第093話 気位が高い

常盤は上官に報告するように、綺麗な直立姿勢で報告を始めた。


《一見したところ、大きな綻びは三つ。全てに保護結界を敷いてあちらからの侵入を防ぎました。それと、一階よりも上階に淀みが広がっているようです。常時発生型の妖も異常な個体が多く見られました》

「そうか……子どもたちに影響は?」

《……数人、憑いてしまっているものを確認いたしました。かなり育っておりましたので、家の方にも影響しているものと思われます》


常盤の表情に痛ましいものが感じられた。すぐに祓ってやりたいが、取り憑き大きく育ってしまった妖は、祓う時に痛みを感じたり、精神に影響を与えてしまう。


その上、家にまで影響を及ぼしている場合がある。そうなると、浄化してもまたすぐに取り憑かれてしまうのだ。


「うそ……そこまでなの?」


校長が口元を押さえて衝撃を受けていた。


「だから厄介なんですよ……」

「なんかよく分からんけど、コックリさんってすごいんだな……」

「それが分かったら、悪ふざけでもこの先やるなよ」

「え? 俺、もう大学生だぜ?」


そんなのやるわけないじゃんと言われても、高耶は俊哉にクギを深く刺し込んでおく。


「飲み会とかで集まって、悪ふざけでやらないって誓って言えるか?」

「そんなんやるわけ……っ……ないって言えねえのはなんでだっ、俺っ!」

「知るかっ。いいか、酒に酔った勢いで『コックリさんってやったことある?』とか言うなよっ」

「俺、言いそうじゃんっ! どうすんの!?」


やっぱりこいつを連れてくるんじゃなかったと高耶は頭を抱える。


そこで、優希に抱き着かれながら人化した綺翔が俊哉に一歩だけ近づいた。


「えっ、あ、キショウさんっ」

《……誓って……》

「へ?」


綺翔の瞳が猫のように尖ったものに変わっていた。


《主様に迷惑かけないって誓って》

「綺翔……?」


珍しく長い言葉を口にした。俊哉を見つめる様子もいつもと違う。


《迷惑かけたら許さない》

「っ、誓わせていただきます! 高耶お父さまに迷惑はかけませんっ」

「おい……」

《ん……ならいい》

「はいっ」


一部良くないぞと言っても無駄っぽい。


「お兄ちゃん、お父さんなの?」

「優希、あのお兄さんの言ってることは無視しなさい。頭悪くなっちゃうからな」

「わるくなるのヤダ……わかった、きかない」


高耶の隣に戻ってきた優希が心底嫌そうに、うんうんと素直に頷いていた。


「お~い、高耶。聞こえてるから」

「聞こえないな」

「きこえないねえ」


楽しそうに優希が笑うので、高耶も落ち着いた。


「綺翔、土地神のやしろの辺りの浄化を一足先に頼む。常盤は上空からここの土地神の加護範囲を確認してきてくれ」

《諾》

《承知いたしました》


再び子猫と小鳥になった二人が、今度は窓から外へと飛び出して行った。


「さて、それでは今日は軽めに土地の調整をします。音楽室に案内してもらえますか?」

「ええ」


立ち上がり、校長が先頭に立って部屋を出る。職員室で鍵を取ってから廊下を進む。


あの湯木という教諭がにらんでいたが見なかったことにしておいた。因みに遠目で睨まれても、高耶には彼の頭の後ろに不気味な色のカラフルなクッションがくっ付いているようにしか見えないので、逆に哀れにしか映らなかったりする。


