第172話 浄化剤です
別荘にやってきて二日目。
高耶が朝方の術のせいでまだ眠っていたこともあり、午前中、源龍は迅と別荘周辺の調査をしていた。
「うわぁ……これが霊穴の影響ってやつですか……怨霊が多くない?」
「確かにね……まだ力はそれほど出せないようだけど……この数はちょっと……」
霊穴の影響で、周辺の
「払っても払っても意味がないっていうのはこういうのを言うんだね……」
「榊さんでも初めてですか?」
「ないよ。高耶くんならありそうだけど……」
「やっぱスゴいんだなあっ」
高耶を褒める言動に、迅は敏感だ。それはもう、一気にテンションが上がる。
「高耶くんのこと、すごく好きなんだね」
「もちろんッ! 俺、童顔なんで、結構周りにナメられること多くて。なんで腕っぷしだけには自信を付けて、そういう連中を片っ端から投げ飛ばしてたんですけど、それで俺もちょっと調子に乗ってたっていうか……」
警察に入ってからも、負けることもほとんどなく、高く伸びた鼻はそれはもう周りを寄せ付けなかった。
「多分、それをゲンさん……先輩が気にしたんです。ある日、高耶くんに会いました。稽古を付ける側として来た高耶くんは、まだ中学生で……ちょっとイラっとしましたね」
もう誰も自分を童顔だとバカにできないという自信。それが目を曇らせていた。
「投げ飛ばされた時、何が起きたのか分からなかったんですよ……何度も何度も投げ飛ばされて、ようやく勝てない相手だって気付きました」
初めて負けたという気になった。今までは、誰かに負けると、体格差があったからとか、年齢的に経験が足りないとか、勝手な理由を付けて納得していたのだ。だから、負けたという気はそれほど感じなかった。
『あんた。何と戦ってんだ? きちんと目の前の俺を見ろよ。あと、変な言い訳とか考えんな。誰だって負ける時は負ける。まずはそれを認めろ。それからなんで負けたかじゃなく、どうやったら勝てるかを考えろ。逃げんなよ?』
そう言われて次の相手に移っていった。その背中が、とても大きく見えた。
その上、自分自身がいやだと思っている童顔や背の低いことを理由にしていたのだと気付き、思いっきり恥じた。それを、高耶には見抜かれたと分かったのだ。
「も~、アレは痺れたっ。カッコ良すぎ! 思わず『師匠!』って呼びそうになりましたもん。心からっ。あの気持ち……もう一度感じたいッ!!」
「それは……かっこいいね」
「でっしょ!!」
このキラキラ、興奮状態の迅のお陰で、こういった雰囲気が大っ嫌いな怨霊達が幾つか浄化された。それを見た源龍は頬を引きつらせる。
「……うわぁ……スゴいな……これも高耶君効果……ちょっと自信失くす……」
「それからですねー……」
高耶君自慢を止めどなく続ける迅を引き連れて歩き回るだけで、怨霊達が半分近く消えていくのだからどうなのかと思う。
源龍はもう、迅を天然の浄化剤だと思うことにした。
「……高耶くんとそんなに一緒に居られないし……だからここ最近、本当に転職を考えてるんですよ!」
「刑事辞めてどうするの?」
除草剤でも撒いている気持ちになったことで、源龍も余裕が出てくる。なので、律儀に会話に付き合っていた。
「高耶くんの補佐ってどうやったらなれると思います!?」
「補佐……それ、今の私の立場かな?」
「代わってくださいッ!」
「イヤだよ」
「何で!? 俺の熱い気持ち分かってくれましたよね!? それを知ってもダメなの!?」
「ダメだよ。私は今、この位置を気に入ってるんだから」
本気でムッとした源龍だ。自分がそこまでこの位置に拘っているのだということに、今更ながらに気付いて少し驚く。
「ならっ、俺も一緒に!」
「え~……高耶君にはただでさえ優秀な式が居るんだよ? その上、メイドも増えたし……アレ、絶対に終わったらついてくるでしょう……」
源龍は子どもっぽいと思いながらもそう言わずにはいられなかった。ちょっと不満も溜まっていたのだ。迅とは年齢が近いというのもあった。
「分かるっ。分かります……アレはもう絶対についてきますよ……」
「でしょう? そこに君とか……暑苦しい」
「今の本音!! 本音だよね!?」
「本音だよ。ポロっと出たよ。こんなの……何十年振りだろう……」
まるでおもちゃを独り占めするように、親を取られたくないと思う子どものように、ポロリと本音が溢れた。
「榊さんって、もっと大人なイメージでした」
「何それ。私も人だよ? 高耶君みたいな完璧人間じゃないからね」
「あ~……高耶くんって、大人だもんね」
「だよね。背伸びしているって、嫌味な感じじゃなくて、アレは子どもを知らないっていうか」
「ソレっ! だから憧れるっていうか、傍に居たいっていうかあ」
「逆に助けたいと思うんだよね~。頼ってくれるの期待して待っちゃうんだ」
「そうそうっ」
なんだか、自然に高耶自慢で盛り上がる。自分はこういう高耶を知っている。これは知らないだろうという自慢大会。
これにより、源龍自身もいつの間にか浄化剤になっていたのだが、それにこの時は気付くことはなかった。
そうして、別荘に帰ってくると、日向で足を組んで本を読み、その傍で幸せそうに微笑んで佇むメイドにお茶を出されている高耶を見て立ち止まった。
そんな高耶の足下には獅子の姿になった綺翔が気持ち良さそうに寝ており、高耶の斜め前には高耶が読んだらしい本を整理する秘書っぽい服に変わった黒艶。
「……絵になるなあ……」
「……あの中に入るの? ちょっと自信なくなったよ……」
「……うん……」
因みに、高耶が読んでいるのは、過去の霊穴の資料や鬼のもの。難しい本を読みながら時に考えこむその横顔は、同性であっても見惚れるものだった。
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