第158話 驚きと謝罪

家に上がると、狛犬達も当然のようについてくる。彼らは実体を持ってはいるが、霊体に近いため、汚れないのだ。


《キャン》

《キャン》


高耶の足下に来てお座りをし、つぶらな瞳で見上げてきていた。構って欲しいという感情がありありと浮かんでいる。それに苦笑して伝えた。


「お前たち……俺は遊んでやれないぞ……」

《クゥン……》

《キャン……》


言っていることが分かっているらしく、途端にシュンとうな垂れて見せる。見ている源龍だけでなく泉一郎達も、堪らないと胸を押さえた。


「高耶君。かわいそうだよっ」


源龍は完全に撃ち抜かれているようだ。


「……そうですね……なら【清晶】」


珀豪はくごう天柳てんゆうは、今頃優希ゆうきの面倒を見ている頃なので狛犬たちの遊び相手には出来ない。綺翔きしょうはあまり遊ぶということに慣れていないし、他の二人は想像できない。そこで清晶せいしょうを選んだ。


《ん? 主さま。もしかして、こいつらと遊べってこと?》

《キャンキャン!》

《キャンキャンっ》


目の前に現れた少年姿の清晶に、狛犬たちは大興奮だ。遊んでくれる相手だと認識したらしい。


清晶としては、珍しく自分だけ呼ばれたことに内心喜んでいるのだが、表情には出さない。


《も~、最近、こういうのばっか……いいよ。遊んでやるから外行くぞ》

《キャゥンっ》

《キャンっ》


頼られたのは純粋に嬉しい清晶。少し耳が赤かった。


狛犬達は、尻尾が千切れるんじゃないかと思うくらい振りながら清晶について外に飛び出して行った。清晶は物言いはアレだが、面倒見は良いのだ。それは、優希と一緒にいるようになって知った。


「そうだ。清晶。もう一人頼む」


窓から見える庭。そこにやってきた清晶に、高耶はお願いした。


「【果泉】」

《あるじさまぁっ》

《……それ……樹精? 聞いてないけど……》

「ん? ああ。知ってるの珀豪と天柳だけだな」

《そういうとこ! 主はそういうとこある! 珀豪に言ったら、全員知ってると思ってるでしょ!》


これは不満そうだ。今までの不満が爆発している。


「……なるほど……」

《納得してほしいわけじゃないよ!》

「あ~……悪い。これからは気を付ける」

《もうっ、本当に気を付けてよねっ。もういいよ。果泉だっけ? 僕は清晶。遊んでやるから来い》


ぶっきらぼうに言うが、それでも果泉かせんは素直に喜ぶ。


《わぁいっ。えっと……セイ兄?》

《っ……そ、それでいいよ。何これ……なんかちょっと……っ》


どうやら清晶は可愛いというトキメキを知った。


すぐに楽しそうな声が聞こえるようになったので、安心して任せられそうだ。


「お待たせしました」


少し頭を下げて振り向けば、泉一郎の孫である優一郎も来ていた。二人とも目を丸くしている。花代はなよは用意したお茶を持ったままこちらを見て動きを止めていた。


同じように驚いて思考を手放したいが、なんとか場を繋げなくてはと、源龍が口を開いた。


「……高耶君。本当に君ってびっくりすることやるよね……」

「あ~……ここなら大丈夫だと……すみません。驚きますよね」


どうやら、家族にバレてから、そういう注意力が低くなっているようだ。これは素直に反省する。


落ち着いて一同がテーブルにつくと、揃って窓の外を見るのは仕方がない。庭では、可愛らしい光景が披露されているのだから。


「とっても可愛いわねえ」

「いいね」

「確かに、なんとも微笑ましい」

「高耶君のところはいつもあんな感じかい?」


高耶は苦笑するしかない。


「まあ、そうでしょうか。小一の妹が入りますし……」


そう考えると、いつでも賑やかだ。


「あんな可愛らしい樹精の式まで、いつの間に? 本当に高耶君は凄いねえ。式の数はもうダントツじゃない? また妬まれるよ~?」

「……バレないように気をつけます……」

「はははっ。なるほど。高耶君は武術だけじゃなく、陰陽師の中でも凄いということか。いやあ、凄い」


泉一郎は嬉しそうだが、高耶としてはまずいと思っている。四神が揃っているだけでも稀なのだから。それに樹精までも加わったのだ。その上、伝説の樹の精など、絶対にバレてはいけない。


「えっと……ありがとうございます」


ようやく話に一区切りついた時、麻衣子が帰ってきた。


「お客さん……っ、あっ、え? か、薫ちゃ……っ」


泉一郎は高耶が来ることを麻衣子に話していなかったらしい。麻衣子は、先ず高耶を見て驚き、源龍を見て戸惑った。


「っ……じゃない……男の人?」

「ああ、話していないのですね。私は榊源龍と申します。鬼渡……貴戸薫は、私の生き別れた双子の妹なのです。あなたが麻衣子さんですね?」

「あ、はい!」


柔らかい笑みを浮かべた源龍に、麻衣子はドギマギしていた。この笑みを浮かべた源龍を前にした女性なら、誰でも落ち着かなくなるので、これはおかしなことではないと、高耶は特に気にしない。


「とても怖い思いをさせてしまったとか。申し訳ないことをしました。皆さんにも、改めて謝罪させてください」


源龍が来たのは、狛犬が見たかったのもそうだが、本当の目的は謝罪のためだ。当主として身内の不始末に頭を下げるのは当然のこと。それが例え、ついこの間まで、存在も知らなかった者であってもだ。


これに泉一郎が慌てて応える。


「いえいえ。私たちはこうして無事です。そのような謝罪は不要ですよ。高耶君に助けてもらいましたし、そのお陰で縁あって狛犬をお預かりすることもできた。十分です」

「わ、私も! 薫ちゃんのことは、私も悪かったと思うから……もっと話を聞いてあげられれば良かった……何をしたいのか……聞けたら良かったのに……っ、そうしたら、あんなことするの、間違ってるって教えてあげられたもの!」


麻衣子は後悔していた。最初の頃は、裏切られたという気持ちでいっぱいだったが、狛犬達と接したことで落ち着きを取り戻し、見つめ直すことができた。


「友達だったの……なのに、私、何も知らなかった。薫ちゃんのこと……何も知らないの。それって、友達って言えないんだって気付いたんです。だから、あなたは悪くない!」

「……ありがとう」

「っ……」


源龍のトドメの微笑みを受けて、麻衣子は頬を赤らめて座り込んでしまった。あれは完全に腰が抜けている。


「必ず見つけて反省させますね」

「ええ。それで構いません」


泉一郎も納得してくれた。


そして、ふと外へ目を向けた高耶は、目を瞬いた。


「あれ? あの木……」


目を留めたのは、先程まで枯れて辛うじて幹だけが残っていた栗の木だろうか。それが、わさわさした緑の葉っぱを茂らせていた。


「ん? なっ!?」

「え? あの木……枯れてましたよね? 次の休みに、あの人に切ってもらうって……言ってましたよね?」

「ああ……」


おっとりと、何があっても落ち着きのある花代が動揺するほどの珍事。


高耶は立ち上がり、窓を開けて犯人を呼ぶ。


「果泉っ」


そうして呼んでから気付いた。庭にある全ての木や花に、わさわさと多くの葉が茂っていたのだ。


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