高耶と校長の後ろには、俊哉と時島がしっかりついてきている。校長と教頭が揃っているのだ。誰も文句は言えないだろう。


「それにしても、ピアノを弾くだけでどうにかできるなんてすごいわね」

「お兄ちゃん、ピアノ上手なの」

「そうなの? カッコいいわねえ」

「えへへ」


間にいる優希がとっても自慢げだった。


「でも、陰陽師の中でピアノを使うって、きっとご当主だけね」

「ピアノはそうかもしれませんが、神楽部隊がやることに似ていると思いますよ?」

「ああ、そういうこと」


なんとなくイメージできたようだ。


「なあ、蔦枝……彼らを使い過ぎじゃないのか?」


時島は、常盤たちがずっと気になっていたらしい。彼の従順な態度や綺翔の言葉から、二人が高耶を心から慕っているのは伝わっていた。しかし、だからといって、命令する様がどうにもいい気分ではなかったらしい。


「ふふふっ。時島先生、陰陽師ならあれくらいが普通ですよ?」

「そうなのですか?」

「もっと乱暴な命令だって多いですもの。ご当主はかなり優しい方ですわ」

「……そういうものなのですか……」


時島は、頑固がんこそうに見えるが柔軟じゅうなんな考えの持ち主だ。業界ぎょうかいや国によってやり方が違うように、そこではそういうことが常識なのだというものを否定することはしない。


高耶は嫌われてしまうかと少し不安だったのだが、杞憂きゆうだったようだ。


「そういえば、ご当主の式神さんってかなり高位なんでしょう? 気位きぐらいが高くて扱い辛いとかそういうことはないの?」

「それはないです。でもそうですね……寧ろ使わないと怒られるんで、最初は戸惑いました。主人なんて立場、子どもの頃には難しくて」


十歳そこそこの子どもに、大人という感覚しかない者が付き従うのだ。こちらから見ても、外から見ても違和感しかない。


「慣れてもらわなくては困るとか言って、命令するのを強要されるんですよ。そうやって考えると、アイツらもしかして気位が高いのか?」


今になって気付いた。


「ふふふ。式神さんの方からそう言ってくるっていうのは、実家でも聞いたことないわねえ。そういうことじゃないかしら」

「……なるほど……」


アイツらは気位が高かったらしい。気付かせないとは中々やるものだ。


「知らず、気付かせずにお前を育てた良い先生だったということだな。機会があれば、あの二人と話しをさせてくれ」


振り返ると、とても楽しそうな何かをたくらむような表情で時島が笑っていた。なんだか調子が戻ってきたようだ。


「何の話をするつもりですか……いや、でもあの二人はあまりそういう会話が得意じゃないので、他のを紹介しますよ」

「他にもいるのか」

「ええ。一応、あと四柱ですね」


そんなに居るとは思わなかったのだろう。時島は面食らったように驚いていた。


「いつもハクちゃんはむかえにきてくれてるよ?」

「ハクちゃん……もしや、銀髪の若い男……」

「うん!」


時島は優希を見ながら、何度か門で見た保護者の一人を思い出したようだ。


「やっぱり目立ちますよね」

「若いし、中々ない髪色だからな。だが、遠くからでも礼儀正しく挨拶してくれていたし、他の母親達が楽しそうに話しかけていたからな。こちらから話しかけようにも、門の側まで来ることもないからできなかったんだが」


不審者としては映らなかったようで何よりだ。


「すみません。ここの土地神の許可なく式が入るのは無礼に当たるので、距離を取っていたかと」

「そういうこともあるのか……難しいんだな。いや、それを知ると彼と話してみたくなるな」

「ではその内に機会があれば」


時島にとっては、珀豪は見た目通りの若者で、今時珍しい礼儀正しい青年という認識が出来上がっているのだろう。


そんな話をしていると別館にある音楽室に着いた。上階にあるのも都合が良い。


特別教室の独特の匂いを感じながら、高耶はピアノの準備をしていく。


「何を弾くの?」


校長が楽しそうにそう尋ねてきた。


「さすがに学校ですからね……それに、学校には最も相応しい曲があるでしょう」

「相応しい? クラシックかしら?」


高耶は教室を軽く見回し、術を発動させる。それは、高耶だけに過去の映像を見せていた。確認しながら正解を口にする。


「校歌ですよ」

「「「校歌!?」」」


驚く大人たちとは違い、優希だけはキョトンとしていた。


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