第139話 笑えるように

賢也けんや久史ひさしが学校に行けない理由は二つ。一つは学校の教室で恐怖の感情を知ったためだ。彼らは足がすくんで動けないという経験をはじめてした。


その時はそれが恐怖であるとは思わなかっただろう。混乱もあったのだから。だが、一度家に帰って思い出してしまうと落ち着かなくなる。


学校自体が恐怖の対象になってしまったのだ。


ただでさえ、二人はコックリさんをやっていた。それに興味があったということは、学校の七不思議など、怪談かいだんも耳に入っていただろう。


そういったものも混ざり、夢で見るようになる。こういう場所を限定した怪談がもとにあると、夢ではその場所から出られなくなることが多い。


出られないという焦りの感情は強く残り、更に学校に行ったら出られなくなるのではないかと思うようになる。


不思議な体験をした後なのだ。普通はあり得ないことも『もしかしたら』になってしまう。子どもはそれが特に大きくなる。


瑶迦の創り出した世界を見て、子どもらしく目を輝かせている二人を見る。


ここの印象に問題はないようだ。ただ、高耶は案内しながらも、建物の中ではやはり落ち着かないだろうと考えていた。そこに、人化した珀豪と天柳が迎えに来る。


「あっ、ハクちゃ~ん!」

「テンねえさまっ」

「ねえさまたち、二人でどっかいくの?」


三人娘が抱き着いて行った。天柳がいつの間にか『ねえさま』呼びになっていることを気にしながら目を向けると、優希を抱き上げた珀豪が答えた。


《主よ。草原にテントを張った。そちらへ案内しよう》

《この子達はお任せくださいな。先生方は良ければテントの側にバンガローを用意しましたから、そちらに》


優希達もいるのならば大丈夫だろう。


《既にバンガローの方には、統二達年長の子ども達が入っている。主は今夜の打ち合わせもあろう》

「そうだな……ん? 俊哉や伶と津もいるのか?」


珀豪が年長と言ったら俊哉も入るかもしれない。


《うむ。大人達はホテルだ。統二は連れて行かれるか?》


やはり、俊哉は大人には入らなかったらしい。とはいえ、高耶は口にはしないが、俊哉の面倒見の良さを知っている。子ども達だけでも、那津や時島の負担にはならないだろう。何よりも珀豪と天柳がいれば問題はない。


「せっかく拓真とも馴染んできているんだ。伶や津と付き合うのも良い経験だしな。置いて行く。大人ばかりの打ち合わせに参加は、居心地悪いだろうしな。珀豪と天柳はこのまま子ども達と先生を頼む」

《承知した》

《お任せくださいな》


そこで、賢也と久史がこちらを見つめているのに気付いた。


高耶は二人を安心させるように頭に手を乗せる。さすがに六年生の男の子だ。屈み込んで目を合わせる必要はない。


「ここに居れば何も心配することはない。先生達や、あの二人が守ってくれるからな。今日一日、めいっぱい遊んで、疲れたらその辺に転がって寝ても良い。きっと気持ちいいぞ」

「お兄さんは……?」


不安そうな賢也の言葉。久史も同じ気持ちらしい。


「昼過ぎまでには戻って来る。大事な仕事でな。二人がもう怖い夢を見なくても良いようにするお祓いの打ち合わせなんだ」

「っ……おはらい……おねがいします」

「おねがいします」


自分たちのためだと分かり、小さくだが、二人揃って頭を下げた。その頭を撫でて笑みを見せる。


「任された。賢也も久史もここでしっかり楽しんでくれよ? 楽しいって笑えたら、もう怖いものは寄って来ない。あいつらは楽しそうな笑い声が嫌いだからな。思いっきり遊んでおいで」

「楽しめばいいの?」

「そうだ」


賢也は目を丸くしていた。笑い声でもダメなものはいるが、そんな凶悪なものは寄って行かなければいいので今は口にしない。


「笑える……かな……」


一方、久史は笑い方を忘れてしまったというように不安そうだ。


「無理に笑わなくていい。久史、ここを見てどう思った?」

「キレイ……だと思った」

「なら、きっと笑える。景色が綺麗だと思ったらゆっくり深呼吸してみな。綺麗なものが体の中に染み込んでくる。代わりに悪いものが出て行くから」


それを聞いて、久史は景色を見てゆっくり深呼吸をした。目に見えて、肩の力が抜けたのがわかった。


「そうやって綺麗なものでいっぱいになったら声は出なくても、もう笑えるようになってるものだ。ほら、ちょっと笑えてる」

「っ……うん」


少し口角が上がっていた。それが自覚できれば大丈夫だろう。


「料理が綺麗だと思ったらゆっくり味わうんだぞ。お姉さんが綺麗だと思ったら元気に挨拶だ。分かったか?」

「「っ、ふふっ」」


これを聞いて時島と那津が吹き出していた。それを見て、久史だけでなく賢也も笑う。


「うん。わかった」

「よし。なら、行っておいで」


皆を見送り、高耶は源龍に声をかけようと、一人ホテルへ戻る。


その道すがら、常盤が小鳥の姿から人化して空から降りてきた。


「何かあったか?」

《安倍の当主殿より連絡がありました。今夜の鎮魂の儀を任せて欲しいとのことです》

「珍しいな……瑶迦さんはこのこと知っているか?」

《はい。瑶姫が仰るには、あの地の水神に縁があるのではないかと》

「そうか……まあ、やってもらえるなら有り難いことだ」


連盟に関係のある神職に付く者に、こういった儀式は頼むことになっている。だが、焔泉がやってくれるというのならばそれはそれで、頼みに行く面倒がなくて良い。


「じいさんの方はどうなっている?」

《最後の調整がもうじきに終了となります》

「予定より早いな」


充雪はあの一件から学校の方に詰めている。落ち武者達が出てきた穴は塞いだとはいえ、一度空いた場所は薄くなる。それも違う土地と繋がったために、土地神の力がそれに反発して過剰になっていた。


弱らされていた神が、それに反発しようと力を一気に使う。それが負担となってまた弱らないよう、それらの調整役として充雪が当たっていた。


土地神が落ち着くまで力のバランスを取り、塞いだ穴を補強していく。そのための力は当然のように高耶から持って行っている。


《早く終えてこちらに来たいと仰っておりました》

「子どもの宿題か……まあいい。早いに越したことはない。不備はないな?」

《今のところは》

「最後の点検はお前に任せる」

《承知いたしました》


頭を下げ、常盤は再び小鳥になって飛んでいった。充雪のところへ向かったのだ。


どちらかといえば、かなり大雑把な充雪は、細かいところを見落としがちだ。だが、常盤ならば隅々まで目が届く。これで安心だ。


「もしかしたら、じいさんの方が早く帰ってくるかもな……」


楽しそうな子ども達の声が微かに響いてくる。今まで仕事に邁進まいしんすることが当たり前だった高耶は、珍しく休息という誘惑に負けそうになっていた。これでは充雪のことは言えない。


修行は辛いものもあり、逃げ出したいと思うこともあった。それをぐっとこらえることも修行の一つだ。だから、なまけそうになる今の自分を知って、自嘲じちょう気味に笑った。


「甘くなったのか、余裕ができたのか……難しいところだな」


自身の変化に戸惑いながらも、仕事へと意識を切り替える高耶だった。


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