感度が悪いため呆然とへたり込むくらいで済んでいる。


高耶と行動することで場数を踏んでいたため、統二はかなり慣れ始めていた。それでも、辛いものは辛いのだ。初めての勇一達は一溜りもない。肩で息をしていた。


「……高耶くん……さすがに私でも死ぬかと思ったよ?」

「……すみません……」

「いや……うん……やっぱり御衛部隊の待遇、考えてもらうよ」

「はい……」


これがキツい仕事だと、蒼翔は改めて感じたらしい。


「はあ……それで? 何が来てるって?」


表情を変えた蒼翔の問いかけに、高耶ははっきりと答えた。


「悪魔です」


この後すぐに、霊穴に向かった者たちへの伝令の準備を始めたのだ。


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